348【企画撮影】せっかくとりっぷ・完
ちょっと巻きでお送りします
――『せっかくスポット』そのろく。
嘉茂郡松咲町【磐科学校】。
宿を出発し、一旦海岸線に別れを告げ、山間部をぐねぐねと走る県道を進むこと……およそ一時間弱。
コンビニはおろか商店や食堂さえ滅多に見えない山道を抜けた先には、すぐそこに海を控えた山あいの磐科集落が広がっていた。
そこにひっそりと佇む、異国情緒あふれるなまこ壁の建物こそ……つぶやいたーネーム『センシャドーパント』さんのおすすめによる『せっかく』スポット【国指定重要文化財・磐科学校】である。
「すごい……めっちゃ昔の建築じゃないですか? 明治とか大正とか……」
「えーっと……マネージャーさんにもらったカンペによると、シュンコーは一八八〇年……メイジ十三年? みたいだね」
「ひゃく、よんじゅっさい……で、ございますか……」
「ひぇ…………すっご……」
正面入り口……昇降口脇の事務所で入館料を支払い、霧衣ちゃんと二人おっかなびっくり足を踏み入れる。ラニちゃんは姿を隠して声だけ状態なので、例によって無線接続ヘッドセットの出番である。
年期を感じさせる木造の旧校舎、なんでも当時の大工さんたちがハイカラな西洋建築をなんとか再現しようと苦心した末の建築物だそうで、和風と洋風両方の特徴を随所に感じさせる独特の作りになっている。
たとえば……玄関上の破風はお寺や神社によく見られる形であり、外壁は防水・耐火と装飾を兼ねた漆喰となまこ壁。しかしそれでいて、二階バルコニーはおしゃれな半円型、窓なんかもアーチ形状が取り入れられているなど、他ではあまり見かけない独特な校舎といえるだろう。
「えー……それでは、授業を始めます! みなさん、おはようございます!」
「おっ、おはようごじゃいますっ! わかめさま!」
「いいお返事です、霧衣ちゃん! あとわたしのことは先生と呼ぶように!」
「は、はいっ! せんせい!」
「アッ最高」
(かわいいかな?)
ずらりと並ぶ教室のひとつ、当時を再現された教壇部分に立って……気分はすっかり学校の先生だ。明治時代ってことは、まだ先生も袴とかだったのだろうか。現在(目に見える)生徒は霧衣ちゃん一人だけだが、当時はこの教室も子どもたちで溢れていたのだと思うと、感慨深いものがある。
読み書きそろばんだけじゃなく、女の子たちはお裁縫なんかも習っていたようだ。服を縫ったり補修したり、冬場や夜なんかは布細工の工芸品をつくって生活の足しにしていたらしい。
なるほど……お裁縫か。和裁ハンディクラフト動画とかもウケるかもしれないな。なんてったって霧衣ちゃんだもんな。
それにしても……明治時代の学校。女学生……袴……なるほど、大正浪漫文学少女。
……ういか×きりえ和装コラボ、なんだか急激に実現させたくなってきたぞ。思わぬところで活動意欲が掻き立てられたけど、これはこれで。いいインスピレーションを与えてもらった、ってことなのだろう。
ありがとう、磐科学校。
――『せっかくスポット』そのなな。
伊逗市土居地区……某所。
「はい、到着しました。さっきの磐科学校から、車でおよそ三十分くらいですね。再び海沿いを進んできました。……さてラニやん、こちらはいったい……?」
「ふっふっふ……ここはですね、複数名の現地視聴者さんから『わかめちゃんと霧衣ちゃん二人に是非とも訪れてほしい』と熱烈なお勧めをいただいた『せっかく』スポットなんだけどね?」
「えっ? わ、わたしと……」
「わ、わたくしと……でございますか?」
「ふっふっふっふ……では発表させていただきましょう。つぶやいたーネーム『リリウムゾディアーツ』さん、『百合眼魔』さん、『ユーリロイミュード』さん、『ガドルフイマジン』さんのおすすめによる『せっかく』スポット……『せっかくなので【恋人崎の廻り鐘】、一緒に三回鳴らして下さい』です!」
「こ、ここ……っ!?」「わうーー!!?」
伊逗半島の西側は、日本でも有数の漁獲量を誇る駿賀湾に面している。
おれたちが現在連れてこられている伊逗市土居の『恋人崎』は、そんな駿賀湾にポッコリ突き出ている立地らしく……ここから北方向を望めば、伊逗半島と駿賀湾と……その更に向こうに、白く雪を被った美しい富士山を同時に視界に収めることができるのだ。
海の青と、空の青と、山々の緑と、そして富士山の白と薄青……自然の織り成す色彩の共演には、思わず感嘆の吐息が溢れてしまう。
そんな……たいへん風光明媚な展望台の一角に。
とてもとてもファンシーな形状の石碑と共にたたずむ、これまたファンシーな装いの、とあるひとつの鐘。
これこそが、なんとも百合百合しいお名前の方々にお勧めされた『せっかく』スポット……【恋人崎の廻り鐘】なのだろう。意味深な『三回鳴らして』についても、ご丁寧に石碑でばっちり解説されていた。
まぁ要するに……早い話が、縁結びのおまじないなんだって。
「……えーっと……で、では…………じゅんびはいいですか、きりえちゃん」
「はいっ! お供いたしますっ!」
「っ!! ああもう……かわいいなぁ!」
―――かーん。―――かーん。―――かーん。
「あー…………尊ぇー……」
「美少女どうしの『なかよし』は万病に効くっすからね……」
「成程……縁結びの儀なわけだな。……のう勇者殿よ、我輩も彼の二人と鳴らしてきても構わぬか?」
「アッ!! ちょっと待ってねめっちゃ撮るから!! ホラうれ……モリしーカメラ早く!!」
「今先輩達が使ってますんで!!」
おっとぉ……おれたち二人が出演するパートを録り終わったと思ったら、かわいらしいお嬢ちゃんがかわいらしいオネダリをしてきてくれましたね。
「霧衣殿、我輩とも鐘突を頼めるだろうか」
「はいっ、構いませぬ! 喜んでお相手いたしまする!」
なるほどなるほど、つまり『自分も縁結びのおまじないがしたい』……と。
おれと霧衣ちゃんが縁結びのおまじないをしてるのを見て、自分も仲間に入れてほしいって考えた、と。かわいすぎるが。そりゃもう夢中でカメラ回すが。
「家主殿、家主殿。我輩と御一緒を頼めるであろうか?」
「もちろんです!!!」
こちらの様子を窺っていたディレクター陣にカメラを押し付け、おれよりも小柄な美幼女の手を取り、メルヘンチックな鐘を鳴らす。
一緒に鳴らした本人は満足げな表情で、見守ってくれていた霧衣ちゃんは暖かな視線で……撮影を押し付けられた二人は、無言でサムズアップ。良い画が録れたようだ。
はー……弊社の構成員、まじ尊ぇ。
――『せっかくスポット』そのはち。
伊逗市土居地区【土居金山】。
「ねぇねぇノワ!! 世界一大きなゴールドの塊に直で触れるんだって! 守りがこんなチャチな薄板一枚だなんて……これもう持ってってくれって言ってるようなもんじゃない!? われ【天幻】ぞ!?」
「んなわけ無いでしょ! おばか!!」
「こうやって、お皿でシャコシャコやって、上の方の砂を捨てて……底のほうに砂金が沈むはずだから、それを集めるんだけど……」
「しゃこ、しゃこ、しゃこ……うふふ、おみずが冷たくて気持ち良いでございまする」
「む……のうのう、家主殿よ。『砂金』とは此で良いのか?」
「なんでこんなにあんの!? ひと掬いで八粒とかおかしくない!?」
「あっ、霧衣めのお皿にも『きらきら』がございまする!」
「なんでそんなに出るの!!?」
「ほぉ……四十粒か。我輩の勘も捨てたものでは無いな」
「『きらきら』が小瓶にいっぱい……棗さまとお揃いにございまする」
「えーっと……三十粒以上だと『砂金採り名人』らしいね。二人は四十粒以上の好成績なわけだけど……」
「わたしは仲間はずれですね! うらやま!!」
「日頃の行い、ってやつかな?」
「きぃぃぃっ!!」
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………………………………
………………………
……っとまぁ、こうして伊逗半島の西海岸、土居地区から東方面へと山道を進み……再び道の駅『鹿野のへそ』へ、今度は西側から到着する。
これで伊逗半島の南部を『ぐるり』と一周してきた形になるわけだけども……宿含め二日間で合計九つの『せっかく』スポットを堪能することができた。
九つめのスポットは……ほかでもない。
『せっかく【鹿野のへそ】に来たのなら【しいたけそば】を食べてみて』との助言をいただき、こうして温かくておいしいおそばにありつくことができたのだ。
おれが昨日、しいたけそばを食べられなかったことで、大人げなくへそを曲げていたのを……SNSを見ていた現地視聴者さんが憐れんでくれたらしい。めっちゃありがてぇ。
テラス席のテーブルひとつを借りきって、みんなでしいたけそばをいただきながら、そろそろだろうとクロージングの撮影に入る。
「それでは……第一回【のわめでぃあのせっかくとりっぷ:伊逗半島南部編】、いかがでしたでしょうか?」
「たのしかった!」
「……で、ございまする!」
「エヘヘー。こちらの企画、もし『面白かったな』『続きが見たいな』『霧衣ちゃんかわいかったな』など感じましたら、ぜひチャンネル登録と『よかった』ボタン、つぶやいたーのフォローもよろしくお願いします!」
「わ、わうぅぅ!?」
「それではまた、次の動画で……」
「「「ヴィーヤ!」」」




