121【期間満了】ただいま我が家
年号変わって初めてとなる、お正月の三が日。やっぱり人々はみんな特別感を感じていたのだろうか、初詣に行くひとは全国的に見ても増加傾向だったらしい。
お陰さまで、この鶴城神宮も千客万来。おれは前年の大晦日から始まり一月三日の日没まで……身を粉にして働き続けた、まさに戦場のような数日間だった。
「……では、一足お先に失礼します。……すみません、最後の最後お任せしちゃって」
「いいのいいの大丈夫!! むしろ今まですごく助かったから!! ゆっくり休んでね!! ほんと休んでね!?」
「そうそう本当休んでね! わかめちゃん若いのにスゴいわよねぇー! 英語もペラっペラで!」
「肩たたきありがとうね。スッゴい疲れ取れたし気持ちよかったわぁ……ウチの子にならない?」
「ちょっ……! 抜け駆けはズルいって! うちに! ウチの子に!!」
「あははは……お気持ちだけ頂戴しますね。お褒めいただき、ありがとうございます」
一月三日の……現在は十八時を少し回ったあたりだろうか。
リョウエイさんに延長を頼まれたおれのお勤めは、幸いなことに大きなトラブルもなく、無事に契約期間の満了を迎えることとなった。
この鶴城神宮では、三が日も十八時を回ると参拝者も大幅に減るらしい。なのでおれは他の巫女さんたちよりも一足早く、おいとまを頂戴することとなった。
……ええ、さすがにこの三日間働きづめだったことを、みんな心配してくれたらしいです。
それもそうか、おれ自身は【回復】や【浄化】や【美容】等をこまめに使って、体力を回復したり身体を清めたりお肌をととのえたりしていたのだが……はたから見れば、小休憩を除いてほぼ不眠不休で働くヤバい子だと思われたかもしれない。
……だって、だってしょうがないじゃないか。
せっかく遠方から来てくれたっていうおれの視聴者さんが、ものすごく残念そうにSNSで溢してるのを見てしまったのだ。
せっかくおれなんかの姿を見に、遠路はるばる来てくれたんだから……せっかくなら、その目的は果たさせてあげたい。
その時間おれ達の班には長休みが宛てられてたけど、一方の現場は相変わらずのてんてこ舞だ。ヘルプに入って嫌がられることは無いだろうと、相変わらずおれの周りで見た感じ暇そうにしてるフツノさま(分霊)に提案したところ……まるで妖怪か幽霊を見たかのようななんともいえない表情で、快く承諾してくれた。
幸いなことに、飛び入りでお手伝いさせてもらった別の班の巫女さんたちにも受け入れて貰え(その結果引き抜かれそうになったが)、疲れ知らずの小さな巫女エルフちゃんは昼に夜にと一生懸命に働き続けたのだった。
……加えて。
同僚となった巫女さんが徐々に徐々にげっそりしていくのが見てられなかったので、肩たたきしながら【回復】をこっそりと掛けて回ったら……これがまたたいそう喜ばれた。
さすがに大っぴらに魔法を使うわけにはいかないとはいえ、見て見ぬふりは出来ない。かといって女体を揉みしだく度胸は無かったのだが、でもやっぱり知らんぷりをするのもどうかと思ったので……そのいろんな思いのせめぎ合った末が『肩たたき』という、非常にマイルドな部分に落ち着いたわけだ。
しかし結果としては大成功。僅かとはいえ疲労回復に効果があるおれの肩たたきは、わが班のパフォーマンス向上に一役買っていた……と思う。
そんなこんなで、昼も夜もなくがんばってきたおれだったが……これにておつとめは終了。
おれは眠たそうにしているラニをほっぺつんつんして起こすと、同僚だった巫女さんたちに別れを告げ、休憩の広間を後にした。
長かった三が日も、これで終わり。窓から見える境内は少しずつ少しずつ落ち着きを取り戻し始め、徐々に日常へと切り替わろうとしている。
向かう先はどこなのかわからないけど、フツノさま(分霊)に導かれるままにずんずんと進んでいったところ…………待って。
「待って。フツノさま待って。ここおれ入っていい場所?」
『関係者以外立入禁止、と云う奴よな。鶴城の職員でも立ち入れる者は限られよう』
「それつまり入っちゃダメなやつじゃん!?」
いつのまにか人々の喧騒はどこか遠く……静穏かつ厳粛な雰囲気に満たされた、広々とした板敷の一室へと連れて来られたのだった。
床や壁や天井に用いられた木材は、とても綺麗で色白。まるで新築の木造家屋のような心地よい木の香が漂い、その造作もまた繊細で緻密。
正面には見るからに立派な祭壇が設えられており、蝋燭の炎が揺らぐことなく照らし出す、その先。……その向こう側には、明らかにヒトが立ち入ってはいけなさそうな扉が堂々と鎮座している。
おれのような一般小市民には、どう考えても相応しくない一室。
部屋そのものの気迫に圧倒されること、しばし。
「……申し訳ございません。待たせてしまいましたな」
「遅いぞ知我麻。主賓を待たせて如何する」
「ぅえ!?」
「返す言葉も御座いません。……若芽様、切に御容赦を」
「えっ!? は、はい!!」
おれが入ってきた入り口の扉が開き、そこから二人の人物が姿を現す。
どこか疲労を隠しきれないチカマさんと……どこか緊張を隠しきれない、霧衣ちゃんだ。
「さて。余り時間が無い、手短に済ませよう。……其処な白狗の娘、銘を『白狗里の霧衣』。其方を此処な現つ柱『木乃若芽』へ、その緣を遷すものとする。異存は在りや、否や」
「御座いませぬ。我が身はワカメ殿の御側に」
「佳し。貴殿は如何か、現つ柱よ」
「えっ!? え、えっと……異存ありません!」
いつの間にか姿を消していたフツノさま(分霊)に代わりいつの間にか姿を現していた……伝統的っぽい和の装束を纏った、浮世離れした雰囲気の少年。
この方が恐らく、いや間違いなく、フツノさま……ええと、サビフツノアマガツノミコト、その神なのだろう。
いきなり雰囲気を変えたフツノさまに面食らいつつも、とりあえずおれに向けて何か『是か否か』を問われたことは理解できたので、霧衣ちゃんに倣い『ないです』と答える。
果たして……おれのその返答は、お気に召していただけたらしい。
フツノさまは一気に破顔すると表情と口調を崩し、いつも通りの朗らかな笑い声を上げた。
「善い善い! 満足よ! 此にて貴様は我が縁者! あの覗き魔や眠り仔めの一手先を往けたと云う事よな!」
「布都様、其れはあまりにも……」
「呵々! 解って居るわ。……霧衣めの籍やら何やら、其所に纏めさせて居いた。届け出上は貴様の『養子』と云う事に成って居る。まァ『嫁』でも構わぬのだがな!」
「よ、よめ……っ!?」
「……其と……老婆心からの物言いだがな、貴様自身も籍を如何にかすべきだと思うぞ」
「アッ……それは、ハイ。……どうにかしないと、とは……思ってるんです……けど……」
「ふゥむ…………南の役所窓口にて『民部』に繋ぐと良い。『我に紹介された』と云えば無下には扱うまい。知我麻」
「承知致しました。民部には話を通しておきましょう」
「あ……ありがとう、ございます」
生まれ変わってしまったおれにとって、ひとつの懸念であった戸籍問題。これが解決しないことには、免許証の更新が不可能であり……つまりは、原付に乗れないのだ。
現状の移動手段の大半を電車とモリアキの車に頼っているおれにとって、小回りの効く原付はなにかと便利な存在なのだ。
正直いって『整形です!!』『証明書類これです!!』でゴリ押して免許証の写真撮影をしてもらおうとか、催眠魔法に手を出そうかとかも考えていたのだが……公的な後ろ楯が得られるというのなら、それは非常に心強い。
これについては単純に、非常にありがたい。
ここ数日フツノさま(分霊)には見張られっぱなしで辟易してたとこだったけど……すべてゆるそうではないか。ははは。
「霧衣の教育に関してな、相談事が在れば……ら、ゐん? れゐん? ……あの面妖な硝子板を使い、遠慮無く知我麻を頼ると良い。あ奴は噫気にも出さぬだろうが、孫娘のように可愛がって居ったからな。親身に応えてくれよう」
「ちょ、っ…………コホン。失礼しました」
まじかよ。かわいいかよ。
誰も彼もなんなの。鶴城神宮はかわいいの集まりかよ。
「後は……そうさな。此度の働きの奉仕料、此方の……と云うよりは『中央』めの不手際に起因する諸々の迷惑料、ならびに霧衣めの今後の養育に纏わる手当。……加えて、貴様の披露して居る演目に対する、我個神よりの投資として。…………まァ、幾らか色を付けてある。明日中には貴様の口座に振込ませよう」
「あ、ありがとうございます!」
「他にも幾つか在るが……振込金額も含め、目録に纏めて在る。後程確認するが良い」
「……? えっと、わかりました」
「有無。……では、まァ……此んな処か。重ねてに成るが、此度は大変御苦労であった。……少名の輩もな。我の御相手御苦労。中々に有意義な一時で在ったよ」
『えっ!? えっと……恐縮です?』
「呵々々! ……ではな。我が宮と我が眷属は、何時でも貴様達を歓迎しよう。又来るが良い」
「……はい。ありがとうございました。…………あの……今年も一年、宜しくお願いします」
チカマさんに連れられるように、ひたすらに空気の澄んだ一室を後にするおれたち。
フツノさまには、まるで『しっしっ』と追い払うかのような手振りで退室を促されたおれだったが……おれのエルフアイはごまかせないぞ。袖で隠す寸前まんざらでもなさそうな笑みを滲ませていたのを、おれにはばっちりお見通しなのだ。
妙なところで人間味あふれる神様と別れ、チカマさんに改めてお礼を告げ、またお礼を告げられ。
おれは一般の方々の目がないその場をお借りして白谷さんに【門】を開けてもらい、誰の目に触れることもなく一瞬で帰宅を果たした。
とりあえず、久しぶりの我が家。
執念で客用のお布団を引っ張り出してリビング兼スタジオスペースの一画に広げ、霧衣ちゃん用の今夜の寝床を確保したところで……あっ、もうだめだ。
「らに、ごめ……きりえちゃ、あと……」
「オッケー任せて。……限界だね、言葉がふわふわしてきたよ」
「んうう……ちょ、と……だめかも」
「いいから、もう休んで。キリエちゃんのことはとりあえず任せて」
「わ……わたくしはお気になさらず! ……ゆっくりとお休みください、ワカメ様」
可愛らしい家族の、そんな暖かい言葉を最後に……スイッチの切れたおれはとうとう活動限界を迎え、倒れるようにベッドに突っ伏した。
おれとラニと霧衣ちゃんの、怒濤のような年末年始は……こうしておれのまぶたと共に、無事に幕を閉じたのだった。
フツノさまから贈られた目録に目を通してアゴが外れるほど驚愕したのは……それからしばらく後のことだった。




