351【完成披露】勉強させて頂きます
変身デバイスに入力したデータを、【変身】で出力したティーリットさま。その正確さを同僚の方々が四方八方からきゃいきゃいと確認し……これでうまく【書込】できていることが確認できた。
そこで、このアバターデータを本登録する。コマンドみっつめ、【登録】の出番である。
三度目ともなれば、こなれたものなのだろう。スマホ型の変身デバイス『L2T3』を構えながらちょっと気はずかしそうにポーズを取り、今や『ティーリットさま』本人となった彼女は音声コマンドを詠唱する。
「【登録】! 【トールア・R・ティーリット】!」
「はい、おっけーです。…………すみません、【登録】は、特に……その……エフェクトとか、出ないので……」
「…………っ!!!」
せっかくキメポーズをとったにもかかわらず、見た限りでは何も起こらず『しーん』と静まり返る会議室……かわいらしいエルフの王女さまは整ったお顔を真っ赤に染め、黄金色の潤んだ瞳でおれのことを恨めしそうに睨み付ける。いえ、あの……おれは何も悪くないですし、正直ごほうびです。ごちそうさまです。
ともあれ無事に正式保存ができたので、次からは直接音声コマンドで【変身】することができるのだ。やったね。
あとは、四つめのコマンド【解除】。今まで同様ボタンを押しながらの発声で発動、変身直前で一時保存していた状態へと、元通りに容姿を巻き戻すためのコマンド……まぁ要するに、変身解除だ。
変身デバイスの使用手順としては、以上となる。ティーさまのご協力もあってスムーズにお披露目も進めることができた。ティーさま、ありがとうございます。お疲れ様でした。ささ、お早く【解除】のほうして貰てですね、次のお方にデバイスをお渡しいただけると……
「やだ!」
「えっとあの、やだじゃなくてですね」
「やだ! わち、まだ『ティーリット』で居るもん!」
「あの、もん! じゃなくてですね……」
長年演じ続け、その間焦がれ続けてきた『ティーリット』になれたことが、心の底から嬉しいのだろう。
美しく可憐なエルフの王女様は、花の咲くような満面の笑みを浮かべながら、とても可愛らしい『わがまま』を口にして、ころころと笑っている。
その愛らしさを目にしてしまっては、第Ⅰ期生および第Ⅳ期生の他の面々も、『じゃあしょうがないかぁ』と引き下がってくれる……なんてことはもちろん起こるはずもなくてですね。
「やだじゃないんだよ! 俺だってハデスなってみてぇんだって! いや俺だけじゃねぇって! 早よ替われ!」
「やぁもん! わち王女さまじゃもん! わちが優先されるべきなんじゃもん! ほぉら、ひかえおろ!」
「ティー様じゃあせめてスマホ貸してくださいよ! あたしらだって試してみたいです!」
「アッ、えっと……いちおう、デバイスを手放しても【変身】そのものは解除されないので……」
「じゃあええよ。はい、セラちゃん」
「俺はぁぁぁ!!」「あたしはぁぁぁ!!」
お、おぉ……ちょっと収拾つかなくなりそうだぞ。プロの仮装配信者の方々のアバターへの思い入れを少し甘く見ていたか。
とりあえず鈴木本部長に視線を向け、この場を納めるためにお手を拝借しようと思ったのだが…………し、しんでる。
「鈴木本部長! 起きて……助けてください!」
「……はっ! せ、静粛に! 一旦落ち着いてください!」
「ティー様助けて! 魔王と勇者とウニとハマチとカニが襲ってくるの!」
「あたしだって襲いたか無いねん! オラ穢されたく無けりゃそのスマホ渡しーや!」
「Ⅰ期のマスコット枠がしゃしゃってんじゃ無ぇぞ! ティーが王女なら俺だって魔王だぞコラ!」
「やだぁ! マスコットだからこそちゃんとなりたいの!」
「セラちゃんほら、冷静に考えて。魔王が襲って来てるんすよ。対抗馬たる僕を優先すべきでしょ」
「ちくしょう! キャラ設定じゃどう考えてもファンタジー枠に勝てない……!」
「諦めんなや道振ん! 物量で言やぁ海産物のが圧倒的に上なんやで! 何てったって戦いは数や!」
「静粛に! 落ち着いてください皆さん! 順番で!」
……いやまあ、鈴木本部長はしんではいなかったけど……ティー様が勝手に又貸ししたデバイスをめぐって、苛烈な争奪戦が繰り広げられようとしている。
エルフの女王が保護する天使と、それに力を貸すように見せかけてちゃっかり狙っている勇者、そこへ魔王とウニとハマチとカニが襲い掛かり……いや、うん、温度差で風邪引きそう。
しかし総責任者である鈴木本部長をもってしても、沈静化がここまで困難とは。……たださすがに少しずつ収まってきてはいるので、このあたりならおれの言葉も届くだろう。
「お取り込み中のところすみません、実はこちらにデバイスもう二台ありまして」
「「「「「(くわっ!!)」」」」」
「ヒィッ!? そ、そ、それで、ですね……そのデバイスなんですけど、あの、えっと……蓄魔筒の交換が、必要でして……」
わかりやすさを追求するため、蓄魔筒一本あたりで一項目のコマンドが発動できるように容量設定を行った。
ティーリットさまが使ったデバイスは【書込】【変身】【登録】を発動し、四本中三本がカラッポになっている。
これでは、よくて【書込】まで。【変身】を発動することは不可能だ。
ということを、野獣に睨まれた小動物の心境を体感しながら伝え終え……しぶしぶ、といった表情を隠しきれないティーさまにデバイスを返却して貰う。
「重ねてになりますが……【書込】の作業は、かなりの集中力を必要とします。失敗すれば再度やり直しなので、その分蓄魔筒を消費します。周囲が急かして失敗させれば……それが続けば、わかりますね。今日持ってきた蓄魔筒にも限りがあります。明日以降に改めていただく必要も、あるかもしれません」
まあ……半分は嘘だけどね。
先日囘珠さんを訪ねてから、手持ちの資材を盛大に吐き出して蓄魔筒と充填設備は増強を行ってきた。
本日持ち込んだ蓄魔筒は……ざっくり八十本くらい。『焦るな』『焦らせるな』と釘は刺したし、これでも足りなくなったらラニちゃんに取りに行ってもらえばいい。
「……では、改めて。こちらの三台のデバイスを……こちらは、じゃあそのままセラさんに。あと二名は……Ⅳ期の彩門さんと、Ⅰ期のベルさんにお預けします」
「「「「そんなーー!!」」」」
「後は、お願いします。じゃんけんでもくじ引きでも構わないので、順番を決めて……なんとか一派を纏めてください」
「えー……いや、ありがたいけど……こんな緊張するのは初めてかも」
「……私も。……さっきのみんな、すっごく怖かったもん……」
「わたしも一斉に睨まれたとき◯されるかと思いましたもん。……それでは、蓄魔筒交換の際はこちらへ。わからないこととか質問も受け付けますので……頑張ってください」
会議室内を再び満たす、割れんばかりの歓声。とりあえずの説明義務は果たしたので、椅子に体を預けて脱力する。
おれが生贄として選んだお二人、ベルナデット・ドゥ・ラティアさん(の魂)と、乗上彩門さん(の魂)……Ⅰ期とⅣ期の纏め役に全責任をぶん投げ、おれは今後の算段について思考を巡らせる。
現在目の前で争いの原因となっている変身デバイスは、その四号が最終調整中だ。先程ラニとの脳内直通協議の結果、とりあえずは『にじキャラ』さん各ユニットに二台、つまり合計八台を目処に増産することを決めた。
四号はもうすぐロールアウトらしいので良いとして……あと四つ。蓄魔筒のほうも増産してもらわないといけないので、ラニちゃんの素材の備蓄が不安でもある。
今回のところは、第Ⅰ期生グループに先行して二台。おれとの関わりが深い第Ⅳ期生グループに、一台。
Ⅱ期とⅢ期は……もうすこしだけ待ってもらおう。ごめんね刀郷さん。
当面の間は新しい身体での動作に慣れていただいて……来月中盤、おれとくろさんとの『おうたコラボ』を皮切りに、順次実戦投入していくスケジュールとなっている。
一人ずつ順番に配信枠をとるのか、全員纏めてお披露目するのか……そのあたりは、鈴木本部長さんと『にじキャラ』さんにお任せしよう。
というわけで、おれと玄間くろさんとの『おうたコラボ』開催日……Xデーは、二月の十五日土曜日。
それに向けて……がんばっていきましょう。




