415【夜襲会戦】ブルブルの遭遇戦
急遽一泊をキメる必要が生じたとはいえ、おれたちはそもそもが自営業にして自由業だ。
スケジュール的にも問題ないことだし、『せっかくだから』と少々のんびりさせていただこうと考えた。
事前予約こそしていなかったが、助手席のモリアキがその検索スキルを遺憾無く発揮。幸なことに二間続きの和室を確保することが出来た。みんなだいすき温泉旅館だぞ。
当日予約だったのでお食事は出せないとのことだが……近くには飲食店がいっぱい、コンビニだってある。素泊まりでも問題ないだろう。
まぁ、ただ……チェックインしてゆっくりお風呂を堪能するのは、またしばらく後のことになりそうだ。
「…………ラニ、『第二』。……いける?」
「当然よ。いちお【座標指針】はカガミさんの駐車場に打ってあるから、トーキョだろうとナミコシだろうと行き来できるよ」
「ありがと、たすかる。……棗ちゃん、大丈夫?」
「にっ。……問題ない。手早く終わらせよう」
「……ごめんね」
「何を謝る必要があろう。家主殿はよく遣っておる。あの神々見の悪戯兎めにも見せ付けて遣りたいものよ」
「ん…………ありがとう」
タイミングとしては……チェックインを済ませてお部屋に荷物を運び終え、さて晩御飯をどうしようかと考え始めた矢先の出来事だ。
不安そうな顔で見送ってくれる霧衣ちゃんをモリアキに任せ、おれたち三人は後ろ髪を引かれながら宿を飛び出す。
本格的に食事や入浴を始める前でよかった、などと考えながら続報に目を通し……しかしながら、そこに表示されていた文面に血の気が引く。
出現場所も、目標の詳細も、そのどちらもが『異様』。
対処すべき目標は初めてとはいえ……しかしながら予期していた事態だが、肝心なのはその場所だ。
「どう考えてもこれ! あの松逆工場ホットスポットのせいでしょこれ!」
「……『魔法使い』の視察を受けて、形振り構わなくなった……ってことか? まさか」
『――――複数、か。……市井の民に露見するのも、此では時間の問題よにゃ』
第二警報……改め『特別警戒警報』によってもたらされた、今回の襲撃情報。
それは『松逆市内山中にて四本足の特定害獣を複数確認した』というもの。
つまりは……ついに『獣』が実戦投入されたということだ。
動きの緩慢な『葉』とは異なり、あの『獣』の運動能力と攻撃能力は非常に危険だ。
たとえ身に纏う装備を『ゴカゴアールEX』で強化していたとしても……腕や爪での打撃はもとより、あの大顎での咬み付きを耐えられる保証は無い。
新規実装した『結界型防護装備』があれば、まだ安心できるかもしれないのだが、あれは『葉』出現が頻発している浪越市や東京に優先配備されていると聞いた。
これまで『葉』の出現が無かった三恵県に数があるとは思えないし……都合よく現場担当のおまわりさんが装備しているとは思えない。
対処が遅れれば、問答無用で人的被害が生じてしまう。それは絶対に避けねばならない。
正体の露見を避けるための外套を借り受け、身に纏い……逸る気持ちを押し留めて棗にゃんを抱っこし、吸いながら【浮遊】を行使。夜闇に沈んだ空に身を踊らせた、まさにその瞬間。
「……ッ!! ……え、ちょ!? 反応が消えた!!?」
「は!? そんなバカな…………いやこれ! 魔力反応!?」
『――――【隔世】を奏上したか。何者かが』
「ッホォォ!! ナイスゥ!!!」
おれたちや、おまわりさんたちや、一般住民のみなさんが暮らす……いわば『この世』から、位相をすこしだけズラした世界へ。
この世ならざる世界へと対象を引きずり込んで隔離する、【隔世】の術。
いったい誰が奏上してくれたのかは解らないが、とにかく助かった。これでとりあえずは術者がみずから術を解くか……あるいは、術を維持できない状態にでもならない限りは、『獣』が解き放たれることは無い。
まあ要するに、おれたちは一刻も早くその『何者か』と合流し、敵対対象を駆除する必要があることは変わらないのだが……一般人に被害が及ぶ危険は、大きく減らせたと見ていいだろう。
「……なんか、もやもやむずむずするような、ドームみたいな……あれが【隔世】?」
『――――うむ。……さすがだにゃ、家主殿の『眼』は』
「エルフだからね! ……飛ばすよ、掴まって!」
「わかった」『んにぅ』
明らかに特定のエリアを覆うように拡がっている、魔力の霞。発動地点が動いているためか、そのもやもやのドームも少しずつ移動しているようだ。
あれこそが何者かが開いた【隔世】の結界であり……おれが倒すべき『獣』が隔離され、また術者が囚われている檻でもある。
『――――にゃんという領域と強度……この規模の【隔世】とは』
「これは……スゴいね」
「……でっっ、か」
棗にゃんとラニちゃんが思わず感心するほどの、圧倒的な規模の【隔世】結界……これ程の術を行使できる者なら、おれたちにとっても心強い味方になってくれるかもしれないのだ。
そんな貴重な人物に『万が一』のことがあってはならない。なおのこと合流を急ぎ、一刻も早く共同戦線を構築しなければならない。
「突っ込むよ!!」
『心得た! 調律は任せよ!』
「さん! にー! いち!」
『【隔世】、開け!』
もやの一部に孔が明き、その内部――ひとまわり薄暗い結界内――の様子が鮮明に映し出される。
幾体かの動体反応が見受けられるその内部へと、三人(※一人と姿を隠した一人と猫に化けた一人)がまとまって飛び込んでいき……即座に【探知】魔法をフル発動。『獣』の群れと、その群れに追われているとおぼしき術者を探る。
すると……いた。
『獣』が六体と、意外とも思える俊敏さで駆けずり回る【隔世】の術者。
「とにかく追い付く! 【加速】!」
「わっぷ」『にゅぶ』
宙を蹴り飛ばして速度を上げ、ぶっとい四肢で地を駆ける『獣』の群れを追い越し……追い越しざまに【氷槍】を散弾状にバラ撒いて速力を削る。
そうして辿り着いた、この【隔世】の術者。
この巨大な術を維持しながら、速力に秀でた『獣』の群れを振りきってみせた……類稀なる術者とは。
「い、……ッ!! いい加減に! そろそろ諦めなさいませ!! ……っ、全くもって! 薄気味の悪い!! 寄って集って、幼気な少女をヴェーッホ! エ゛ッホ、……っ! ぐぐ……いくら、いくら小生が! 小生の見目が麗しいからと! そんなに鼻息荒く迫られて! それで股を開く女子など居るわけが! 少なくとも小生の貞操はそん、なに……安、く…………あるぇ?」
ふわふわな黒糖色の髪と、同色の長大な垂れ耳、袴の裾と袖とを夜風に靡かせ。
緋袴と小袖の巫女装束に包まれた小柄なその身体は、軽くない運動によってほんのりと色づき。
半泣きの上目遣いでこちらを見つめる、小さな野兎の神使……朽羅ちゃんは。
「……えっ? あ、あれっ……な、何者、に、御座います……? あっ、あの、さっきまで不格好な狒狒が……あれっ??」
……おれたちが期待していた『類稀なる術者』とは到底言い難い、慌てふためき平静を欠いた様子で。
その(見た目は)愛らしい顔に、盛大に疑問符を浮かべまくっていた。




