136【非常呼集】新たなる危機と器機
ショートメッセージじゃない、珍しく音声着信での連絡。……恐らくはよほど差し迫った用件なのか、文章で残すことが憚られることなのか。
まぁおそらく前者だろうとアタリをつけていたのだが、残念なことにその通りだった。
いわく……例の『苗』によるものと思われる魔力反応を、試作段階の探知機が捉えたのだという。
「『苗』探知機……完成していたの!」
「まだ試作段階って言ってるでしょ。話聞きなさいよノワ」
「いやでもだって! 言うとこでしょこれ!」
親子丼を半分くらいたいらげたところでの、火急の用件……おれは後ろ髪を盛大に引かれながらもモリアキに事情説明して一言詫び、ラニと霧衣ちゃんを引き連れお店を飛び出し、滝音谷温泉街から鶴城神宮の社務所控え間まで【門】を開いてもらってひとっ飛び。
霧衣ちゃんはモリアキに預けようかとも思ったんだけど……チカマさんが『役に立てると思うので、連れて行ってあげて下さい』とおっしゃるので、モリアキ一人だけ置いてけぼりとなる形だ。
……あっ。お金払って無ぇわ。やっべモリアキごめん。
「でも実際、うまく動いてくれてるようで良かった。なにせ初めての試みだからね、動く保証も無かったんだ」
「お、おぉ……おれが年末年始ほったらかしてる間に、いろいろ動いてくれてたんだね……ありがと、ラニ。好き」
「ボクもだよノワ! ……いやまあ、実際殆んど手伝って貰ってたんだけどね……鶴城さんトコの清雪さんに」
「清雪様……技術部の統括で居られまする」
「おれ会ったこと無いひとだ……すごいねラニ、めっちゃ社交的」
待機していた神使のお兄さんに軽く挨拶をしてあちら側へと引き入れて貰い、人っけが無くなった鶴城神宮境内をラニに導かれるまま疾走する。
砂利を蹴散らしながら向かった先は、社務所でも本殿でもない別の建物。年末年始のお仕事の際には立ち寄ったことの無い、参道から少し脇道へと入ったところに佇む比較的新しい建物だ。
「こんちゃ清雪さん! 来たよ!」
「おっ、お邪魔します……」
「おぉ……お待ちしておりましたぞ、シラタニ殿。……霧衣も息災のようだな」
「は……はいっ。……あの、このたびは……」
「良い良い。後にせぇ。先ずは……此方へ」
白い髪をオールバックに、口元にはきっちり整えた白いお髭をたくわえ、顔には皺が刻まれているけども立ち姿勢はものすごくしゃんとしている男性。
リョウエイさんやマガラさんとはまた異なる雰囲気の、どちらかというと『おじいちゃん』みの強い印象を感じさせるセイセツさん。
つまりはこちらの方が鶴城神宮の技術部門のお偉いさん、ラニを手伝って『苗』探知機の試作を造り上げてくれたのだろう。
外観の印象とは異なり、意外と鉄筋コンクリートの壁や構造が見受けられる建物内……入り口から比較的近い一室。
その部屋の、ほぼ中央に鎮座するそれ。
その構造だけ見てみれば、極めて単純。
ぱっと見では……水の張られた水盆に、木片がひとつ浮かべられたようにしか見えない。
だが……木片の浮いている水も、また浮いている木片自体も、それぞれが異なる性質の『魔力』を秘めているのがおれには解った。
そして極めつけは、浮かぶ木片の一端。赤と黒の顔料で白木に描かれた図柄――おそらく魔方陣のようなものなのだろう――の上には、小さな欠片状に加工された『苗(だったもの)』が打ち付けられている。
「理屈とか構造とか省いて、簡単に説明するね。この『矢』に仕込まれた『苗』の残骸は、同族のもとへ向かおうとしてる。そういうふうに仕向けた。つまり」
「この『矢』が示す方向に……別の『苗』がある、ってこと?」
「そう。ちょっと見てて。こうやって『矢』の向きを変えようとしても……」
「うわ……明らかに同じほう指してる……『ぐりんっ』て動いた……」
何も感知していない状況であれば、指で弾かれた『矢』は弾かれた勢いのまま水面を漂うだけのはず。
つまりは……羅針盤。
アラームが鳴るわけでも、マップ上に光点を映し出すわけでも無い、アナログきわまりないアイテムではあるが……それでも活動する『苗』の所在を突き止められる、極めて有用な代物だろう。
「ってことは、この『矢』が指す方向だから…………南東? 空港島の方かな……」
「残念ながら距離までは解らない。とりあえず方向と『苗』の覚醒の感知を最優先したからね。ただボクらであれば、上空から探すことも出来るだろ? その方角に飛んでけば」
「最終的には自分の五感が頼りってことね。わかった、行こう」
残念ながらこの『羅針盤』試作型は、その大きさと構造から持ち運ぶことが出来ない。大きいし嵩張るし揺れると水が溢れちゃうので、ここから持ち出すことは難しい。
小型化とか可搬化は今後の改良に期待するとして……今日のところはとりあえず方角を見定めて、ここから飛ぶほかない。
スマホのGPSマップで方角を合わせ……目指す方向の目標物を調べ、そこへ向かって飛ぶようにする。
「えっと、おれたちは行くけど…………霧衣ちゃんは?」
「わっ……わたくしも微力ながら、若芽様のお手伝いをさせて頂きたくございまする!」
「ワカメ様、何卒お頼み申す。……霧衣も神使の系譜ゆえ、足を引っ張ることは無い筈です」
「えーっと…………おっ……おんぶで、良い?」
「はいっ!!」
「おー、やったねノワ」
「……?? ん、わかった。じゃあ、はい。……おいで」
花が咲くような……という表現が似合う可憐な笑みを浮かべ、霧衣ちゃんの身体が小さなおれの身体に密着する。
すぐさまラニの言葉の真意を察しながら、おれは表面上は平静を保ったまま【浮遊】を発現させ、霧衣ちゃんにもその効能が及んだことを確認する。
今までは気にしたこともなかったのだが……おれの魔法【浮遊】はおれがぷかぷか浮かぶだけじゃなく、おれと接触した人物にも効能が及ぶらしい。……考えてみれば袖とか裾とか浮いてたわ。
なので霧衣ちゃんをおんぶしていても、彼女の体重がおれに掛かるわけでもない。さっきの山歩きの帰路で実証済みなので、今回たとえそこそこの遠距離を飛ぶことになっても大丈夫だろうと判断した。
両腕をおれの首もとにぎゅっと回して背中に密着してくる霧衣ちゃんとともに、おれはお行儀悪く窓の縁へと足を掛ける。
「すみませんばたばたで。チカマさんにも御挨拶出来ず」
「いえいえ、お構い無く。私の方から伝えておきましょう。……お気をつけて」
「ありがとうございます、セイセツさん。……いってきます」
「「いってきまーす!!」」
窓の縁を軽く蹴り、以降は【浮遊】の制御に集中する。
自分達に【陽炎】を纏わせて姿を消し、おれはひっそりと……しかしながら急ぎ、南東方向へと飛んだ。
……つつましやかなふたつのふくらみの存在と、密着する柔らかい身体の体温と、おれの顔のすぐ横で吐息を漏らす綺麗なお顔と、さらさらと靡きふわりと香る白銀の髪。
ひとつひとつの要素が充分過ぎる程に過剰火力な狗耳美少女を、おれは五感で全身で感じながら……自分に入念に【鎮静】をこっそりと掛け、表面上を取り繕うことに成功した。
(くくく……役得だねぇ、ノワ。美少女に抱きつかれてどんな気持ち? ねぇねぇ)
(ラニあとで覚えてなさいよ。帰ったら歯ブラシの刑だからね。ちゃんと超極細毛のやつ買ったから安心していいよ)
(ヒェッ……)
しらふだったら……間違いなく耐えられなかったと思う。




