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156【突発撮影】新人歓迎撮影



 突然だが……この浪越市なみこしにおいては、飲食店の中でも『喫茶店』の地位がけっこう高い。


 まずなによりも浪越市内……というかこの県内、喫茶店そのものの総数が非常に多い。全国チェーンや個人経営の店舗を全て引っくるめると、その数は八千に届かんばかり。

 総数だけで言えば東京や大阪に後塵を拝するが……その独特に発達した文化と相俟って、一種の『名物』の域にまで昇華されている。


 その身近さでいえば、ここのような大規模ショッピングモールであればほぼ間違いなく入っているし……なんならMの字マークのファストフード店よりも出店率は高いかもしれない。



 そんな喫茶店の中でも、トップクラスの人気を誇るチェーン店『むぎた珈琲』。おれは何を隠そうここのタマゴサンドが大好物なので、見るもの全てが初めてな霧衣きりえちゃんにぜひとも体験して貰いたい……と思ったわけだ。

 ……実はもうひとつ理由があったりもするのだが、それはこれから説明させていただこう。フフフのフ。





「撮影許可出たよ! オッケーだって! よかったね霧衣きりえちゃん!!」


「あわわわうわうわうわう!?」


(ははは……まぁ気楽にね)




 めでたく我らが『のわめでぃあ』に参画することになった霧衣きりえちゃんだが……その()()をわかりやすく羅列すると『和装』『白髪』『いぬみみ』『箱入り娘』といったところであろう。なお『美少女』なのは当然なのでカウントに入れないものとする。

 おれとラニは持ち合わせていない、彼女ならではの強力な()()……せっかくなら、その魅力が余すところなく伝わるようプロデュースしたくなるのが、動画配信者というものであろう(※そうとは限りません)。


 というわけで、おれたちは密かに練っていた計画を急遽実行に移すことに。

 ランチタイムを既に過ぎ、客足が和らいでいたこともあったのだろう。気になっていたお店の許可も、幸いなことにあっさりと得ることが出来た。



 というわけで、いよいよ撮影開始である。

 のわめでぃあがお送りする新作シリーズ(予定)……題して『箱入りお嬢さま初体験』シリーズだ。

 ……決してやましい意味は無い。絶対に疑う余地無く全年齢だ。きわめて健全、あたりまえだね。いいね?




「ヘィリィ! 親愛なる人間種のみなさま! 魔法情報局『のわめでぃあ』局長兼レポーターの『木乃若芽きのわかめ』とー?」


「し、ッ! しんじんれぽーたー、の……きりえ、ですっ!」


「はい! よくできました。……というわけでですね! 本日はこちらのキリちゃんにわたしの『推し』を体験してもらおうと……こちら! 『むぎた珈琲』さんにやって来ました! ワーイ!」


「ひゃわあああ……!?」



 実際のところは、まだ視聴者さんにお披露目していない霧衣きりえちゃん。近々生配信にて紹介するつもりではいるが……撮影する分には全く問題ない。

 どうせ編集に時間かかるしね。あくまで公開タイミングをお披露目配信後にすればいいだけだ。



 というわけで、きわめて健全なこの『初体験』シリーズ……やることは至って単純だ。

 世間知らずな箱入り娘である霧衣きりえちゃんにいろんな経験をしてもらい、解説を入れながらそのリアクションを愛でさせてもらうという……よく外国人留学生の子たちをレポーターにして行っている企画の、亜種といえるだろう。


 このご時世、おれたちにとっては当然のように扱っている、周囲にありふれている様々な事柄。それらに全く触れずに生きてきた子、ましてや動画撮影・公開に寛容な子(しかも美少女)なんて、世界中見てみても稀少だろう。

 安定した人気を誇るこの分野に、競合が存在しない独自の強みで切り込んでいく。伸びる見込みは充分だ。



 ……というわけで、撮影のほうに戻ってみよう。



「キリちゃん、サンドイッチって食べたことある? こう……手でつかんで食べるお料理なんだけど」


「手で、つかんで……握飯にぎりめしのようなものでございますか?」


「方向としては間違ってないね。ごはんじゃなくて、食パンではさんであるの。キリちゃん食パン食べたことあるよね?」


「あ、あの白くてふわふわの『しょくぱん』にございますか!?」


「そうそう。こないだのトーストとはぜんぜん違うから、楽しみにしててね。……それポチっと。ぴんぽーん」




 店員さんのご厚意により、いちおういちばん奥まったボックス席へと通してもらったが……他にお客さんが全く居ないわけではないので、当然のように視線を感じる。

 霧衣きりえちゃんが可愛いので仕方がないとは思うのだが……この子の印象を悪化させないためにも、なるべく周囲に迷惑を掛けないようにしなければ。

 全く声を漏らさない……というのはさすがに無理なので、せめて大声を出さないように心がける。



「えっと……タマゴサンドと、からチキと、むぎたグラタンと、特製ピザ。……あとバニラシェイクと、バナナミルクで。おねがいします」


(けっこう行ったね。……大丈夫?)


(…………一品二品じゃ画面映えしないから、しかたないかなって)


(まぁ……確かに。ロッキー君も五品六品並べてたもんね)


(食べきれなかったら……持ち帰りパックもらおうと思ってる。てか多分そうなる)


(まぁ、そのときは持つから任せて。心配しないでっておいで)


(ありがとラニ。こころづよい)




 後々手間はかかるものの……生配信とは異なり編集である程度の無茶が利くので、おれにとって動画の撮影は比較的気が楽だったりする。

 しかし同席の霧衣きりえちゃんにとっては、当然そういうわけにはいかない。彼女は『むぎた珈琲』はおろか、こうしてカメラに向かうことさえ(お遊びで撮った練習を除けば)初めての経験なのだ。

 借りてきた猫のようにカッチコチな彼女の緊張をほぐせるように、上司であり局長であるおれが気を回す必要がある。


 注文した品が届くまでの間、わずかとはいえ無駄にするには勿体無い。撮った映像の尺を削ることはできるが、存在しない映像を後から錬成することはできないのだ。

 霧衣きりえちゃんの魅力的な映像を少しでも多く押さえ、また彼女を少しでもリラックスさせられるよう……運ばれてくるドリンクを視界に捉えながら、おれはいっそうの気合いを入れ直した。




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[一言] まさか大盛りが並盛りのあの※ダですか!?
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