169【披露配信】序列わからせ戦・終
手に汗握る勝負の途中だが……ここで百人一首の『決まり字』について、おれの所見になるが軽く説明しておこう。
まず百人一首はその名の通り、百の短歌によって構成されている。読み上げられる『五七五七七(※例外あり)』の一句を聞きながら、場に散りばめられた下の句『七七(※例外あり)』を探すというのが基本的な流れだ。
このとき読み手は『上の句(五七五)』から『下の句(七七)』へと読み上げていくのに対し、競技者が奪い合う字札には『下の句(七七)』しか記されていない。
つまり……普通に構えている限りでは、上の句を読んでいる間はどの字札が正解なのかは解らないのだ。
……だが、百人一首の読み札は『短歌』である。
短歌における上の句と下の句は当然ワンセットなので、読み上げられた『上の句』に対応する『下の句』を記憶さえしてしまえば、読み上げが『下の句』に達する前に取り札……字札を探し、取ることが出来るのだ。
一般的な骨牌が『取り札の文字を最初から聞くことが出来る仕組み』――例えば『い』の札は『いぬも歩けば棒に当たる』など――であるのに対し、百人一首は『取り札の文字へと続く上の句を聞いて、記憶を頼りに判断しなければならない』という点が大きく異なる。
とはいったものの……こと骨牌遊びに関して言えば、なにも一句丸々記憶する必要は無い。
たとえば、つい先程霧衣ちゃんが弾き飛ばした一枚、そこに記された下の句は『むべ山風を嵐と云ふらむ』。
これには『吹くからに秋の草木のしをるれば』という上の句が存在するのだが……この百人一首の中で『ふ』で始まる短歌は、この一句しか存在しない。
つまりは読み手が『ふ』の一文字を発したその時点で、取るべき下の句は『むべ(略)』だと一発で特定することができる。極論を言うと『ふ』が読まれたら『むへ』を取る、ということだけ覚えておけば良いのだ。
むろん、百句全てが一文字で特定できるわけでは無い。百句もあれば一文字目が被ることも当然あり、ぶっちゃけ最初の五文字が被っている句も幾つかある。
一例を挙げるならば『あさぼらけ あ』と『あさぼらけ う』。前者は『よしののさとに(略)』、後者は『あらはれわたる(略)』がそれぞれ対応する取り札であり、このケースは六文字目が読まれたところで取るべき札が決定することとなる。
なお片方が既に読まれた状況下では、消去法により当然もっと早く特定できるのだが。
長々と述べたが……要するに、だ。
超一流の競技かるた選手の戦いは……ほんの数文字が読まれた時点で、狙いすました一手が飛んでいくのだ。
そして……どうしておれが、こんなゆっくりと講釈垂れることができるのかというと……
『――――こころにも「はいっ!!」
「あぅ」
『――――わがい「はいっ!!」
「ちょっ」
『――――たご「はいっ!!」
「ヒゅっ」
…………全く、手も足も出ないんだこれが。
『めっっっちゃつええ』『ワンサイドすぎる』『勝負あったな……』『かるたってこんな速ぇの』『たじたじのわちゃん』『赤子の手を捻るかのように……』『おしとやかなのにつよつよ』『やばい……キュンキュンくる……』『草も生えませんわ』『ママがんばって……』『これはプロ』『速いのに綺麗なんだよなぁ』『キリエちゃんのファンになります』
コメント欄の空気も、どうやらおれに勝ち目がないことを察してしまっているようだ。
ここまで完膚無きまでにボロッボロにされるとはさすがに思っていなかったが……霧衣ちゃんのファンが増えてくれるのなら、おれも『かませ』に徹した甲斐があるというものだ。
……いや、負け惜しみとかじゃなく。最初から勝てないっていうのはわかってたんですけど。強がりじゃなくてほんとですけど。
ですけど……はい……まさかここまでとは。
「えーっと……結果発表ー…………いる?」
「い、いちおう……形式的に……」
「う、うん……じゃあ…………結果は二十五枚差で、キリちゃんの勝利です!!」
「おめでとう!! チクショウすごい!!」
「ふふっ……ありがとうございました」
対戦相手に向かって、深々と一礼。まるで剣道や柔道みたいな礼儀正しさに、あらためてこれが歴とした『競技』なんだなぁあということを思い知る。
結局おれが取れたのは、自分の目の前でヤマを張っていた六枚のうちの五枚のみ。ぶっちゃけ他はすべて諦めてこの六枚に注力していたのだが……それでも一枚取られる体たらく。
……いやぁ本当まいった。霧衣ちゃんこれほんとプロレベルなのでは。
『圧倒的』『し っ て た』『おめでとう!!』『わかめちゃんが手も足もでなかった』『圧倒的お姉さんですわ……』『わかめちゃんがあかちゃんだった』『のわちゃんはのわめでぃあの中でも最弱……』『きりえおねえちゃん!!!』『和服美少女にひざまくらしてほしい』『局長なのに底辺wwwww』
思っていた以上におれの地位が危ういことになっていたけど、視聴者さんも霧衣ちゃんの落ち着いた色気にめろめろのようだ。……そう、わかっているではないか某よ。霧衣ちゃんは所作がいちいちオトナっぽいんだよな……まだ小さな子ども(※実際の身長差は考慮しないものとする)なのに。
それはそうと……霧衣ちゃんにはコテンパンに負けたけど、おれがいつラニに負けたというんだ。解せぬ。
霧衣ちゃんと事を構えたように、今度はラニちゃんと対決企画を組んでみても楽しいかもしれない。……体格差をうまくごまかせる種目があれば、だけど。
というわけで、霧衣ちゃんのお披露目は成功したと思って差し支えないだろう。
リアルタイム通訳を挟みながらだったので、内容の割には若干押し気味だが……今日はもともと余裕のあるスケジュールだった(のに加え、試合が予想以上にあっさり終わってしまった)ため、そろそろ時間的にもちょうどよさそうだ。
お知らせを挟んで、クロージングへ向かうことにしよう。
「……はいっ! というわけで……新しい仲間を加えてよりにぎやかになった『のわめでぃあ』ですが、なんと! ……お気づきの視聴者さんも居ましたね。……なんと! このたび我々…………拠点をですね! お引っ越しいたしました! いぇーい!」
「いぇーい!」「い……いえー」
配信内容やスタジオのレイアウトが劇的に変わるわけではないので、視聴者さんたちにとっては特に興味もない話題かもしれないが……それでも、おれたちがまだまだ上昇思考であるということは解ってくれると思う。
それに……この『引っ越し』に際して、新しく試みてみたい企画も幾つかあるのだ。
「新しい拠点はですね、ぶっちゃけ『山』なんですよね。なので大声出してもご近所さんに迷惑掛からないのでありがたいんですが……お庭が、ですね。ちょっと手を加えたいなぁって思ってるので」
「お庭って規模じゃないよね、あれ。少なくとも……さっかー? はヨユーで出来る広さはあると思う。……整地すれば」
「そう、整地すれば。……現状は控えめに言って『山』なので、ちょっといろいろがんばってみたいとは思ってまして……そこで! 視聴者さんにお知恵を拝借したいと思います!」
「おぉ。……というと?」
「はいっ。とりあえず……明日、その『山』の写真を何枚かSNSに上げようと思います。……晴れてたら。なので視聴者さんの中で『こういう開拓してみようぜ!』『こんなの作ってみようぜ!』とかいうご提案があれば、その記事へ……できれば参考にできそうな情報とともに、返信を頂けますと幸いです! 鉄腕で疾走しそうな感じのやつですね!」
「規模とか予算とか実現可能かどうか等々考慮した上で、おもしろそうなのがあったら実際に企画として進めていこうとも思ってるので……おもしろそうな良い案をどうかたのむよ! 親愛なる視聴者諸君!」
村づくりや無人島開拓を行う某人気番組ではないが……完成にはほど遠い状態から少しずつ出来上がっていく様子を見るのは、たぶんとってもワクワクすると思う。
おれ自身がものづくり大好き人間だからかもしれないが……同じ趣味をもつ視聴者さんが少なからず居てくれると、おれは信じている。
……まぁ、誰もいなかったらそのときはそのときだ。モリモリ掘ってアリの巣状の地下シェルターでも作ってみよう。
「それでは、そろそろおわかれのお時間です。『NOWA‐IT、NOWA‐IT、こちらはインターネット放送局『のわめでぃあ』です。以上で今回の放送を終了いたします』、っと。お相手はわたし木乃若芽と」
「アシスタント妖精シラタニと」
「ひゅっ、し、しんじんれぽーた、の……きりえでした!」
「それでは……ヴィーャ!」




