35【事態究明】迫っていた脅威
「まぁ、かいつまんで説明するとね。ボクの世界……ボクが居た世界は、『魔王』によって滅ぼされたんだ」
「「滅、っ…………」」
「『魔王』の策……それによってばら蒔かれた『種』によって人々は狂い、誰も彼もが理性を失い、さんざん破壊と混乱と混沌をばら蒔いた末に…………まぁ、消えてしまうんだ。周囲に被害を拡大させながら、ね」
「それ…………治せなかった、の……?」
「………………」
おれたちの眼前に佇む虹翼の妖精――今は無き世界から、たった一人落ち延びた『勇者』――彼女は困ったような表情を浮かべ、ふるふると顔を横に振る。
数多の人々が消えてしまう……しかも放置すれば加速度的に被害が拡大する非常事態だったのだ。当然彼らは被害を食い止めようと、あらゆる手段を尽くしたのだろう。
だが……その結果はといえば。
かの世界の『勇者』であった彼が、彼の世界を救うことが出来ず……おれのオマケなんかに成り下がり、彼女となってここに居る、ということは。
「あ、あのときの…………夢? で聞こえた『助けてほしい』って……」
「……思い出してくれたかい? いやぁ、『魔王』を追って世界の壁を越えたは良いんだけど……この世界の大気は異常なほどに魔素が稀薄でね。身体が適応できなかった上に魔法も使えず、危うく死に掛けちゃってね」
「そんな大変な状況だったの……って!?」
「あの!? ちょっとあの……今!?」
可愛らしく舌をペロッっと出して、テヘッとでも言わんばかりの表情で恥じらう彼女。その様子は非常に可愛らしく、彼女が『死に掛けた』という点で大いに驚愕を禁じ得なかったのだが……
今なにか、聞き捨てならない発言が聞こえた気がする。
「もしかして、その……白谷さ、えっと…………ニコラ、さん……?」
「ははっ。『白谷さん』で良いよ。以前のボクはもう……影も形も存在しない。キミの存在のおこぼれに与っているに過ぎない」
「えっと……うん。…………それで、もしかしてなんだけど……その、白谷さんの世界を滅ぼしたっていう『魔王』が」
「うん。…………来ているよ。この世界に」
「「………………」」
別の世界にて多くの人々を……その、消してしまい、最終的にはその世界を滅ぼしたという『魔王』。
そいつが……この世界に、居る。
…………それは。
この、タイミングは。……まさか。
「あいつの仕業だろうね。人族の秘めたる欲望・本性を具現具象化する『種』……宿主の望みを叶えるための奇跡を起こし、肥大化させた宿主の感情を糧に成長し、それに伴い宿主に更なる『奇跡の力』を授けると共に理性を崩し……ゆくゆくは、己の欲望を満たすことしか考えられない魔物へと成り果てる。……それを、ばら蒔いたのだろう」
「ひっ…………」
「ちょ、ちょっ……!? 先輩! し、白谷さん! 何か対処、方法……対処方法は! 何か無いんすか!?」
「寄生されたらもう止められない。この次元とは位相を別とする『種』には、物理的に干渉することが出来ない。……魔法で『種』と、そこから伸びる『根』そのものを消し飛ばすことしか……宿主ごと滅ぼすしか、止める手立ては無い。…………はず、だった」
「は…………だっ、た?」
にわかに変わった彼女……白谷さんの声色に、固まりつつあった思考が動き始める。
どう考えても絶望的、感染したらまず助からないようにしか思えなかった、謎の奇跡。我が身に起こった非現実的な出来事と、その結末を暗示されて戦慄していたおれにもたらされた、微かな光明。……それは。
「ほかでもない、キミの存在だよ」
「………………え?」
「これでも『勇者』だったからね、ある程度の観察力は備えているつもりだ。……さっきも言ったように、この世界は極めて魔素が……大気も土壌も、生命も含めて希薄なんだ。……『種』の成長も……その影響だろうね、極めて遅い」
魔素が薄い、というのは……この世界の人々が、つまりは魔法を扱えないこととほぼイコールなのだろう。
ニコラ……白谷さんが居た世界は魔素が豊富で、つまりは恐らく多くの人々が魔法を使うことが出来ていた。ファンタジー度が高かったということなのだろう。
「そこへ来ての、キミだ。ボクがこれまで観てきた人族達……まぁほんの一握りに過ぎないだろうけど、彼らはほとんど魔素を持ち合わせていなかった。……そんな中でキミだけが、有り得ないほどに膨大な魔素を備えている」
「でも……それは、つまり『種』が」
「それなんだけどね。確かに『種』は、宿主の望みを叶える奇跡を起こすんだけど……キミの身体には、さっぱり見当たらないんだよ。『種』」
「……え? でもそれ……おかしいんじゃ」
「そう。おかしいんだ。この世界のヒトがこんなに非常識な……それこそボクのいた世界でも稀に見るほどの魔素を備えているのは、明らかにおかしい。どう考えても『種』の影響を受けていることは間違いないんだ。……なのに、『種』が見当たらない」
「…………つま、り……おれ、しなない?」
「『種』の悪影響に起因する死亡の心配は……無さそうだね。理由は謎だけど、とりあえず安心して良さそうだ」
「……!! …………よかっ、たぁ!!」
感染者に異能を授ける代わりに、培地と化した存在の理性と人間性、最終的に命をも奪う『種』。
その末恐ろしさを改めて実感すると共に……少なくとも自分の身体はそんな危険を孕んでいないことを知り、とりあえずはほっとひと安心することができた。
しかしながら……状況が謎であることは変わりない。
白谷さんことニコラさんの持っていた知識のお陰で事態の全貌が少しずつ見えてきた気もするのだが……おれの身体がこうなってしまった由来、そしておれの身体に『種』が根を張っていない理由が解らない。
これに関してばかりは、頼みの綱である白谷さんも『解らない』という。
安堵半分、不安半分なおれの心境。
雨こそ降らないまでも曇り空の広がるおれの心、その分厚い雲を祓ってくれたのは……
「あの、多分なんすけど……先輩の身体の件、オレなんとなく解った気がします」
「「……えっ?」」
おれが全幅の信頼を寄せる『神』だった。