308【第七関門】あそびのおさそい
「若芽ちゃんほら、エビチリだよ。エビは好きかな?」
「あっ、ありがとうございます! あむっ、もぐ……もぐ……んふぅっ。……はいっ! エビ大好きです!」
「ははっ。【Sea's】にエビモチーフ居らんくって良かったなぁ? 嫉妬でエラい事んなる所やったで」
「あっ、そっか! ねぇねぇ霧衣ちゃん、イカ食べてイカ! イカ好き? イカ好きって言って?」
「あわわ、わわっ、わう…………す、好き、にございます」
「やったー! わたしも霧衣ちゃん好きー!」
「わうー!?」
一時はどうなることかと思ったが、こうして無事に楽しげな食事会を始めることができた。
どんどん運ばれてくる大皿盛りの本格中華料理を前に……久しぶりに会えたミルさんとの『積もる話』を、みんな存分に楽しんでくれているようだった。
ミルさんへの『おさわり(※ソフト)』が許されたことで、心の平静を取り戻した花笠海月さんは……ミルさんの勧めによっておれの頭をなでなでしたことで満足したらしく、本格的にいつもの調子が戻ってきたらしい。
つまりは……小さく愛らしい少年少女に対し、正しい意味でとても『紳士的』に接してくれているのだ。
畏れ多くも弱小配信者であるおれに、格下であるおれなんかに、チャンネル登録者数十万人オーバーの有名配信者(の魂)が………なんとエビチリを『あーん』してくれたのだ!!
「その……こっちのクラゲの和え物も……どう、かな?」
「ありがとうございます! ……あむっ、もぐ、もぐ……んふふ。……海月さん、食べちゃいました」
「……嫌い、じゃ……無い?」
「もちろんです。わたし……嫌いなもの、そんなに無いですから」
「フフッ。……ありがとう」
いや、しかし……うん。……みなさんのお名前(というか芸名)に海産物の名が含まれているのは、ともすると食事の場では意識しちゃったりしないんだろうか。
決して失礼な意図は無いのだが……こう、『食べる』ということはセンシティブな意味にも捉えられてしまうわけで…………うん、考え過ぎか?
「ちなみにすみません、本っ当どうでもいい疑問なんですけど……【Sea's】の皆さんって食ネタで弄り弄られとか、そういうのあるんですか?」
「それがあるんですよぉ! アサリとかシジミに砂が入ってたら、何故かぼくのせいになるんですよ! 同じ二枚貝だから、って! 『ぅオイこらミルゥ! またジャリッてさせやがったなァ! ウチのお味噌汁どうしてくれんねんコラァ!』って、めっちゃ理不尽じゃないですか!?」
「雑うにやめーや! ていうか、だって貝全般はミルの配下やし、ミルは領主やろ? 責任の所在は明らかやんなぁ?」
「そんなぁー! うわーん!」
あまりお酒に強くない、と言っていたミルさんも……久しぶりの同僚との語らいの場とあっては、さすがに飲みたい気分なのだろう。
自分で言っていたようにあまり強くないみたいで、既になかなかいい具合にデキ上がってしまっており、隣に座るうにさんとくろさん、対面の彩門さんのいいオモチャと化している。
泣き顔のミルさんも可愛いんだけど……これが男の子って本当に本当なんだろうか。本当についてるのだろうか。確かめてみるか?
「あの……ういか様は、烏賊が引用元……なのでございます、よね? コガネ様は……」
「ウチか? そやなぁ、ウチと……あとチフリあたりは、まぁ一目見ただけやと解りにくいよなぁ」
「私はちょっと変化球だからね。イナダと、ハマチと、ブリ。出世魚を三つ束ねて、洟灘濱道振。……でも一人っ子なんだよねぇ」
「んでもってウチはな……何を隠そう、蟹やねん。香箱蟹いうてな、ズワイ蟹のメスのめっちゃウマイやつらしいで。知らんけど。てかウチ男やし」
「ははぁ…………皆様、おいしそうにございまする……」
「でしょー」「せやろー」
やっぱりというかお名前ネタは、真っ先に弄りやすい鉄板ネタなんだろう。
何も知らない初見さんでも、とりあえず何かしらのツッコミどころがあれば触れやすいだろうし、実際うにさんの配信でも『初見です。おいしそうなお名前ですね』なんていうコメントを幾度か見かけたことがある。
視聴者さんたちにとって身近なモチーフをキャラクターに落とし込み、親近感を沸かせる……そのあたりも含めて、ノウハウを蓄積した大御所事務所の戦略のひとつなのだろうか。しらんけど。
事実……少なからず配信を追っかけていたおれとは異なり、ミルさんたち以外は今日が初対面となる霧衣ちゃんであっても……まぁ、非常に食欲に忠実な形ではあるが、親近感を感じてくれてるみたいだし。
「見てみてー霧衣ちゃん。これがね、この子が『文郷ういか』っていってね、私のアバターなの。かわいいでしょー?」
「……! は、袴にございまする! ういか様は武士の家系にございまするか!?」
「んー……そこまで昔じゃないんだよねぇ。大正浪漫風、ってわかるかなぁ? ほら私、文学少女って設定だから」
「たいしょう……大正……宮沢先生や川端先生の時節でございますね。存じておりまする」
「いぃー子だねぇー! よーしよしよしよし」
「わうぅーー!?」
「あははー。ういちゃんは和服っ子好きだもんねー。霧衣ちゃんのこと前々から気にしてたし…………よし。私も撫でとくか」
「ち、ちふり様ぁ!?」
まだまだ人付き合いが不安な霧衣ちゃんでさえも、こうしてスキンシップを取れるまで至ることができたのだ。
うらやまけしからん気持ちもちょっとだけあるのだが……あんなに楽しそうな霧衣ちゃんを拝むことができたのも、彼女たちの『親しみやすさ』ステータスが抜きん出ているおかげなのだろう。素直にありがたいことだ。
ていうか、ふつうに可愛い。まじ尊ぇ。
もっとやっちまってください。
「それにしても……次世代特殊メイクのテストケース、って言ってたか? ……本物にしか見えねぇな」
「そうだね。私も本っ当にビックリしたよ」
「海月ほんと見事に限界化しとったもんな!」
「あははー。でもさ、これって私たちにもやってくれるのかな?」
「やってほしいよぉ! 私もくろちゃんと霧衣ちゃんと和装共演したいよぉ!」
「ええで」
「やったぁ!!」
「くろ様ぁ!?」
この場にいる【Sea's】の方々には――ミルさんとうにさんとくろさんのお三方を除き――鈴木本部長さんの声明そのまま、あくまで『特殊メイクの一種』という形で周知されている。
ラニの【変身】魔法が現実味を帯びてくれば、その際改めて……おそらく『にじキャラ』所属配信者全員を集めて、その『次世代演出技術』の周知を行う形となるらしい。
なので……まぁ、騙しているのは事実なので若干心苦しくはあるのだが、もうしばらくの間はヒミツにさせてもらう。
この『次世代演出技術』の普及を――おれや、霧衣ちゃんとのオフ共演を――楽しみにしてくれている彼女たちに、早く明るいお知らせを届けてあげたいものだ。
(……頼んだよ、ラニちゃん)
(うん? ほんと? 豚肉と玉子炒め?)
(なんて??)
あー、うん。豚肉と玉子炒めね。ラニちゃんもこっそり中華満喫してくれてるようで……うん、良かったよ。
うん……わかった。食べたいのね。たまごね。わかったよ、頼んどく。頼んどくから……
……依頼のほう、まじで頼むよ?




