399【内部事情】姉にして母
突然ですがじゅうだいなおしらせです。
増えました(とつぜん)。
おれたちが『副業』で駆り出されるという点に関して、最も危機感を感じていること。……それは『生配信中に出動要請が掛かるとヤバイ』ということだ。
その一点に関しては、今のところ『ミルさんと生配信のタイミングをずらす』という形で対処を行っている。
仮におれの配信中(あるいは配信直前・直後)に第二警報が発令されたとしても、そのときはミルさん(とラニ)に対処してもらい、逆にミルさんが取り込み中のときはおれ(とラニ)が対処に当たる……といった感じだ。
またこのとき対処現場の秘匿要員として、【隔世】の術を行使できる棗ちゃんか【認識阻害】の霧を操れる霧衣ちゃんを伴うことが多い。
ぶっちゃけ『葉』や『苗』の存在そのものは、既に一般の方々に露見してしまっているのだが……それでも可能な限りは伏せておいたほうが、不安や恐怖は低減できるだろう。
それら負の感情は、ともすると新たな『苗』を芽吹かせる養分となりかねないのだ。リスクは避けるに越したことはない。
それで、だ。実際のところの出撃頻度なのだが、割合でいえばおれが八割でミルさんが二割ってところだろうか。なお報酬は折半だ。
団体で動いているおれたち『のわめでぃあ』とは異なり、ミルさんの『イシェルバレー広報課』の演者はミルさん独りで頑張っているのだ。どうしてもおれが動けない場合を除き、彼の時間を削りたくはない。
おれ独りのチャンネルではなく……今や小さな『箱』と化した『のわめでぃあ』であれば、(おれの出演頻度は落ちたとしても)放送局そのものの配信頻度を落とすことなく、副業をこなすことが可能なのだ。
毎週金曜の定例配信のほかに、ゲーム配信や雑談やおうた、他にも色々なことを得意とする、局長のおれ。
ガチ恋距離にカメラを据えての刺繍や編み物、キッチンに場を移してのお料理配信が意外と人気な、自称新人の霧衣ちゃん。
そして……軽快なトークを交えながらのゲーム配信や、なによりも神がかり的なお絵描き配信をやってのける、期待の新人。
基本的にはこの三人で、週に二回以上は何かしらの配信を行うように心掛けている。
というわけで、前置きが長くなりましたが……本日はですね。
われらが『のわめでぃあ』新メンバーの配信を、ちょっとだけ覗いてみようと思います。
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『りんごタブは賢いっすからね。こーいう毛束の先端のほうも、バッチリ範囲選択してくれるんすよ』
お絵描き配信と呼ぶには、正直言ってかなりラフな姿勢――ソファの肘置きを背もたれ代わりに、横向きで膝を曲げて座った格好――で、太もも部分にりんごタブレットを置いて手際よく作業を進めている、期待の新人さん。
絶賛作業中のりんごタブレット画面を外部出力し、そのリラックスしたお姿をワイプで挿入。カメラはすぐ傍に三脚で設置してあるだけなので、身体の動きによって画角から外れてしまったりもするのだが……まぁ、それもまた一興だろう。
『『ソフト何使ってるんですか?』っすか。今これはクリストっすね。家とかで……あぁ、PC向かって作業するときは彩とかも使うっすけど、こーして気軽に落書きするならタブとクリストっす』
鉛筆型の入力端末を駆使して、ときに繊細に、ときに勢いよく、テキパキと色を置いていく新人さん。
このチャンネルの配信を見に来てくれてるということは、おれたちのことをよく知ってくれているということであり……そんな視聴者さんに喜んでもらえる神作品が、どんどんと完成に近づいていく。
『『はつめちゃんパンツ見えそう』? ……あー、まぁ……こんな体勢っすからね。スカートって油断するとすーぐ捲り上がっちゃうんすよね。……オレは別に気にしないんすけど、妹が『うちは健全なので!!』って激おこプンプンしちゃうんで……スマセン』
どこかで見たような若葉色の髪で彩られた顔で困ったような笑みを浮かべ、どこかで見たような翡翠色の瞳を弓なりに細め……しかしどこかで見た姿とは根本的に異なる、大木の樹皮のような褐色の肌。
凝りをほぐそうとモゾモゾ動くその腰はしっかりと括れ、上半身を動かす度に胸元のボリュームもまた確かな存在感を見せ、タブレットをおなかの上に置いて『ぐーっ』と伸びをして見せるその背丈は……どこかで見たような少女よりも、一回りは高い。
歳の頃は……人間年齢換算では、十四そこらであろう。魂の趣味が『これでもか』と籠められた、その発育途上の身体。
俺と同様、その細かなディテールまで思い描くことが出来ていながら……最後の一線で俺の意見が通ったおれとは異なり、一から十まで『理想の少女』を表現した、その身体。
顔つきや髪質など身体的特徴は木乃若芽ちゃんにそっくりながらも……一回りオトナに近づけた身体つきの、褐色肌のエルフの少女。
『……っとまぁ、こんなもんっすかね。どーすか? ワンドロ久しぶりでしたけど……なかなかのモンっしょ?』
計測開始から、ほんの一時間程度。本気描きとは異なるラフさも見られるが、しかしそこに描かれたのは、確かな神絵。
狗耳白髪の少女と、猫耳錆色の幼女が仲睦まじげに寄り添いお昼寝している……大変に尊い光景。
ソレを手掛けたのは……ソファから降り立ち、カメラの画角から外れることも気にせず背伸びをし、おれの配信衣装とお揃いのローブをぱたぱたと叩いて皺を伸ばす……期待の新人。
その名は、『木乃・初芽』。
キャラクターとしては、若芽ちゃんのお姉ちゃんに当たるのだろうが…………まぁ、聡い皆さんにはもうおわかりだろう。
初芽ちゃん……『お姉ちゃん』っていうよりは、ママなんすよね、彼(女)。
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「お疲れ、モリア…………はつめちゃん、って言うべきか?」
「いやぁ、呼びやすい方でいいっすよ。先輩と違って声もこのままですし、『女の子』の名前で呼ばれるのはイマイチ違和感あるっていうか」
「そんな気にするほどか? ぶっちゃけかなり可愛いかったぞ?」
「そこは、ホラ。ベースとなってるのはオレらの可愛い娘ちゃんっすから」
まぁ、つまりはですね。
おれたちは『にじキャラ』さんへと【変身】デバイスを供与しましたが……とはいいましても我々、取り扱い元ですし?
要するに……デバイスの一つくらい、自前で持っていても許されるわけでして。
そんなこんなで調達しておいたデバイスで、いつもは我々のマネージャーとして活動してくれていたモリアキこと烏森明くんを、華麗に【変身】させたもの。
それがこちら……新人イラストレーター実在仮想配信者『木乃初芽』ちゃんというわけだ。
そもそも木乃若芽ちゃんは、おれとモリアキが共同でデザインした娘だ。
【変身】を行う前段階である【書込】と【登録】……モデルのデータを詳細に思い起こす工程に関しても、創造主(の一人)であるのなら当然問題なくこなすことができるわけだな。
ただし、そっくりそのまま『若芽ちゃん』のモデルデータを再現するのでは、正直いってつまらない(し、単純にわかりづらい)。
そこでモリアキ氏は【書込】を行うにあたり、没案となった彼の意見をサルベージすることにしたらしい。
『万人に愛されるには大人びた子どもがいい』と主張した俺によって、年齢設定は『十歳相当』という形で落ち着いたが……一方でモリアキは『そのほうが発禁映えするから』との理由から『十四歳相当』にこだわっていた。
また肌の色に関しても『そのほうがエロいから』との理由から褐色肌を推していたのだが……こちらも俺の意見に押しきられ、採用されることは無かった。
そんな設定を掘り起こし、彼の好み百%を詰め込んだ、つまりは『嫁にするならこんな子』を再現した姿こそが……おれよりも背が高く、胸も大きく、腰も括れている、この褐色エルフの美少女というわけだな。
こうして、理想の女の子の姿(※ただし声はそのまま)となったモリアキ。
彼はこんな姿になってまでも、なおおれたちのことを案じてくれたみたいで……副業によって頻度が減ってしまうであろう配信の穴埋めを、なんと自ら買って出てくれたのだ。
「まぁ……オレも先輩が楽しそうに配信すんの、ずっと見てきましたし。やっぱどっかで『憧れ』はあったんすよね」
「……そんなに、楽しそうだった?」
「そりゃあもう。先輩も楽しそうでしたし、視聴者さんも楽しそうでしたし。……オレなんかが先輩並みに視聴者さん楽しませられるとは思ってませんが、少しでも配信頻度増やせれば……『寂しさ』は軽減できるかなぁって」
「………………ありがとな。……本当に」
「……っふへへ。まぁ他の絵師様みたく『お絵描き配信』に憧れてた、ってのは本音なんで! こーんな姿使っていいよ、って言われちゃあ……テンアゲなわけっすよ!」
「まぁ…………確かに可愛いもんなぁ」
「そりゃもう! オレらの『好き』の結晶っすからね!」
以前よりも明かに出現頻度を増した『苗』に、えも知れぬ不安に苛まれるおれだったが。
おれには……こうして頼れる身内が、信頼できる同志がいるのだ。
大丈夫、まだまだ全然大丈夫。
この国の未来を、悲嘆に覆わせやしない。




