410【現場視察】不意の遭遇
今さら言うまでもなく、おれたちと『魔王』メイルスとは因縁浅からぬ間柄である。
それこそラニに至っては……前世においては住む世界ごと滅亡に追い遣られ、この世界に流れ着いてからはおれ共々『素材』として身体を狙われ。
おまけに……忘れもしない三月。目の前の彼女と同じ『使徒』の一人である宇多方鎮の手によって、メディアを通じて全世界へ向けた『宣戦布告』がなされたのだ。
他でもない『魔王の使徒』が現れたというのなら――それこそ鎮ちゃんがそうしているように――おれたちは大抵、とても厄介な事態に陥る羽目になるのだが……残念ながら今回においても、それは同様であるらしい。
「わかめちゃんじゃーん! ……え、ちょっとマジで? チョーぐーぜーん! ベイシティぶり? やだーわかめちゃんもお肉食べ来てたの? きゃーもー相変わらず常識外れに可愛いねぇー! チャンネル見てるよー! 今日も撮影してたのー!?」
「エッ!? エッ、アッ、アッ、エット、アッ、アッ」
「きりえちゃんもおひさしぶり! お風呂以来だねぇーあたし覚えてる? キャー和服かわいいー生きりえちゃん可愛いー! なつめちゃんも可愛いー! こんにちはなつめちゃん! あたし佐久馬聖! よろしく!」
「えっ、う、うむ」
一触即発の雰囲気になる……と思い込んでいたおれたちにとって、あまりにも想像と乖離した現状に目を白黒させてしまっているのだが……それもまあある意味仕方ないことだろう。
なにせおれたちは――おれと霧衣ちゃんと棗ちゃんは――敵であるはずの『魔王の使徒』に、容姿をひたすらベタ褒めされているのだ。
(ねぇ、ラニ……これってもしかして)
(…………そうだね。理由は全くわからないけど)
同性相手に対しても一切気兼ねすることなく、妙に距離が近く艶かしいスキンシップが行われているこの状況。当初こそ戸惑いの感情を露にしていた霧衣ちゃんも、なんだかまんざらでもなさそうに包容力の片鱗を見せ始め、正直非常に尊いのだが……それはまぁ置いといて。
おれたちの見立てが正しいのだとすれば……どうやら彼女、佐久馬聖ちゃんは……『おれたちに敵愾心を抱いていない』ように思われてならない。
同僚であり、姉であるはずの宇多方鎮ちゃんが、おれたちを明確に『敵』と定めて行動しているにもかかわらず。
志を同じくするはずの佐久馬聖ちゃんには……どういうわけか、その感情が伝わっていない。
「すごいねぇー……あたしも見たよ、にじキャラのプレスリリース。きりえちゃんの銀髪キレーだよねぇー……」
「はわわわわわうわうわうわう」
……確かに、いつぞや浪越大附属明楼高校に(こっそりと)お邪魔した際、野球部員男子数名と『お楽しみ』に及ぼうとしていたところに割り込みを掛けたのは……(全身鎧を身に纏った)勇者ラニちゃんだ。
おれは彼女の生み出した『葉』の駆除こそ行ったものの、直接の面識は無い。おれが一方的に彼女の顔(とピンクの下着)を盗み見ていただけだ。
なので……彼女の中では、おれこと『若芽ちゃん』が『勇者サマ』の仲間であると紐付けが出来ていない。
おれたちのことは、恐らく単純に『高層ホテルの大浴場で出会った可愛い娘』としてしか認識しておらず……いち『配信者』と『視聴者』の間柄としか認識していない。
そう考えると、色々納得できなくもないのだが……しかし今度は『なぜ鎮ちゃんが勇者一行の情報を共有していないのか』という疑問にぶち当たる。
彼女たち『魔王一派』にとっては……おれたち『勇者一行』はその野望の邪魔をする敵であるはずだ。
……そのはず、なのだが。
「待って待って、めっちゃいい匂いする……いいなぁきりえちゃん、ちょっとあたしとイイコトしない? 気持ちいいことシよ?」
「はわわわわうわうわうわう」
「ほう、『気持ち良いこと』とな。我輩も気になるぞ、いったい如何なる手法なのだ?」
「それはねー、まず服を脱いでね、それからおま」
「ちょオーー!? そ、そ、そ、そこまで! そこまで!! いい加減にしてください聖ちゃん!! 専務さんめっちゃ置いてけぼりじゃないですか!!」
「あっ、いえ……僕のことはお構いなく」
「いやそこは構えよ!!!!」
だ、だめだ……魔王うんぬんを抜きにしても、この子の言動は非常に有害だ!
特に純真無垢なわうにゃう姉妹のお二人にとっては……そんなよくないことを吹き込まれるのは、それはきっとよろしくない!
彼女がおれたち(※ただしラニを除く)に敵意を持っていないのは、正直嬉しい誤算なのだが……鎮ちゃんの目的から聖ちゃんがここにいる理由から、全くもって意味不明すぎる。
ことごとく後手後手に回ってしまっているみたいで……なんだかとっても落ち着かない。
「……わたしたちは、ちょっと遠足で……神々見さんとか目当てで来たんですけど……すてらちゃん、は…………何してるの? その……専務さん、と」
「ふぅーん…………? あたしはねぇー、いま専務さんといーっぱいオシゴトのオハナシしてきて、これからベッドの上でお礼シに行こうかなって思ってたとこ」
「えっ? 聖ちゃんその歳でお仕事してるんですか? すごいですね」
「全然だよぉ~! わかめちゃんだって配信者頑張ってるじゃん! そっちのほうがすごいって!」
「い、いえいえそんな……恐縮です。……でっ、でも……聖ちゃんの方こそ、遣り手って感じじゃないですか。こんな……『専務さん』とお知り合いだなんて、すごいと思います」
「ヤリ手だなんてそんな~! でもでも、あたしはともかく専務さんスゴいんだよ! 今めっちゃ伸びてるヒノモ……っ、……バイオテクノロジーでね! 右肩上がりなんだって!」
「…………そうなんですか。すごいですね!」
「でっしょー!!」
すんでのところで自制心が働いたようだが……恐らくは、『ヒノモト建設』。
白昼堂々パパ活に勤しんでるのはどうなんかとも思ったが、なるほど聖ちゃんならではの情報収集のお仕事ということか。
……ギリッギリで所属をバラされるところだった『専務さん』は、もはや顔面蒼白といったところだが……まぁ自業自得と割り切っていただくしかないだろう。
あんな美少女とうらやまけしからんことが出来たのだ。悔いはあるまい。
「……『わかめちゃん』、そろそろ時間っす」
「……了解です、マネージャーさん。……じゃあ、聖ちゃん……また」
「あっ、もう行っちゃう……ううん、そのほうが都合いいかも」
「えっ?」
「あっ、ちがうの、なんでもなくてね。……ねぇわかめちゃん、神々見神宮って……日帰り?」
「……っ、……………………はい。そのつもりです」
「あっ、そうなの?」
「……ええ、今夜は……編集とかするつもりなので」
「……………よかったぁ」
……なんというか、やっぱり……根本的には良い子なんだろうな。
おれのような小娘(の外見)のことを心配してくれて、欲望には正直だけど無理矢理はしないし……そして、隠し事が下手。
聖ちゃんがおれに『日帰り』を望むということは……明日、きっと何かを企てているのだろう。それが何かはわからないが、スルーすることは宜しくなさそうだ。
ハイベース号で来て……本当によかった。
「じゃあ……配信がんばってね、わかめちゃん! あたし応援してるから!」
「っ、…………ありがとう、ございます!」
「きりえちゃんも! また今度会ったらイイコトしよーね!」
「わうーーーー!?」
「だ、だめですーーわたしがゆるしませんーー!!」
自社の社名をバラされる直前まで行き、引きつった笑みを浮かべている専務さんを完全に置き去りに……おれたちは【愛欲】の使徒に別れを告げ、ハイベース号へと乗り込む。
……彼女の手前、おれは一般エルフ少女を装ったほうが良さそうなので、今回はモリアキに運転手を勤めてもらう。おれは助手席、無垢っこ二人は後部キャビンだ。
(…………嘘ついてるように見えた?)
(ぜんぜん。完全に本音だったよ)
(やっぱりか。……何考えてるんだ、シズちゃんは)
(…………うーん……)
眩しい笑顔で手を振る、非常に可愛らしく、それでいて淫靡で、そして優しい心をもった美少女に別れを告げ……おれたちはお店を後に車を走らせる。
この後恐らくホテルに向かうと思われる『専務さん』の高級車と鉢合わせしないことを祈りつつ……おれたちは本日の目的地である『ヒノモト建設バイオマテリアルセンター松逆工場』へと、急き立てられるように向かっていった。
けんぜん!!!(なきごえ)




