21.5【季節特番】真っ赤なお顔の
※時系列を気にしてはいけません
「そりゃあさ? 確かに出資者向けにそういうプランも用意してたよ? でも実際マジでやんの!? おれが!?」
「そりゃあそうっすよ。ゆくゆくはそういうのもやらなきゃいけないんすよ? だってそういう触れ込みで宣伝してお金出して貰ってるんでしょ? やらなかったら詐欺じゃないすか」
「そうだけど…………だって、あれは3Dアバターが……」
「消えちゃったんだから仕方ないっすよね、今は先輩が『若芽ちゃん』ですんで。腹くくって下さい」
「そ、そんなぁ……」
年の瀬も徐々に近づき、それに伴い人々が少しずつそわそわし始める……そんな師走のある日。
新人仮想配信者『木乃若芽ちゃん』ことおれは……その顔を悲壮な色に染め、尊厳の危機に瀕していた。
おれの目の前には、赤ベースで随所に白があしらわれた可愛らしい衣装が鎮座しており、それはもしかしなくても女の子用のシーズナブルな衣装であり、おまけに当然のように膝上スカートであり…………まぁ、要するにコスプレサンタコスチュームなわけだ。
例の作画用資料のひとつとして烏森が持ち出してきたこいつは、木乃若芽ちゃんの季節衣装のサンプルプランとして彼がひっそり用意していたもの……の資料らしい。
若芽ちゃんの冬用コスチュームを用意するにあたってのイメージ候補として、この計画が立ち上がった頃に通販サイトで纏めて購入していた……ということらしい。
同時に購入していた『季節ごとのイベント衣装』も、ぶっちゃけ何点か存在するらしく……おれは本能が警鐘を鳴らし始めるのを感じ、詳しく聞き出すことを諦めた。
まあ……要するに。要点のみをかいつまんで現状を説明すると。
十二月二十四日、世間の皆がどこかそわそわしている今日。
この産まれたばかりの仮想配信者『木乃若芽ちゃん』を応援してくれている方々に、ちょっとしたお礼でもできればなー……などとおれが言い出したところ。
『こんなこともあろうかと』などと言いながら……彼がコレを持ち出してきたのだった。
「簡単なことじゃないっすか、先輩がこのあざと可愛いサンタコスに袖を通して、カメラの前でこれまたあざと可愛いく『ハッピークリスマス』のご挨拶するだけっす。クリスマスはお試しなんで尺だってそんな要りませんよ、たった数分っす」
「で、でも…………でも、おれだよ!?」
「何度でも言いますけど、先輩は今現在誰がどう見てもクッッソ可愛いロリエルフですんで、どんなあざとい言動とっても許されるんすよ。何も違和感無いっす」
「グオオオオ……」
知っての通り……当初このユアキャス計画は、3Dアバターを用いての完全バーチャルな演出を予定していた。というかそれが普通の手法であり、むしろ本来それ以外が有り得ないのである。
なので、演者である俺は自らの姿を晒す必要は無い。モーションと表情だけを読み取らせ、あとは変声ソフトを通した声を当てれば良いだけだったので……ぶっちゃけ、恥ずかしくない。そのはずだった。
そのため少々悪ノリしてしまい……投資者向けの報酬のひとつとして、季節ごとのシチュエーション動画なんかも計画していた。というかそれ目当ての出資者も若干名とはいえ実際にいる。
計画どおりの『演じる』方式であれば、そこまで忌避感も浮かばなかっただろう。だが現実はおれなのだ。
今回のクリスマスミニ動画は、出資者限定公開ではなく全体公開……いわば『お試し』の予定である。日頃のお礼と、ちょっとしたサービス……あとほんの少しだけ有償支援プランの宣伝をすれば良いので、烏森の言うとおりほんの数分である。
しかしながら。
普段どおりの服装で普段どおりに撮れば良いかと、漠然と考えていたおれに……烏森からサンタコスの供出と、正直忘れかけていた『出資者向け動画』の存在を突きつけられ……恥も外聞もなく取り乱しているのが、今のおれの状況だ。
烏森の言うことはいちいち尤もだ。理屈はわかる。わかるが……実際にアレに袖を通すと考えると…………
「恥ずかしくないわけ無いじゃん! やだァー!」
「わがまま言うんじゃありません! クリスマスミニ動画やるって言ったの先輩でしょう! コスプレ動画も遅かれ早かれやらなきゃなんないんすよ!?」
「やだぁぁぁぁぁあ!!」
「やだじゃないんすよ! 諦めて下さい!」
「断固お断りだ! 諦めてたまるか! おれは絶対そんな服着ないからな!」
『ヘィリィ! 親愛なる人間種の皆さん! えっと、えっと…………『メリークリスマス!!』……で、合ってますよね? んふふ』
赤色ベースに白いファーや白のポンポンがあしらわれた可愛らしい衣装に身を包み、若葉色の長い髪を靡かせて少女が微笑む。
クリスマスムードの漂うフリーBGMを流しつつ、同じくクリスマスムードなスタジオ背景を投射し……聖者をイメージさせる格好の演者が、初々しくも堂々と口上を述べる。
『今日お休みだった方。メリークリスマス、です! 今日おしごとだった方は、おしごとお疲れさまです。メリークリスマス!! ……こういう行事だろうと祝日だろうと関係なく働いて下さってる方々のおかげで、この国は回ってます。重ね重ね、お疲れさまです。そして……ありがとうございます』
スカートの裾をちょこんと摘まんで、深くお辞儀。おれ自身の前職がそれこそ祝日だろうと年中行事だろうと関係なかったので、割と本気で労いの感情が浮かんでくる。
世間が浮かれている日にもかかわらず、いつもどおりのお仕事。本当にお疲れさまだ。
『魔法情報局『のわめでぃあ』をいつもお引き立ていただき、ありがとうございます! まだまだ若輩者のわたしと『のわめでぃあ』ですが、少しでも多くの皆さんに楽しんで貰えるコンテンツとなるよう、せいいっぱいがんばります!』
『また……んふふ、どうですか? この格好。かわいいです? 普段のわたしとはまたひと味違って、新鮮でしょう?』
『いつもご支援いただいている、出資者の方々。……こんな感じで、皆さまへお礼の意を込めた特別動画も作成予定です。わたしに着てみてほしい衣装とかあれば、ご注文も…………ある程度は、お受けしますよ?』
『なお、魔法情報局『のわめでぃあ』では、新たな出資者を随時募集しています! 生まれたての吹けば飛ぶような零細放送局をそのままの意味で支えてくれる皆さんは、本当に命の恩人です。ありがとうございます!!』
『それでは……簡単ではありましたが、今日という日の夜に皆さんとお会いできて、わたしは嬉しかったです! 今後とも『のわめでぃあ』をよろしくお願いします! 皆さん、よい夜を!』
これといった演出も特に無く、ただ伝えたいことを身振り手振りを交えて語りかける。
動画としてはシンプルそのもの、大した面白みも無い映像だろうが……可愛らしい衣装を着て愛想を振り撒く若芽ちゃんは、なるほど確かに可愛らしい。
これで反響があるようだったら……それこそおれは、そのときは本気で恥じらいをかなぐり捨てる必要があるのだろう。
「いや先輩、現実を見てください。めっちゃ反響来てるじゃないすか。投稿直後から出資者何人増えました?」
「違うんだ。おれは騙されたんだ。あれは若芽ちゃんであっておれではない。つまりおれはもうコスプレなんかしない」
「重ねて言いますが、現実を見てください。残念ながらあなたは若芽ちゃんです。こんなにも多くの視聴者さんが若芽ちゃんの可愛いサンタコスに『よいね』押してくれたんすよ。これが嬉しくないんすか?」
「嬉しくないわけ無いだろ!! めっちゃ嬉しいよ!!」
「じゃあ素直に喜んでも良いじゃないっすか。そんな不貞腐れんでも……ああほらもう、スカートで胡座かくんじゃありません! 白いの見えちゃうでしょ!!」
「べつに見られて困るもんでもないし。モリアキならべつに良いかなって。ホラホラモリアキ、メリークリスマス」
「…………先輩それ絶対よそでやっちゃダメっすよ?」
放送あるいは撮影そのものが始まれば、この身体の呪いがおおよそ完璧に演じてくれる。……ただその、いわゆるスイッチが入るまでは、ベースとなる人格は完璧におれなわけで。
おれはまだ……そこまで開き直ることが出来ていない。今回だってモリアキの半ば無理矢理ともいえる後押しがあって、ようやく撮影を始めることが出来た。
つまりは……こんなにも出資者が増えたのは、他ならぬ彼のおかげなのだ。
彼の前なら、こうして自然体で居られるのだが……やっぱり若芽ちゃんとは違い、おれは肝心なところで意思が弱い。
「まぁ何にせよ、お礼だお礼。ほれほれどーよ」
「先輩割とマジで目に毒なんで勘弁してください。何度も言いますがストライクなんすよ本当。……いい加減にしないと『そういう写真集』作らせますよ? 夏の陣三日目に申し込みましょうか? 四日目かもしれませんが」
「………………すみませんでした」
「はい。良くできました。……ああもう、チキンとケーキ買ってきてあるんで、ささやかっすけどパーティー始めますか。……せっかくのクリスマスなのに、相手がオレなんかで申し訳ないっすけど」
「全然いいよ。おれはむしろモリアキとクリスマス過ごせて嬉しいぞ。ここ数年『冬の陣』のコピ本ギリッギリまで作ってただろ? 久しぶりに二人で過ごせるな。今夜は寝かさねーぜ?」
「先輩ホントそういうとこっすよ!! マジ勘弁してください!!」
「な……何で!? おれと徹夜まりカーやだ!?」
「まりカーはやりたいっすけど! ……ああもう、先輩本当今度お仕置きっすから。覚悟しといて下さいよ」
「お仕置きって……こわい! ひどいことするつもりでしょう!? 薄い本みたいに!」
「へぇ。よく解ってるじゃないすか」
「…………メリークリスマース」
「はい、メリクリっす。半分は本気っすからね」
「ウッス」
世間を騒がせる悪い魔法使いとか、不気味な種とか謎の声とか。
気になることは多いし、この先どうなるのか分からないけど……こいつと一緒なら、こいつが味方でいてくれるなら、おれは安心して『木乃若芽ちゃん』を続けられる。
そのことを再認識し、普段とはちょっとだけ違う気がした……特別かもしれない冬の夜だった。
当然のように健全な一夜でした。
健全でした(念押し)。