148【収録完了】やさしい子
「この度は大変ご迷惑をお掛けしました」
「ふふっ。……もう良いの? ノワ」
「うん、大丈夫。……霧衣ちゃんも……ごめん」
『くぅん』
霧衣ちゃん(わんこ)に抱きついたまま、しばらくの間ひんひんとしゃくり上げていたおれだったが……交感神経だか副交感神経だかの落ち着かせるほうが働いてくれたのか、感情の昂りはすぐに鳴りを潜め、あとには単純な気恥ずかしさのみが残った。
いや、だって恥ずかしいに決まっている。なにせ三十代男性が十代女子に抱きついて泣きじゃくってたんだぞ。いやまじでやべーぞこれ、事案だ事案。
うう……もうだめ、恥ずかしすぎて死んじゃう。恥ずか死ぬ。どうしてこんなことに。
……そう、どうして。霧衣ちゃんはいったいどうして、いきなりこんな魅惑的な体型になってしまったのだろうか。
「多分、だけどさ」
「……うん?」
「…………聞こえてたんじゃないかな。ボクたちの会話」
「えっ!?」
聞こえていた。聞かれていた。……そうだ、そりゃそうだ。嗅覚を始めいろんな感覚が鋭敏な霧衣ちゃんのことだ、聴覚だってその例に漏れないのだろう。
お風呂場でのおれたちのやりとりが聞こえていたとして……それが原因で思うところがあって【変化】の類を行使したのだ、と考えるのが妥当だろう。
つまりは。
「イッヌと戯れたいっていうおれの願望が駄々漏れしていたから」
「キリちゃんもボクみたいにノワにあちこち撫で回して欲しくて」
「「…………えっ?」」
『…………わ、わうっ』
(待て! そっちか!? そっちなのか!?)
……いや、しかしどっちもあり得る…………あり得るか?
でも、まぁ……実際のところは、なんだかんだでおれのために気を遣ってくれたんだろう。……実際にお世話になってしまったわけだし。
なんてこった。清純で素直でとても良い子で、そのうえ包容力もあるだなんて……完璧な女の子じゃないか。……おれよりも年下だというのに。
……頭では、理解しているつもりだ。
おれだって三十年あまりを生きてきた、一般的に『大人』に分類される人間だ。まぁ今はただの人間じゃなくてエルフだけど、そこは置いといて。
いい大人が年端もいかぬ少女を、そのままの意味で犬扱いするなんて。普通に考えれば色々と『宜しくない』のだということくらい、理解しているつもりだ。
宜しくないのだろうが……あの抱き心地(※決して卑猥な意味ではない)と安心感を味わってしまった後となっては、あの誘惑を跳ね退けることなどもはや不可能だ。
それは……良くない。
ちゃんとした一人の少女である彼女を、愛玩動物として扱うなんて。……そんなのは、良くない。
「…………きりえ、ちゃん。あのね?」
『くぅん?』
「グゥ、ッ。…………あの、それ……ね? ……おれ、我慢できなくなっちゃうから…………きりえちゃんに、悪……っとぉ!?」
『くぅーん……』
一歩引こうとするおれを『逃がすか』とばかりに、その暖かな身体を積極的に絡めてくる霧衣ちゃん(わんこ)。
その暖かさと、彼女の頑なな意思を肌身に感じてしまっては……おれはもう、抗うことなど出来なかった。
そういえば……彼女はことあるごとに『役に立ちたい』って言ってたっけ。
「どうやら……キリちゃんのほうが一枚上手だったみたいだね?」
「ラニほんと慣用句とかどんどん覚えてくよね……すごいね」
「フフ。話逸らそうっても無駄だよ。……せっかくだし、一緒に寝よ?」
「エッ!? ちょ、だ、だって……霧衣ちゃん、女の子」
「ノワも女の子だから大丈夫だよ。……どう? キリちゃん。ノワと一緒に寝てくれる?」
『わふっ!』
「ほら、いいって。何も難しく考えること無いって。……そうだね……この子は狗耳和服美少女キリエちゃんじゃなくて、わんこの『シロ』ちゃん! ……ってことで」
「……わんこの……シロ、ちゃん…………アッ」
半ば無理矢理のこじつけのようにも感じられるラニの提言を受け、それを受け入れるべきか否か熟考の沼に沈もうとしていたおれの胸元に……だめ押しのように頭を擦り付けてくる、真っ白なわんこ。
ラニの提案に全く異議を唱えようとしない当事者……彼女による身体を張った猛アピールにより、おれの葛藤はほんの一瞬で片付けられてしまった。
「…………シロ、ちゃん」
『わふっ』
「……ふふっ。…………っ、……一緒に…………寝る?」
『わふっ! くぅーん』
「んふっ。………………ありがとね。二人とも」
放送局の運営に、心強い仲間が加わ(る言質を取)った日の夜。
まだまだ肌寒い季節柄ではあるが……おれは身も心も暖かな幸福に包まれ、とてもとても安らかな一夜を過ごすことができた。
……翌朝。
熟睡に伴う気の緩みで【変化】の術が解かれたらしいシロちゃん――改め、狗耳和服美少女霧衣ちゃん――のあどけない寝顔を、おれは起き抜けに至近距離で目の当たりにしてしまい平静を欠くことになったのだが……
またすぐ【変化】した『シロちゃん』にすり寄られて呆気なく陥落するあたり、我ながら本当チョロいなって思ったよ。
い……いや、ちがうし。
おれべつにチョロくなんかないし。




