294【第三関門】一難去ってまた一難
とりあえず纏まった方針としては……コラボの開催日時を来月の第三土曜日、十五日に(仮)設定する。
会場は、この事務所の近くにある(らしい)大手カラオケチェーン『おうたの館』、そこのパーティールームを予約してくれるらしい。……あっ、してくれたらしい。
とりあえず一番望ましいパターンとしては……その当日までにわれらが『天幻』の勇者ラニ謹製の【変身】魔法を完成させ、それを纏った玄間くろさんと超美麗3Dモデル(=【変身】魔法)を用いたオフコラボを開催すること。
また同時に次善の策として……もし【変身】魔法が完成までこぎ着けなかった際は、わが『のわめでぃあ』の便利でキュートなアシスタント妖精ラニちゃん渾身の【蔵守】によって、撮影・合成のための機材一式を運ぶ手助けをさせて貰うこと。
運搬の問題さえカバーできるのならば、あとは機材を置くスペースと回線さえ確保できれば問題ない。だからこそスペースに余裕を持たせたパーティールームなんだろうな。
というわけで、多分にラニちゃんの力添えを前提とした不安定な計画ではあるものの……とりあえずの見通しは立てられたし、本来の目的であった『顔合わせ』も無事に済ませることが出来た。
本来の目的は、達成されたわけだ。
「のわっちゃん!!」
「はひィ!?」
「……と、ミルとクロと、霧衣っちゃん!! ランチいくでランチ!!」
「「ふぁい!?」」「おほぉー」
突拍子もないうにさんの発言であったが、残念なことにこの場には彼女を止める者は居ない。
苦笑いするマネージャー八代さんと烏森さんとアシスタント六丈さんに見送られ、満面の笑みを浮かべるうにさん(の魂)とくろさん(の……もうそろそろいっかな、この注釈)に手を引かれ、おれと霧衣ちゃんとミルさんは会議室から引っ張り出される。
……まぁ、大筋は決まったのだ。彼らならいい感じに話を詰めてくれるだろう。丸投げしてすまないと思っているが、おれにはどうすることもできない。むしろたすけて。
(ボクこっち付いて様子見てるから……まぁ、がんばって)
(うぐぐ……たのんだよラニちゃん!)
おれの切なる願いも虚しく、テンションが振りきれた女の子ふたりの手によって、衆目監視のもとへと姦しく引きずり出されるおれたち……緑銀白のごきげんヘア三人組。
この事務所八〇三号室の人々の視線を一気に向けられ、さすがにちょっと怯んでしまったわけだが……やっぱりというか霧衣ちゃんはなかなかあわあわしてしまっているようで、とてもかわいそうなことになっている。……おれがフォローしないと。
「う、うにさん! ちょっとゆっくり! きりえちゃん着物! きものなので大股が!!」
「あっ……ご、ごめん! ごめんな霧衣っちゃん!」
「い、いえっ! ……お気遣い、ありがたく存じまする」
「なんなん、めっちゃええ子やん。にるにるも見習い? ほーれよしよしよし」
「や、やめてください! ぼくちゃんと良い子でしょう!?」
身体を改変されるという大事件を経て、変わってしまったかに思われた、彼の交遊関係。
いつもどおりの調子を取り戻したのであろう彼ら彼女らの、打てば響く仲睦まじげなじゃれ合いに……光栄にもこの場に居合わせると言う栄誉を賜ったファンの一人として、尊いこの光景にただただ感謝の祈りを捧げるのだった。
「わ、わかめさん!? 何で拝んでんですか!? ちょっ……この二人どうにかしてください!! 霧衣ちゃんがどうなってもいいんですか!? 若芽さん!?」
「おっ、お止めくださいムラサキ様! そこは……やっ、んんっ!?」
「はあ!? 誰ですかウチの子にオイタしてる悪い子はァ!!」
「やべー! のわっちゃんがキレた!?」
こうして、おれたち(見た目だけは)女の子五人組は、フロアほぼ全員の注目を浴び続けながらも他のひとに話し掛けられ引き留められることなく……ホールへ飛び出て階段を下って、作戦通り避難することに成功したのだった。
「…………はい! とゆーわけで! ヘイリィー視聴者の諸君!」
「あっ!! パクリですか!? ダメですパクリはゆるしませんよ!?」
「海底情報局『うにめでぃあ』局長の村崎うにやよー! よろしうにー!」
「パクるなら最後までしっかりやってくださいよ! チクショウ生『よろしうにー』だ! すき!」
「元気ですねぇ若芽さん……」
「元気いっぱいでございまする……」
「んふふゥーーー」
いそいそと場所を移しまして、こちらは『にじキャラ』さん事務所のすぐ近くにある喫茶店。都会の一等地ならではのお洒落な店構えと豊富なメニューと手頃な価格、それに加えて距離的な要素もあり、『にじキャラ』所属の配信者の子たちに大人気のお店らしい。
なにも考えずにふらーっと足を運んだところ、特に示し合わせたわけでもないのに同僚に遭遇した……なんてことも少なくないらしい。うにさんの談による。
なるほど確かに、お店の雰囲気もメニューも価格も魅力的に見える。おれは生粋の女の子ではないので喫茶店事情はまだまだ詳しくないのだが、近くにあったら確かに通ってしまうだろう。
「うちはパスタにしよっかなぁー。……あっ、いいのあるやん。ンフフゥーのわっちゃん色やよー」
「お、お好きにどうぞ? わたしは……あっ、ハンバーガープレートなんてのもあるんですか? ……うわ、おいしそ……」
「霧衣さん、何にしますか? お好きなお料理とかあります?」
「りえっちゃんこれこれ、タマゴサンドあるで。あと『からチキ』やないねんけど、似たようなチキンフリッターもあるねんで。食べきれんかったらうちも手伝うし、一緒にどう?」
「……あっ! たまごさんど! たまごさんどでございますか! わたくし、たまごさんどは頂いたことがございます! からちきも存じ上げておりまする!」
「んふゥー。……じゃあこれにしよな。ほなウチは……ウチもパスタにしよかなぁー」
おれがハンバーガープレートの写真に目を奪われていた間、すぐ横から聞こえてきた、霧衣ちゃんとくろさんとの会話。
耳から入ってきたその内容を反芻し、頭が理解すると同時。驚愕と共に上げたおれの視線と、こちらを窺っていたくろさんの視線がぶつかる。
すると……彼女は。
きわめてマイペースであるものの面倒見が良い、『にじキャラ』屈指の歌唱力を誇る玄間くろさんは。
眠たそうな目蓋はそのままに、口許は得意気に笑みを浮かべ……右手の二本指を立て、可愛らしく『ぴーす』さいんを送って見せた。
お、おれたちの……『むぎた珈琲店』の動画、みてくれてたんだ。
霧衣ちゃんが『おいしい』って言ったものを、覚えててくれてたんだ。
もう……すき。




