32【御礼配信】なんでや!!!
画面の中のキャラクターが軽やかなステップでコースを駆け抜け、軽快な動きで障害物を飛び越えていく。
ほんの数分前のクソザコプレイとは打って変わってスムーズな進行に、寄せられるコメントの大半は当然のように疑問符を伴い、あるいは疑問の文字が乱舞していた。
「『難易度変えたの?』いえいえ変えてませんよ。ずーっと画面つけっぱだったじゃないですか。んふふふ……あっ、ジャンプはーい。もいっちょはーい。余裕ですね」
ゲームの難易度は三十代男性基準のまま、代わりのピンチヒッターを用意していたわけでもない。プレイヤーは相変わらず、美少女エルフ魔法使い『木乃・若芽ちゃん』である。
息も絶え絶えだった先程とはまるで真逆、澄ました顔でステージを進んでいくその様子は違和感でしかなく……物的証拠がないとはいえ、不正を疑われるには充分だっただろう。
……実際のところ、ちょっと小細工をしているのは確かなので……そこに関しては、指摘されるまでしらばっくれていようとは思っていた。
「はっはー! どーですか! これが若芽ちゃんの実力ですよ! 容姿端麗、文武両道、出前迅速、光の天使、泣く子も黙る木乃若芽ちゃんのお通りですよー!」
さっきとは打って変わって余裕たっぷり、無駄口を叩きながらプレイを続ける様子は……まさに『調子に乗っている』という表現が非常によく合うと思う。
もちろんこれも演出のひとつであり、コメントの流れがおれの意図している方向に向かいつつあることを認識しながら、満足げな心持ちでそのときを待つ。
そしてついに、待ちに待った(と言うほど大袈裟なことでもないが)視聴者からのコメントが届きはじめ……それを受けて演出を次の段階へと進行させる。
『username:バフ魔法はドーピングでは?』
『mob-user:変な魔法使ってない???』
『morikas:リアルチートやめーや!!』
「ふォっ!? そ、そ、そ、そんな!? 失礼な、違反じゃありませんよ!? ……ありませんよね!?」
目に見えて分かりやすく取り乱して見せ、否定するどころか一部内容を肯定して見せる。
指摘された通り(というよりは指摘されることを心待ちにしていたのだが)……現在おれはいわゆる『自己強化魔法』の類を使用した上で、堂々とゲームを進めている。
持久力を補填する【体力】と、最大筋力に補正を掛ける【筋力】……この二つの強化魔法を密かに使用することで、やっと常人レベルの(とはいっても相変わらず三十代男性基準だが)プレイを可能としていたのだ。
状況は再び真逆に変わり、涼しい顔から一転して挙動不審となるプレイヤー……ほんのさっきまでは難なく踏破していた落とし穴に引っ掛かり、障害物に蹴躓き、良好であったスコアはどんどん下がっていく。
ポンコツスイッチが入った若芽ちゃんは見ていて可哀想になる程に取り乱し、視聴者の取り調べに対して辿々しく抗弁し始める。
「で、で、でも! 補助魔法使っちゃダメってルールに無いですし! 補助魔法も含めてわたしの実力ですし! 実力を測定するなら使っても問題ないはずですし!」
『randamid:体力測定ゲームなので……』
『ippanjin:ルールには無いけどさぁ』
『gaya:リアルチート公言しちゃったかー』
『morikas:そもそもそういうゲームじゃねぇからこれ!!』
「そ、そんな…………」
『禁止事項に書かれていないのだから不正ではない!』と訴える若芽ちゃんの持論はしかし……視聴者より寄せられる数多くの至極真っ当な正論により、あっという間に勢いを失っていく。
この世界、この時代、この国の常識において、『魔法』の使用に関する規約など存在しないとはいえ……トレーニングのためのゲームで楽をしようなど、それはさすがに本末転倒なのだろう。
若芽ちゃんには可哀想、かつおれにとっては体力的に非常にしんどいのだが……この一連の流れは正直言って、非常に『おいしい』と思っている。さりげなく誘導コメントを入れてくれたモリアキにも感謝せねば。
……と、いうわけで。
世間の常識と世論の圧力により……若芽ちゃんは自身に掛けられていた強化魔法を不承不承(を装い)ながら解除し、引き続きステージに臨む。
化けの皮を剥がれたエルフの少女は先程に引き続き、その設定されながらのクソザコフィジカルを遺憾無く発揮していった。
「たすけて…………だめ……やめて、やだ…………まっ、まって、まっ…………あっ」
途中の仕掛けを突破するためのノルマを――三十代男性基準設定のままの筋トレを――制限時間内に達成することが出来ず、必死の命乞いも虚しく最序盤のザコ敵にあっさりと敗北する。
ゲーム画面の中では『チャレンジ失敗』の文字と共に……いかにもザコ敵といった様相の可愛らしい生物と、その足元で無様に伸されたプレイヤーキャラクターが虚しく映し出されている。
画面の中で倒れ伏すキャラクターを、身をもって操作していたプレイヤー……身体年齢十歳相応なのに調子に乗って三十代男性基準に挑み、完膚なきまでに玉砕し尽くしたエルフの少女、配信を一手に取り仕切る魔法情報局のやり手の局長様は。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ンっ、はぁっ、はぁっ…………オェッ、ッグんっ、っはぁ……っ、……ごめん、だざ…………ゆるぢで…………ゆるして…………ごべんな、さい…………たすけて……ゆるして…………たすけて……」
配信画面の片隅、スタジオの壁に背中を預けてへたり込み……恥も外聞もなくうわ言じみた命乞いをこぼし続けるのだった。
ちなみにその間の視聴者数ならびにコメント数は……前代未聞のものすごい勢いで伸びていった。




