116【年末騒動】ツルギの神
どう考えてもヒトの手には余る、およそ五メートルの馬鹿でかい剣を携え、白髪狗耳ロリ可愛巫女シロちゃん……の姿をした『剣神』フツノ……を名乗るモノは、軽々と街灯から飛び降り『魔王』へと踊り掛かった。
小さな手で器用に巨大剣を握り、天頂から振り下ろしての一撃。受けきれないと判断した『魔王』はその身を翻し、すんでのところで逃れる。巨大剣は勢いをそのままに路面のアスファルトを軽々と切り裂き、深々と食い込む。
好機と判断した『魔王』は攻撃を試みるが、自称・剣神フツノは地に突き刺さったハズの巨大剣を容易く引き抜き切り返し、飛来する『棘』を軽々と打ち落とす。
その背後から迫ってた『蔦』には一瞥もくれず……周囲に渦巻いていた魔力を具現化させ、意のままに迸る潮流が呑み込み、押し潰す。
巨大剣を容易く振り回し攻め立て的確に退路を削ぎ、動きを固められた『魔王』へと、大きく迂回してきた潮流を直上から叩きつける。
おれたちへの特効効果を備えた、天敵とも言える『保持者』は呆気なく浪に呑み込まれ……非常に呆気なく大の字に伸されてしまった。マジか。
「っ、ぶ…………不愉快な。一張羅が台無しじゃないか」
「呵ッ々! 水も滴ると云う奴か。一段と男前になったではないか!」
「……成程、自らを『神』だなどと豪語するだけはある」
「我は只事実を述べたのみよ。一方の貴様は名ばかりよな。臣下を持たぬ『王』擬きめ、所詮はこの程度か?」
距離を取り口を開いた『魔王』に、自称・剣神フツノは朗々と答える。巨大剣の柄をトンと肩に担ぎ、余裕綽々と相手を見下してのける。
圧倒的な実力を前に、窮地を逃れたおれもラニも唖然とするほか無い。
神域から出られないハズの鶴城神宮関係者がどうしてここに居るのかとか、そもそもあのシロちゃんの姿をしたモノは何者なのかとか、解らないことはたくさんあるけど……何はともあれ、目の前の超常大決戦に唖然とするしかない。
自称・剣神フツノに煽られた『魔王』はその表情こそ笑みを保っているものの……先程までとは異なり、明らかに焦りが見てとれる。この自称・剣神フツノの実力はそれほどまでに桁違いなのだろう、それはおれの目から見ても明らかだった。
「……先程から自称自称と失礼な小娘よな。覚えの悪い子は長生きせぬぞ。我は正真正銘『剣神』フツノ、『佐比布都天禍尊』と云うて居ろうが」
「ぅひぇ!?」
「龍影や真柄や痣丸は兎も角として……千秋やら清雪やら蓬乾やら、果ては知我麻や望月らまでもが皆、一様に口を揃え褒め称えるのだ。どんな才女かと期待して居れば……」
自しょ…………剣神フツノ……さん、さま、は……おもむろに巨大剣を横薙ぎに一閃、じりじり迫っていた『葉』をひとふりで軽々と薙ぎ払い……何もない空間から短刀を取り出し、手指の動きで『魔王』めがけて放る。……お放りになられる。
投擲された短刀のみで防御結界を軽々と打ち砕かれ、さしもの『魔王』も驚愕を禁じ得ない模様。
……さ、さすがですフツノさま。
「呵ッ々ッ々! 褒めるな褒めるな! 我こそは『剣神』の名を戴く者ぞ!」
「ぐ……冗談ではない!!」
五メートルの巨大剣を振りかぶりながら、左掌には標準サイズの脇差をどこからともなく取り出すフツノ……さま。
更に周囲には両刃の短刀……というよりかは槍の穂先を四つばかり浮かべ、そんな重装備でも足取りは軽やかに『魔王』へと肉薄する。
自らが誇らしげに掲げる『剣神』の名に恥じない、多種多様な刀剣類を用いての飽和攻撃。さっきのおれたちが必死に追い払っていたときとは、殲滅力がまるで桁違いだ。
『魔王』はフツノさまの攻撃を凌ぎきるので精一杯。周囲に控える『魔王』の取り巻き、初っぱなの大浪を逃れて生き残っていた『葉』たちも、鎧袖一触で塵に還されていく。
「未だ未だ! 踊り足りぬわ! 気張れよ龍影!!」
右手に構える巨大な剣、超絶な破壊力をもちながら鈍重(とはいってもおれの基準で言えば充分速い)であるそれを縦横無尽に振りまわし、その間隙を縫うように左手に握られた脇差が振るわれる。
脇差の間合いから外れれば外れたで、今度は意のままに飛翔する槍の穂先が襲いかかる。牽制では収まらない威力の牽制を凌いだ先には、当たれば恐らく即死であろう巨大剣の一撃が襲いかかる。
巨大剣の間合いよりも外に逃れれば、今度は顕現した『宙を迸る浪』が牙を剥く。初手で『葉』の大群やラニを戒める蔦を枯らしたように、あの水は植物にとっては有害なのだろう。それを差し引いたとしても、あれほどの質量の直撃を受けてはひとたまりもない。
駅ビル攻略中におれたちが念頭に置いていた『あまり建造物に被害を出さないように気を付けよう』とかいう、あの葛藤が何だったのかは……うん、あんまり考えないことにしよう。
あたりの路面や壁面はそこかしこが割れ砕け、アスファルトも街灯も信号機も停留所の屋根も、至るところに綺麗な切断面が走っている。リョウエイさんがんばれ。
そんな猛攻に晒されては、さしもの『魔王』とて無傷とは行かなかったのだろう。埃ひとつ無いカーキ色のスーツは見る影もなく、そこかしこに砂埃と赤黒い汚れが滲んでいる。
「ハッ、弱し。…………興醒めだな」
「く……っ、」
やがてフツノさまは吐き捨てるような一言と共に……まるで興味を失ったかのように、巨大剣を含めた刀剣の全てをどこぞへと仕舞ってしまった。
しかし一方の『魔王』は攻勢に転じる余裕も無いらしく……肩で息をするように立ち竦むばかり。
「ハァ……ヨミの遣いめが『大いなる厄』と騒ぎ立て居るからこそ、大切な依代を投じたと云うに。……全くの無駄足だったでは無いか。まるで手応えが無いとは思うたが……只の形代に過ぎぬで在ろう? 貴様」
「えっ!?」
「……まさか、そこまでお見通しとは。全くもって遣りづらい。……自称『神』がこうも容易く現れるとは……何なのだ、この世界は」
「恨むならばこの地に……我が波濤の加護宿りし『浪越』の地に降り立った、貴様の不運を恨むのだな」
「…………忠告、有り難く受け取っておこう。この地の神よ」
「呵々! 此の地は決して渡さぬよ、尻尾を巻いて逃げ帰るが良い。……二度と顔を見せるな、器たらぬ名ばかりの『王』よ」
フツノさまの言葉を受けて憎悪の表情を垣間見せ……山本五郎さんの姿をとった『魔王』メイルスを忠実に再現していた木偶人形は、ぼろぼろと呆気なく崩れ去っていった。
おれに対する欲求を付け込まれた四人の『元・保持者』は、幸い一人の犠牲者も出すこと無くその全てが無力化され……
鶴城神宮のすぐ目の前で繰り広げられた一戦は……この地に根差す神様の介入によって、その幕を閉じたのだった。




