398【副業事情】真・業務効率化
くだんの特殊試料というものを、ちょこっとだけ見せてもらったのだが……それは見るからに魔力を秘めてそうな、薄い蛍光グリーン色の液体だった。
とある植物から抽出したというこの液体を特殊な塗料に混ぜ込み、武器や防具の表面コーティングとして利用することで、例の『葉』に対する特効効果が期待できるという。
日本においては、そりゃ弾丸やクロスボウなんかには使えないだろうが……それでも警棒や指叉、あるいはナイフや盾や安全靴なんかは、有効な武器防具に生まれ変わらせることが出来るだろう。
というわけで、そういう装備をある程度揃えてくれたことが吉と出たようだ。
というのも……あの『宣戦布告』からこちら、『苗』の『保持者』は然程ではないが、『葉』の出現頻度があからさまに増えていたためだ。
当初こそ棗ちゃんに【隔世】に落としてもらったり、あるいは霧衣ちゃんに【認識阻害】の霧を張って貰ったりして、なんとか人目に付かないようにと頑張ってきたのだが……そもそもスタート時点からして、報道関係者に『葉』の存在は露見しているのだ。
何度も何度も執拗に現れる『葉』の存在を隠し通すことは……さすがに、ちょっと無理だったみたい。
「ノワ、『第二警報』。トーキョだって」
「んー……わかった。おれが行く。棗ちゃんは?」
『此処に居る。いつでも出られるぞ』
「ありがとう、たすかる」
「携行探知機忘れないでね。トーキョは広いんだから」
「わ、わかってるよぅ……」
活発化せず潜んだままの『苗』が、自らの手足とするために放ったり……あるいは鎮ちゃんはじめ三使徒の手によって、直接ばら蒔かれることで出現する『葉』。
特効装備の普及と、当該区域の警察官への特殊訓練により……緩慢な動きで徘徊しヒトを含めた生物を襲うソレへの対処のみに限れば、(物量にもよるが)警官隊でも充分可能なものとなっていた。
その一方で……これ見よがしに異能を行使し暴れ回り、ただの人間であればその正体さえ視認すること叶わず、つまりは対処することが到底不可能な『苗』。
その『保持者』が活動を開始した際はおれのところに『第二警報』が届き……おれかラニ、もしくはミルさんが直接対処する形となる。
幸いにして、『第二警報』(といってもREINなのだが)が鳴らされる頻度は、そこまで高くない。一ヶ月あたり四回か五回、平均して週に一回あるかないか程度だ。
しかしいざ鳴らされれば、それはおれたちにしか対処できない事態だということだ。
とりあえず万全を期して、おれとミルさんは配信を被せないようにしてある。どちらか一方(とラニ)が即応可能な状態にしておくことで、今のところは問題なく対処できている。
『対応人員を増やす』ということで、ちょっとだけ賃上げして頂いて……出撃一回あたり十五万、月に六十から七十五万。ミルさんと折半しても三十数万の月収だ。
危険が無いとは言い切れないが……副業の収入としては『それなり』のものだろう。
……ははっ、嬉しいね。涙出ちゃう。
『さて、どっち?』
「んー……あっち」
『オッケー。手早く終わらせよう』
首から提げられる程度にまで小型化し、探知対象を『苗』のみに絞った新型の携行探知機。これがなかなか便利なのだ。
都内某所、高層ビルの屋上ヘリポートに(こっそり)敷設させて貰っているアクセスポイントへ飛び、ラニから手渡された【隠蔽】効果付のフードローブを身に纏い、おれは【浮遊】を駆使して探知機の示す方へと急行する。
一方のラニも、既に全身鎧を着込んだ戦闘体勢。そんな格好したら目立っちゃうのでは、とも思ったけど、その『目立つ』ことが重要なんだとか。
「……アレみたいね。これまた派手に暴れちゃって」
『我輩の目にも視えた。拍子を合わせるゆえ、指示をたのむぞ』
「がってん。…………さん、にい、いち……いま!」
『【隔世】、在れ』
空気が冷えきり、陽は薄暗く陰り、逃げ回りあるいは呆然と立ちすくむ人々が瞬く間に消え失せ……片側二車線の大通りに『保持者』のみが取り残される。
騒動の元凶がこちらがわに引き込まれたことで、あちらがわは少しずつ修正の力が働き、そう遠くないうちに人々の認識と記憶は消え失せるだろう。
ただし……引き込む瞬間を動画とかで捉えられていたら、それはもうどうしようもない。
隠蔽や情報統制は専門家にお願いするしかないだろう。
「【静寂】【草木・拘束】」
『オッケーそのまま……よっこいしょ』
「――――!!!? ッ、――――」
「大丈夫、大丈夫……【鎮静】」
全身鎧を駆るラニが『苗』を引っこ抜き、そのまま【蔵】へと仕舞い込んで隔離する。
一方のおれは、身体が『巻き戻り』始めたことで狂乱に陥った『元・保持者』に【鎮静】の魔法を掛け、その身を襲う不快感を少しでも減らす。
……これで、あとは彼女をこっそりと【隔世】から現世へと戻せば、おれたちに与えられたお仕事は一段落……というわけだ。
例の『宣戦布告』からこちら、おれたちは警察署の全面バックアップが受けられることになった。
先に述べたように……『葉』単独であれば、おれたちが出ずとも対処できるようになっている。
今まではおれたちがあちこちの『羅針盤』を眺めて身内でチマチマ推測していた出現位置特定も、複数の警察署内に増設された羅針盤を読み取り、おまわりさんたちが済ませてくれる。
おれたちに与えられたお仕事とは……おまわりさんたちでは手に負えない『保持者』が現れ、『第二警報』が発令された際に、指示されたポイントへ急行して対処を行う……というもの。
場所の特定までお任せできるし、REINに地図も添付してくれてるので……とても助かっている。
それは……良いのだが。
「……やっぱ、増えてきてる?」
『そうかもね。……シンセーカツも始まって、楽しいことは増えてるハズなのに』
「一方で、生活環境変わると不安になる人も多い……ってことかなぁ」
『――――歯痒いな。くろま殿たちも頑張ってくれて居るというに』
不安というか、違和感は尽きないが……とりあえずはこちらの仕上げに移ろう。
今回の『保持者』だったお姉さん(見た感じ新人OLって感じだった)に異状がないことを確認し、【認識操作】系の魔法を使いながら【隔世】を解除。
最寄りの派出所をスマホで調べ、姿を隠したままお姉さんを運んでいく(ラニが)。
派出所の引き戸を開けて中に入り、【認識操作】を解除して今度はおまわりさん以外に【人払い】を展開。当直のおまわりさんはいきなり姿を現した(ように見える)おれたちに驚いた表情を見せるものの……幸いなことに、すぐに察してくれたらしい。
『お勤め、ご苦労様。……話は聞いてる?』
「はい、存じております。……自分が対応することになるとは思いませんでしたが」
『ごめんね。迷惑は(あんまり)掛けない(と思う)から。後よろしくね』
「は。ご協力、ありがとうございます」
お姉さんが目を覚ました後は一時的な記憶の欠落と、それに伴う混乱が予測されるので……おまわりさんに保護してもらったほうが、色々と安心なのだ。
お姉さんに限らずだが……眠ったまま路上に放置しておくと、たぶん色々と大変なことになるだろう。スリとか。置き引きとか。
……というわけで、これで今度こそ一件落着。
首から提げた携行探知機にも反応は無いし、『例外的獣害対策室』からの新たな指示も無い。おれたちの完了報告に対する反応は『お疲れさまでした☆』の一文と、可愛らしいエルフの女の子の絵文字があるばかりだ。
それじゃあ、ぱっぱと帰ろうか。
なんてったって今晩は……ミルさんの『おうた配信』が控えているのだから。




