277【東京遠足】スゴイアプローチ
……うん、めっちゃ見られてる。
…………すっっごい見られてる。
あーあー、霧衣ちゃんめっちゃぷるぷるしてる……悪いことしちゃったかなぁ。
東京都は品川区、広告代理店『ウィザーズアライアンス』の事務所にて……おれたち『のわめでぃあ』三名(+小さくて見えない一名)は大田さんに先導され、お仕事中の皆さんの横を『ちょっと通りますよ』していった。
というのも、この会社じたいはオフィスビル内のワンフロアにあるわけですが……会議室へと案内されるためには、必然的にワークスペースの隣を通る必要があるわけでして。
(すごいねノワ、まわりの視線独り占め……あいや、二人占めだね)
(おれはまぁ、大丈夫なんだけど……霧衣ちゃんがなぁ)
(ボクが肩のってるよ。周りにバレないようにこっそり声かけてる。ちょっとでも安心してくれるといいんだけど……)
(ありがとラニ。よく気が回るね)
(なんのなんの。ここからだと和服の胸元から覗くふくらみかけが)
(おい)
多くの目に見つめられる中、おれたちは会議室のひとつへと通される。
扉が閉じたことで、とりあえず安心感は感じられるようになったけども……しかし、なんだ。この会議室はなんていうか……スケスケなのだ。ちょっとおちつかない。
(ねぇーノワー! すごいよこれ! こんな透明ででっかい透板! スゴイデカイ!!)
(はいはい落ち着いて…………ガラス叩くんじゃありません! 落ち着きなさい! ほらもぉ向こうのお兄さんめっちゃギョッとしてるじゃんほらぁ! ラニちゃんメッ!!)
都心のオフィスビルは、もしかしてこれが標準仕様なのだろうか。会議室の周囲を囲うのは……壁というか、でっかいガラスだ。
ビルそのものの壁に接する一面と、内装として設けられた壁……その二面を除いた他の二面、入口ドアのある面までもが、ピッカピカスッケスケのガラス張りなのだ。
……いや一応、真ん中くらいの高さは曇りガラスになってるか。目隠しになってるんだな。
「……さて。早速ですが……まずは遠いところをご足労いただき、心より感謝致します。……キリエ様は、お初にお目に掛かります。株式会社ウィザーズアライアンス……新聞屋のような事業をしております、大田と申します」
「は、はいっ! きりえ、ですっ!」
「えっと……この度はお招きいただきまして、恐縮です。改めまして、木乃若芽です。……すみません、芸名ですが」
「マネージャー兼広報担当、烏森です。……その節は、お世話になりました」
「ええ。……今週末ですよね。私個人としても、応援しています」
「がんばりますよー。いちおうこれまでもメールで打ち合わせは進めてますけど、木曜に多治見さんのとこへお伺いする予定です」
そう……今週末、二十五日土曜日と二十六日の日曜日。おれたちにとっても非常に馴染みのある臨海展示場で、全国規模のキャンピングカーイベントが開催されるのだ。
まあもっとも、事前搬入とか設営とかスタンバイ全般は多治見さんたちのほうで担当してくれるらしいので、おれに求められてるのは当日のコンパニオン……とはいえセクシーさなんて望むべくもないので、要するに客寄せパンダだ。
見映えする衣装を着て、ブースに足を運んでくれたお客さんの対応をして、幾つかのヒアリングを行った上で、多治見さんたち営業スタッフへと引き継ぐのが主なお仕事である。
年末の鶴城神宮でのアルバイト経験が活きるわけだな!
「……さて。本来の目的である『顔見せ』は、無事に完了してしまったわけですが……」
「あっ、ほんとに『こんにちわ』するだけで良かったんですね」
「えぇ。ご覧の通り……フロアじゅうの視線と話題を独り占め……いえ、二人占めですか」
「ブフッ。あっ、いえ……すみません」
(なにわろてんねん)
(だれのせいよ)
「……?? ……えっと、まぁ……実際のとこ、大変注目して貰えたみたいっすね」
「えぇ。ざっと見たところ……理容系と化粧品類と、服飾系と……子ども向け商品全般の担当者が、あからさまに目の色変えてましたね」
「こど、っ」
「あぁー……」(あぁー……)
「それで、ですね……ものは相談なのですが」
「あっ、はい」
まぁ……子ども向け商品のくだりは、あえて気にしないことにしておこう。実際おれの身体が可愛らしい女の子であることには変わりないし。事実なわけだし。ふふん。
それでそれで、大田さんからの相談……それはまぁなんのことはない。まわりでお仕事中の他の営業担当さんたちへ、おれの『コマーシャル』も兼ねてひと芝居打とうということらしい。
芝居といっても、そんな手の込んだものじゃない。
まず『おれたち人数分の飲み物を持ってくる』という名目で大田さんが席を外し、その後をおれが『お手伝いします』という体でついていく。
フロアの片隅……オフィススペースと会議スペースの間くらいに設けられたフリードリンクの自販機で、四人分(ラニごめん)の飲み物を調達しながら、こちらを窺っているであろう営業の方々へ『わたし』の可愛らしさをアピールする。……といった感じだ。
大田さんは『わたし』のような可愛いくて良い子な配信者を見つけて、しかもビジネスパートナーとして良好な関係であることをアピれて鼻高々。
一方の『わたし』は自分のセールスポイント、ならびに『案件募集中です!』ということをさりげなーくアピれて万々歳……というわけである。
……と、いうわけで。ここからは単なるボーナスステージだ。
おれが愛想を振り撒くだけで、案件が向こうからやってくる(かもしれない)。まったくオイシイお話だぜ。
それではボーナスステージ、いってみよう。はい、キュー。
「大田さん大田さん、わたしもお手伝いします。一人でカップ四つは無理でしょう?」
「あぁ……すみません、木乃様。大切なお客様に働かせてしまって。何になさいますか?」
「いえそんな! わたしなんてまだまだ『オブシディア』の駆け出しですし、今週末のお仕事も大田さんのおかげで頂けたわけですし……あっ、わたし『いちごオレ』でお願いします。あと烏森さんはアイスコーヒーで」
「かしこまりました。木乃様は……そろそろ五万に届いても良い頃だと思うのですが」
「あと一息なんですけどねぇー……ですのでわたし、今ならまだお値打ちですよ? ……というわけで、何かありませんか大田さん、わたしがんばりますよ! 他ならぬ大田さんのためとあらば!」
「そうですね……ちょうど幾つかご提案が。霧衣様と併せて」
「ホントですか! あの子にも案件いただけるんですか!? わぁ、連れてきてよかったぁ! ……あっ、霧衣ちゃん『抹茶オレ』で。甘い抹茶は多分初めてなので、きっとかわいい反応しますよ? 見ものですよ?」
「それは楽しみです。……ではお二人も待たせていますし、戻りましょうか」
「はいっ! よろしくお願いします!」
ちらーっと補足しておくと……配信者を起用する企業案件の相場は――もちろんプロモーション内容や契約にもよるが――一般的に『登録者数×一~一.五』と言われている。
そして先程アピールした通り、おれの配信者クラスはまだまだ『オブシディア』であり……そして『まだ五万に届いていない』のであって。
つまるところ……最大限高く見積もっても、五万から八万弱。それが『のわめでぃあ』所属メンバーが案件をこなす上での予算なのだということを、ひっそりとアピールすることができたわけだ。
(さーっと回ってみたけど……効果すごいよ。みんなノワの話に興味津々って感じ。提案してみるかーとかアポ取ってみるかーとかいう声も聞こえた)
(まじで!? あとでメールフォーム確認してみよ……)
(あとやっぱ……まぁ、案の定なんだけどさ?)
(な、なあに……?)
(ふふ…………『かわいい』とか『めっちゃかわいい』って声がいっぱいで。良かったね?)
(ンフゥ~~~~)
もし両手が飲み物で塞がっていなかったら……おれは顔を覆ってじたばたしていたかもしれない。
この身体が可愛いのはよーく理解っているし、つまりおれが『かわいい』って言われるのも仕方のないことなのだが……それはもちろん嬉しいのだが、やっぱりどうしても気恥ずかしさは残ってしまう。おれは男なので。
(は?)
(いや、は? じゃないが)
「……? どうかなさいましたか? 木乃様」
「なんでもないです! ……えへへ、きれいなオフィスだなって」
「それは…………恐縮です」
こうしてひと芝居を終えたおれたち二人(+ラニちゃん)は、モリアキと霧衣ちゃんの待つ会議室(スッケスケ)へと戻ってきた。
お飲み物をみんなに配り、お礼をいって口をつけ、予想通りのカワイイムーブを目に焼き付け……会議室はホンワカ和やかな空気に包まれる。
それからは近況について雑談しながら、先日のFPEXコラボの感想を聞かせてもらいながら……商談というよりかは幾分ユルい話の席だ。
そのさなか、話し半分に大田さんが現在抱えている案件を幾つか見せてもらった。
大田さんも『気になる案件があれば担当者と繋ぎます』なんて軽く言っていたけれど……あの、ちょっと。
あの……これみよがしに『若芽様』『霧衣様』『白谷様』って、ご丁寧にファイル分けしてあるんですけど。
最初からおれ(たち)に向けてアプローチするつもりだったんですね!
なんていやらしい!!!(歓喜)
【お品書き】
●ロリエルフ(天然)
¥50,000~




