134【近隣探索】優雅な山歩き
今日現在は流れ落ちる水も無く、ただの崖になってしまっている誉滝。
滝壺の水溜まりから始まっている小さな流れが、かろうじて『ここが滝である』ということを物語っていた。
目の前には、目測高さ十五メートルほどのまっすぐな崖。
見上げてよくよく注視してみれば、滝壺の真上のあたりが抉れている。ここから水が流れ落ちていたのだろう。
単純にして明快な作戦は……こうだ。
まずはここから、あの崖の上に登る。いまは水が流れていないけど、そこには誉滝へと続く川があるはずであり……その川の痕跡を辿って遡上していけば、いずれは川の流れが変わってしまった地点へと到達できる……ハズだ。
普通の人間にとってはもちろん、到底想定しがたい行程。……あっちょっと韻踏んだ。
しかしそこは美少女魔法使いエルフである木乃若芽ちゃんと、クールでスマートな大天狗少女メイドであるテグリさんである。この程度の段差は大した障害にはならない。
愉快型美少女妖精であるラニもまぁ、当然のように飛んでいるから良いとして。白髪狗耳和装美少女霧衣ちゃんは……おれが抱っこして一緒に【浮遊】で飛んでけば良いか。
……とか思っていたら、大きく身を屈めてからの跳躍で軽々と登ってしまった。神使の系譜やべぇ。
「石がごろごろで歩きづらいね……霧衣ちゃん気をつけワァー!?」
「若芽様!? だだっ、大丈夫でございまするか!?」
「ねえねえノワ、浮けばよくない? それともトレーニングな感じ?」
「い、いや、だって、トレッキングの風情が…………ハイ、スマセン……」
川底の石は大抵、下流に行けば行くほど角がとれて、小さく丸くなっていく。逆に上流のほうなんかでは、まだまだ大きくゴツゴツしているものが多い。
そんなゴツゴツが敷き詰められた、非常に非情で不安定な歩きづらい枯れ川の底を……先頭を切り開くテグリさんは軽々と、おれのすぐ後ろに続く霧衣ちゃんはピョコピョコと、傍らのラニはふわふわと……そしておれは、おっかなびっくり進んでいる。
自己強化魔法で筋力や持久力はブースト出来ても、どうやらバランス感覚がそれに追い付いていないようだ。平地での体力測定ならまだしも、不整地を突き進むにはまだまだ実力不足らしい。……やはりおれがクソザコナメクジということなのか。うう。
背に腹は代えられぬとおれは歩きを諦め、ラニ同様【浮遊】主体に切り替えて追従していく。……ふがいない。
「……かなり藪が張り出ていますね。……水が枯れ時間が経てば、こうもなりますか」
「テグリさんは……普段から山歩きしてるんですか?」
「……いえ。……家屋と人前以外、地を歩く必要もありませんので。……何故ですか?」
「いやぁ……慣れてるなぁ、って」
ひらひらと靡くエプロンドレスは、枝や草に引っ掛かってほつれたり汚れたりしそうなものなのだが……テグリさんはとても器用に、荒れて枯れた川を進んでいく。
見ればその腰にはいつのまにか、例の嵩張るツールバッグに加えて黒塗りの鞘が足されており……その右手にはやはりというか、刃渡り四十センチほどの山刀が握られている。
テグリさんが右手を閃かせるたびに、行く手を遮っていた枝葉や藪があっさりと切り開かれていく。明らかに刃の届く範囲よりも遠いところまで切断している気もするけど、まあきっとそういうことなんだろう。大天狗だしな。
「……昔取った杵柄、というものでしょうか。施設の保全には無用でしたが、意外と身体が覚えているものです」
「すごいなぁ…………あっ、じゃあさ、もしおれが入居することになったらさ……お庭の整備するとき、手伝ってくれませんか? もちろんお金はお支払しますので……!」
「………………解りました。良いでしょう」
「ヤッター!」
文字通り道を斬り拓いてくれるテグリさんのおかげで、おれたちは非常にゆるゆると登っていくことができた。
周囲を観察しながら、こうして言葉を交わすことができるくらいの余裕っぷり。山の空気は心地よく、お天気もよくて大変気持ちが良い。
そのままふよふよとトレッキング(?)を堪能していたおれたちだったが……ちゃんと肝心の目的も果たすことができた。
誉滝に注ぐ川の『流れが変わった場所』。それは……半分正解、半分不正解、といったところか。
「えーっと…………これは……」
「ぇえ……待って、そうきたか…………場所的にもこいつのせいだよね?」
「……そうですね。……壁を立て溝を掘りコンクリートを打ち、人工的に流れを変えた……といったところでしょうか」
「なんと……壁の終わりが見えませぬ」
それが見下ろせる高台までちょいとひとっ飛びして、四人揃って川の切れ目を改めて見下ろす。
上流から流れていた川は、突如現れたコンクリートの壁に沿って流れを変え……そのままあさっての方向へと導かれ、やがては大穴に飛び込んでいく。
川の流れを寸断したその壁はとても幅が広く……そして、限りなく長い。
その広い天面は黒色で舗装され、更に白のラインが引かれ……その上を多くの自動車がびゅんびゅんと行き交っている。
誉滝の滝壺から遡上すること、およそ三十分。
鬱蒼としていた山林から一転。いきなり視界に飛び込んできたのは……ついさっきおれたちもお世話になった超々巨大な人工物、『第二東越基幹高速』だった。




