307【第七関門】◯◯という名の紳士
うたげがはじまる
やがて徐々にメンバーが集まっていき、ありがたいことに皆さんそれぞれから熱烈な歓迎を受けたおれたちは……ついに問題のお相手、花笠海月さん(の魂)との対面を果たしたわけだが。
結論から申しますとですね。
おれたち……というか、主におれが心配していたような出来事は、幸いなことに起こらずに済んだようです。
と、いうのもですね…………
「……あの、海月、さん?」
「アッ! アッ、アッ、エット……は、ハイッ! ……ッフヘ」
(うーわ、めっちゃノワみたいだね)
(うそ!? おれこんな限界してる!?)
(してるしてる)
赤色メッシュ入りの鮮やかな金髪を靡かせ、クールに澄ました中性的イケメンフェイスから、老若男女に人気な耳心地良いハスキーボイスを繰り出す……『にじキャラ』公式実力派美少女劇団員配信者、『花笠海月』さん。
とある筋より一種の病気であると吹き込まれていただけに、参加者全員が揃ってからもミルさんと二人、内心ビクビクしていたのだが……あまりにも尋常ではない様子が気になってしまい、おっかなびっくり声をかけてみた……というのが、先程のお話である。
てっきり……目があったが最後、瞬く間に捕食されると身構えていたのだが……本日の席に【Sea's】メンバーのなかで一番最後に合流した彼女は、遅刻を詫びる挨拶の途中で、なんといきなり硬直してしまったのだ。
おれは思わずミルさんを見て、そしてうにさんを見て……お二人の表情から、やっぱりいつもと様子が違うらしいことを感じ取った。
他の【Sea's】の方々(くろさんを除く)もまた同様、歯切れの悪い海月さんの言動には違和感を感じている様子。
……くろさんは、まぁ……相変わらずニコニコと笑ってた。
「……どしたんですか? 海月ちゃん。……その、元気ないっていうか」
「うん、そうそう。……私はてっきり狂喜乱舞するかと思ってたんだけどさ? 美ロリと美ショタだし」
おずおずと切り出したのは、読み聞かせや文学講義動画なんかを得意としている【Sea's】の文学少女『文郷ういか』さん(の魂)。
物静かで優しげで、どこか包容力を感じさせる声色の彼女は……いつもと明らかに異なる同僚を前に、じっとしていられないようだった。おれの推しだ。
口火を切ったういかさんに続いて、おれたちが思っていたことをズバッと言ってくれ(ちゃっ)たのは、こちらは【Sea's】きっての旅好き配信者『洟灘濱道振』さん(の魂)。
仮想配信者でありながらアクションカメラを使いこなし、全国各地の観光地レビュー動画やのりもの体験動画を数多く上げてくれている女の子。おれの推しだ。
「俺はミルの特殊メイク、鈴木さんからも聞いてたし……そりゃミズが暴走しないかって心配しちゃあ居たんだけどさ? 今のミズは何ていうか……別の意味で心配っつうか」
「……せやなぁ? まぁお客さんもおるし『病気』が出ないんは良ぇんやけど、それはそれとして薄気味悪いっちゅぅか……いや、マジどうしたん? ほんま大丈夫か?」
お二人に続き、海月さんの異常事態を心配して口を開いたのは、この【Sea's】の(押し付けられ系)リーダーであるノルウェ……もとい乗上彩門さん(の魂)。
普段は軽快なトークを交えたゲーム配信を行いつつ、結構な頻度で所属の垣根を越えた共演企画を考案・運営してくれて、しかもその評価はなかなか高い……誰が呼んだか『にじキャラの便利屋』。便利に使われすぎて纏め役まで押し付けられてしまった、苦労人のお兄さんだ。おれの推しだ。
仲の良い彩門さんに被せるように、訛りの濃い口調で『甲葉コガネ』さん(の魂)が続く。軽薄な言動に反したその表情は、やはり本気で同僚のことを心配しているようだ。
いつもはチャラチャラと現代っ子っぽい言動を織り交ぜ、ゲームに雑談にカラオケに、とにかく『楽しそう』に挑む姿が特徴の彼なのだが……同期生と遊ぶことも大好きな、とても仲間思いの男の子なのだ。おれの推しだ。
「と、とりあえず……お茶のんで、落ち着きましょう? 海月さん。ゆっくりで良いですから」
「……せやなぁ。まさかこんな限界化するとは……いやまぁ、いつも通りのノリでミルとかのわっちゃんらに絡まれとったら、それはそれで困るんやけんど」
「アッ、アッ、……ッ、ソノ……ダ、ダッテ……」
「イズはん紳士やもんなぁ。現物のにるにるを目の前にして手も足も出なくなったんと違う? 『YesフィクションNoタッチ』ってやつ」
「……ッスゥーーー……ッ、ソノ……ハイ」
ついさっきまでは死地に送られる兵士のような面持ちだったミルさんは、一転して優しく海月さんの介抱に臨む。
そのときの海月さんの幸せそうな表情を鑑みる限り……どうやら、うにさんとくろさんの考察が正しかった、ということなのだろう。
つまりは、同僚いわく特殊な病気である花笠海月さん(の魂)は……ちゃんと思慮分別を弁えた、常識人だということ。
そしてどうやら、現実として現れてしまったミルさんは……そんな海月さんにとって、かなりのストライクだったということ。
個室のドアを開けてみたら、めっちゃタイプな白ロリ男の娘が『ちょこん』とお座りしていたら……あんなに限界になってしまっても、それは致し方ないということなのだろう。
「……大丈夫ですよ、海月さん。ぼくは格好こそこんなになっちゃいましたけど、中身は以前と変わりません。……右も左もわからなかった初コラボで、真っ先にあなたに絡んで貰えて……あなたに助けて貰った、『ミルク・イシェル』です」
「…………ミル……」
「…………えーっと、普段から度々『欲求』を聞かされちゃってる身としては、それら全てオッケーとは到底言いがたいですけど……」
「っ、それは…………ごめん」
「ふふっ。……けど、前のように……一般常識的な『スキンシップ』の範囲でなら……前みたいに、接して頂けたらな、って」
「…………っ!!」
泣きそうな顔をする海月さん(の魂)の目の前へ、純白のストレートヘアを靡かせミルさんが移動する。
そのまま……何かを期待するように、頭を突き出すように傾けて……そのままの体勢で静止する。
やがて、ゆっくりと……おずおずと、海月さん(の魂)の手が伸ばされ……ミルさんの頭に、おそるおそる触れる。
「…………前の『もしゃもしゃ』も……好きだったけどな」
「それは……ごめんなさい」
「フフッ。……いや、ミルが謝ることじゃない。それに……」
「サラッサラでしょう? なかなかの撫で心地だって自負してますよ?」
「そうだね。…………相変わらず、可愛いよ……ミル」
「そうでしょう。海月さんのかわいい妹分なんですから」
(…………ねぇ、ノワ……これが『てぇてぇ』って感情なの……?)
(う゛ん゛、そうだよラニちゃん……! ヴゥッ尊ぇ……尊ぇよぉ……)
(な、なるほど……おもむきが深い……)
「……というわけで。わかめさん、良いですか?」
「えっ? あっ、はい!(何が?)」
(えっ、ボク知らないけど)
「ありがとうございます! ほら、海月さん」
「し、失礼します……ッ!」
「?????」(?????)
いきなり投げ掛けられたミルさんの声に、つい反射的に返事を返してしまったのだが……いったいなにが『良いですか』だったんだろう。
すると……頭の中には疑問符を浮かべながらも表面上は平静を保っていたおれの目の前に、海月さん(の魂)がおずおずと歩み出てきて……かしこいおれは、全てを察した。
あー、はいはい。そういうことね。
おっけー完璧に理解したわ。
しょうがないにゃぁ。……いいよ。




