429【神前会談】野兎神使の悲劇
昨日と同じように朽羅ちゃんの先導によって、昨日と同じように神宮深部の関係者専用建屋へと案内された、おれたち『正義の魔法使い』ご一行さま。
ただ昨日とは大きく異なっているのは……朽羅ちゃんの目が妙に熱を帯びているのと、ヨミさまが妙に上機嫌で出迎えてくれたことだろう。
反面、アラマツリさんは……うん、非常に疲れきったような表情だった。
上司も部下も結構クセがあるもんな。とても苦労してそうだ。……胃薬でもお供えしてあげようかしら。
「さて、まぁ……昨日ぶりなわけだけど。遠慮無くしつけてくれたみたいで、わしとしても安心したし」
「ありがとうございます。ちょーっと……いや、けっこう『イラッ』と来てたんで」
「そんなぁ!?」
先日のような険も取れ、ゆったりともたれるように座るヨミさま……もしかしなくても身を預けているのクッションは『人をダメにする』という噂のやつか。神様もダメにしてしまうのか。すごいぞ矢印良品。
それはそうと、あの、お召し物も相変わらずラフな感じになっちゃってるんですけど……生粋の雄もいるんですけど大丈夫なんですか。
……大丈夫ですか。そうですか。
「まぁ……わしに早く面見せに来なかったとか、ずいぶんと布都に入れ込んじゃってるみたいだとか、言いたいことはいっぱいあるけども」
「えっ、アッ、あっ……えっと」
「今後は、ちゃーんとわしとも良くしてもらうから……それで良いね? まぁ拒否はさせないけど」
「…………恐縮です」
第一印象では、協力を取り付けることは難しいかと思われたヨミさまだったが……昨晩の『魔王』一派による侵攻作戦とそれに伴う朽羅ちゃんの出陣を経て、無事に態度を軟化してくれた。
昨晩軽くお話を伺った限りでは、魔法道具関係の研究開発にかかわる人員をいくらか派遣してくれるらしい。
また奉納品や縁起物を製造する工場にも話を通してくれるらしいので、完成した魔法道具をある程度量産することも出来るだろう……とのこと。
防御用の結界装備は可能な限り増産しておきたいので、これは単純にとても助かる。
そして……それに加えて。
昨晩ちょっとした騒ぎが巻き起こる原因ともなったのが……次の、こっちだ。
「朽羅も、よいね。わしの『目』となるべく、またわしらと現つ柱との仲を取り持つためにも……お前には、『神々見』を出ていって貰う」
「っ、…………承知、致しました」
「……まぁ、ぶっちゃけ昨晩もう出ちゃってるし。それに以前ならばいざ知らず、その首枷ある限りは……神域を出たところでわしとの縁が断たれるわけでもなし。……荒祭の拳骨が恋しくなったら、いつでも遊びに来るが良い」
「……はいっ。お言葉、確かに頂戴致しまする」
「というわけで、耳長の娘よ。朽羅を『嫁』に遣ろう。そなたの『眼』であれば、こやつの性根も我慢癖も見抜いていよう。存分に可愛がってやってくれ」
「っマ゜ぁ!?!???」
「そうですね……なんというか、なかなかに将来が楽しみな性癖だなぁ、と」
「なホぉあ!?!??」
ことの顛末を見守っていたアラマツリさんが疑問符を浮かべながら首を傾げるが……さすがにおれもそこまで落ちぶれてはいない。
彼には悪いが、朽羅ちゃんが責められて悦ぶマゾロリウサギちゃんだということは、ここだけの秘密にしておこう。……まぁおれの身内にはバラしたったけど。
小さい子の儚い恋路を進んで邪魔して喜ぶほど、おれの性癖は歪んでいない。
ヨミさまの『嫁』という発言も、きっと喩えとか言葉のアヤとか……そういうアレソレに違いない。きっとそうだ。そうに決まってるし。
「……わしとしては、そなたが朽羅の伴侶でもいっこうに構わないけど?」
「ちょア゛!!?」
「これ程の神力を秘めた現つ柱との子ともなれば、それはそれは将来が楽しみだし。……朽羅はまだ体が整ってないけど、兎の一族はそのへん旺盛だし」
「どのへん!? ……じゃなくて!!!」
どストレートな『嫁』発言に、背後のなかよし義姉妹が若干剣呑な気配を帯びるが……しかしすぐに自制してくれたようだ。
おれのがんばりも、決して無駄じゃなかった。
「……夜泉様、そのあたりで。……番となる相手くらいは、朽羅の好きにさせて遣っても良いでしょう。あんなんでも一応は乙女ですし」
「い、一応は!? 一応とは如何なる見識に御座いまするか荒祭様! 小生は斯様にも……斯様にも! 愛らしく幼気で目の保養たる乙女に御座いまするに!!」
「………………はぁ? お前が愛らしいのは見た目だけだろうが。……ってぇか『顔は良いが関わりたく無い』『臥見の狐のがまだ可愛げがある』『猫を被った兎』ってェのが神々見神使の共通認識だぞ」
「 、 」
(うわエッッグ……)
(あーかわいそうかわいい)
背景に『がーん』という効果音が見えてきそうな表情の朽羅ちゃんは、そのままふらふらと後ずさり……見かねた霧衣ちゃんによって胸元に抱きすくめられると、やがて声にならない嗚咽を漏らし始める。
ヨミさまへと視線を向け、目で訴えると……さすが神様、それだけでおれの言いたいことを察してくれたようだ。
『朽羅を少々外させる』と言ってアラマツリさんに入り口の襖を開けさせ、おれは霧衣ちゃんに目線で訴え、朽羅ちゃんを託す。
……まぁ、アラマツリさんも決して悪気があったわけじゃないのだろう。
ていうか多分ふつうに朽羅ちゃんの日頃の行いが悪いからだろうし、つまりはキッパリ自業自得なのだが……そうはいってもやはり、年端もいかない少女の涙は強いのだ。
「……手間を掛けるね、長耳の。……わしも立場上、下手な口出しは出来ないし。……思うところはあるだろうけど、徒に託宣を下すわけには行かないし」
「…………大変なんですね、神様って」
「そうなんだよね。長耳のは余所者だからまだ良いけど……荒祭とかはね。『神』たるわしの命令には、あんまり逆らえないし」
「ですよね……さすがに、感情の持ち様を命令するのは……」
「解ってくれて、なにより。……まぁ、そなたらに手間は掛けさせないけど、少しだけ待って貰うし。荒祭に一仕事させるゆえ」
「!!?」
「今後なにかあれば、朽羅を介し言を送るし。……もう下がって良いぞ。何やら『出口』を開く場所も探したいのであろ。此の部屋と『神域』関連以外なら、好きに見繕って構わないし」
「あっ……ありがとうございます。…………それでは、失礼します」
日本最大の神域を擁する神々見神宮とヨミさまの協力を取り付け、連絡役兼監視役兼友好の印をお預かりすることとなり……
「さて、荒祭。……其処に直るがよい」
「っ、…………はい」
「こういうことはね、本来ならわしもあまり言いたくは無いんだけど…………」
お説教されようとしているアラマツリさんを残し、おれたちはヨミさまのお部屋を後にした。
……こっちの様子も気になるが……おれたちが深入りするべきことじゃない。
今は……新しい同居人に寄り添い、親睦を深めることが先決だろう。




