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月下の逢瀬の小夜曲

作者: 名月

 いつもより一際大きく宙に満月が浮かんだ、春の夜のことだった。その輝きに吸い寄せられるように、俺は特段目的もなく、自宅近くの丘の頂上にある公園で言葉もなくただ一人、ベンチに腰掛けて眺めていた。公園に咲く桜が風に煽られ、花びらが月明かりの下で舞い踊る。


「綺麗な満月ね」

「えっ……?」


 唐突に、後ろから声をかけられる。誰も来ないと思っていた俺はひどく驚いた。振り向くとそこには黒いゴシックロリータのドレスを身に纏い、日も出ていないというのに大きな黒い傘を差した小柄な少女が立っていた。


「あら?驚かせてしまったかしら」

「い、いえ……。大丈夫です」

「そう?それは良かったわ。……となり、いいかしら?」

「は、はい、どうぞ……」


 状況がよく掴めないまま、ベンチの真ん中から端に寄り少女のためにスペースを空ける。少女は俺の右隣にちょこんと腰掛けた。顔を俺の方に向け優しく、しかしどこか妖艶に微笑んだ。間近で見る少女の顔はびっくりするほど白く、そして美しく、まるで人形のようだった。


「あなたは、誰かを待っているのかしら?」

「特に予定はないんですけど……なんとなく、家でじっとしていられなくて」

「あら、奇遇ね、私も同じなの。屋敷から外を眺めていたら、綺麗な満月が見えて、ね。外に出て、眺めてみたくなったの」

「そう、なんですか」


 訪れる沈黙。その沈黙のなか隣に座る少女の様子をちらりと盗み見てみると、手に持ったバスケットを睨みつけて、なにやら逡巡している様子。しかしすぐに何か決めたようで小さく頷き、その手に持っていた小さなバスケットの中からクッキーを取り出すと、俺に一つ差し出した。


「よかったら、どうぞ。自作のものだから、味の保証はできないけれど」

「あ、ありがとうございます」


 期待と不安の入り混じった眼差しを向けられながら、一口。それはとても上品な味で、いつもスーパーで安売りされているような物ばかり食べている俺にとっては十分すぎる程美味しいものだった。


「よかった。お口に合ったみたいね」

「はい。美味しいですよ、とても」


 再び訪れる沈黙。でも今度の沈黙はすぐに打ち破られた。


「……私ね、人生で初めて、一人で屋敷の外に出たの」

「初めて?」

「そう。生まれてから今日までの15年間で、ね。だから楽しみでもあったけど、少しだけ不安でもあったの。でもこうして話を聞いてくれる方に会えて良かったわ。ありがとう」


 信じられなかった。自分と同じ年頃まで、生まれてから一度も一人で外出したことがない人なんて、この世界にいるとはとても思えなかった。


「本当に、一度も?」

「ええ。……私ね、ずっと体が弱かったの。いえ、今も決して良くはないのだけれど。だから、小学校にも中学校にも、ほとんど行ったことはなかったし、外出といえば病院に行くことだったわ」

「それなのに、どうしてこんな夜中に外に出ようと思ったんですか?」

「さっきも言ったでしょう?綺麗な満月を、外で見てみたいと思ったからよ。幸いここなら屋敷からも近いし、日が出ている間と違って、体に負担もかからないし。私、日の光をあまり浴びることができない体質なの」


 この辺りはけっこうな高級住宅地だ。おそらく彼女はそのどこかに住んでいるのだろう。月明かりに、彼女の顔が優しく照らされる。確かにその肌色はお世辞にも健康的とは言い難い程白く、彼女の言葉が真実だと物語っていた。


「家族の人には、外出することは言ってないんですか?」

「ええ、言ってないわ。言ったとしても、間違いなく反対されてしまうでしょうしね。それに、もうみんな自室に戻ってしまっているから。ばれることはないわよ」


 クスクスと楽しそうに笑う。いや、間違いなく楽しいんだろう。話す言葉からこの状況を心底楽しんでいることがひしひしと伝わってきていたのが何よりの証拠だ。


「ふふっ、少し話過ぎてしまったかしら。……ねえ、こんどはあなたの事、教えてくださる?せっかくこうして出会えたんですもの。お友達になってくれると嬉しいわ」


 それまでの妖艶さを感じる笑みから一転し、年相応かむしろ少し子供っぽい無邪気な笑みを浮かべてこちらに顔を寄せてきた。整った人形のような顔が眼前に迫る。少しでも動けば顔同士がぶつかってしまいそうな程の距離。端から見ればまるで映画のキスシーンのように見えるのだろう。それを自覚し、バクバクと暴れだす心臓の鼓動を必死になだめてから、とりあえず俺は彼女の提案通り自己紹介をすることにした。


「えっと……。俺は藤崎 誠人(ふじさき まこと)、です。この近くの高校に今年入学したばっかりで……、えっと、何か聞きたいこととかって、ありますか?その、あんまりこういうの慣れてなくって……」

「なんでもいいわよ。私だって、自分と同じ年頃の男の方と話すなんて初めてだもの、お互い様よ。でも、そうね、聞きたいことがあるとするなら……」

「するなら?」

「学校の事、かしら。私の経験したことのない場所だもの、とても興味があるわ」

「学校のこと、ですか……。分かりました。あんまり面白くないかもしれませんけど、それでもいいなら」


 それから、俺は今までの学校生活のエピソードを思い出せる限り話した。勉強の事、学校行事の事、クラスメイトとの馬鹿なやり取り……どれも彼女にとっては新鮮な出来事のようで、コロコロと表情を変えて俺の拙い話を聞いてくれた。


 *


 楽しい時間はあっという間に過ぎるというのは本当のようで、気づけば東の空が少しずつ白んできていた。もうじき日の出の時間だ。


「ごめんなさい。そろそろ屋敷に戻らないと。お父様が起きだしてしまうから」

「そっか。もうそんな時間か……」


 彼女の物寂しそうな表情をみて、ふと思いだす。彼女は体が弱く、普段は一人での外出すら許されないと言っていた。つまり……


「もう、会えないんですかね……」

「そうね……あまり頻繁に屋敷を抜け出していたら、さすがに気づかれてしまうから。でも、せっかくお友達になれたんですもの。これっきり、なんて寂しすぎるわ」


 そういって彼女は右手の小指を立ててこちらに差し出してきた。そして、俺の話を聞いていた時の無邪気な笑みのまま言葉を続ける。


「だから、約束。次の満月の夜、またここで逢いましょう?その時には、新しいお話を聞かせてくれると嬉しいわ。私も、何かお話とお菓子を用意いたしますわ」


 断ろうなんて気持ちは、微塵も起こらなかった。俺は彼女の差し出した小指に、自分の右手の小指を絡める。初めて触れた彼女の手は、血が通っているのか疑いたくなる程冷たかった。


「うん、約束する。次の満月の夜、だね」

「……嬉しい。今から次が楽しみだわ」


 彼女の顔はほんのりと朱に染まっていて、その嬉しいという言葉に嘘偽りがないことが伝わってきた。そんな様子に、俺まで嬉しくなってくる。


「そういえばさ」


 俺は彼女から大事な事を聞いていなかった事を思い出した。


「なんでしょう、誠人さん?」

「いや、あなたの名前を聞いてなかったな、と思って」

「あら、そういえば、そうでしたわね」


 彼女はベンチから立ち上がり傘を広げると俺の正面に立って深くお辞儀をした。


「申し遅れました。私、月之宮 久遠(つきのみや くおん)と申します。今後とも、よろしくお願いいたしますね、誠人さん」

「こちらこそ、よろしく。月之宮さん」

「久遠、でいいですよ。私もあなたのことを誠人さん、と呼んでいますし。……そろそろ行かないと。それではまた。お待ちしておりますね」


 こうして、俺と久遠さんの不思議な満月の夜だけの関係は始まった。


 *


「こんばんは、誠人さん。あら、それは……?」

「これですか?ああ、せっかく久遠さんがお菓子を用意してくれるんだったら、紅茶と一緒に食べれたらいいかな、って思って持ってきました。それに、どのみち飲み物なしで朝まで話す、ってのも無理な話ですし」

「それはいいですわね。私、そこまで思い当たりませんでした。ありがとうございます」


 *


「そういえば久遠さんって、スマホとかもってないんですか?」

「はい。家から一人で出ることはないので必要ないだろう、ということで、持たされてないのです。すみません、持っていれば家にいても誠人さんとお話しできるのに……」

「いえ、仕方ないですよ。普段話せない分、満月の夜は思いっきりいろんな事話しましょう」

「ふふ、そうですね。私も、お話したいことが沢山ありますの!聞いてくださりますか?」

「はい、もちろんです」


 *


「久遠さん、すみません、遅くなってしまって……」

「いえ、私も今しがた来たばかりですから。……あら、誠人さん、ひょっとして、なにかありましたか?いつもより、浮かない顔をしていらっしゃるような気がいたします。……私でよろしければ、お話していただけませんか?力になれるかはわかりませんが、話をするだけでも心は軽くなると思いますよ?」

「すみません……顔に出ていましたか。……実は、学校の友人と少し喧嘩してしまって……」


 *


「……すぅ…。っ、あら?……すみません、ひょっとして私……」

「ええ、それはぐっすりと眠ってましたよ。大体1時間くらいでしょうか」

「すっ、すみません!私ったらそんなにも長い間、誠人さんの肩を枕にして……。その……、重くは、ありませんでしたか……?」

「ぜんぜん。むしろほとんど何も感じないくらいでしたよ。疲れているんでしたら、また寝てもいいんですよ?無理はよくないですから」

「い、いえっ!ねっ、眠くは、ありません。もう、眠気は吹き飛びましたから!」

「……??」


 *


 季節の流れは思っていたよりもずっと早く流れていて、気づけばあっという間に今年最後の満月の日となっていた。


「久遠さん、遅いな……」


 時間は大体夜の9時。日が落ちる時間が遅い夏の頃でも8時にはここに来ていた事を思うと、ひょっとして今日は来ないんじゃないか、という気になってくる。


「すみません、遅くなってしまって……。寒かったでしょう?」


 しかしその心配は杞憂だったようで、久遠さんが公園の入り口からこちらに早足でやってきた。


「いえ、大丈夫ですよ。珍しいですね、久遠さんがこんなに遅くに来る、なん、て……?」


 近くにきた久遠さんの顔を見て俺は驚愕した。彼女は目を真っ赤に泣きはらしていたのだ。


「久遠さん、その顔、どうしたんですか……?!」

「さすがに、誠人さんなら気づいてしまいますよね……」


 そう言ってから久遠さんは何度か深呼吸をして息を整えると、目に涙を浮かべながらことの次第を話し始めた。


「私、もうすぐ引っ越すことになったの」

「引っ越す……?」

「そう。年が明けたらすぐに」


 完全に予想外だった。なんの根拠もなく、久遠さんといつまでも一緒にここから満月を見ることができると思っていた。そのくらい、この満月の夜の逢瀬は俺にとって当たり前のことになっていた。


「どうして、そんな、急に……」

「前にも話したけれど、私、昔から体が弱いの。激しい運動はできないし、あまり長時間日の光を浴びることもできない。実際、今でもひと月の半分くらいはほとんど寝たままの生活なの。そんな私のために、お父様はずっと前から私のことを診てくださるお医者様を探してくださっていたの」

「じゃあ、つまり……」

「ええ、見つかったそうなの、私のことを診てくださるお医者様が。でも、そのお医者様はかなり遠くに病院を構えているそうなの」

「それで、近くに引っ越す、ってこと?」

「ええ。……ごめんなさい。私もついさっきお父様に聞かされたばかりなの。……その時、もう誠人さんに会えなくなる、って思ってしまって、つい、お父様に“行きたくない”なんて言って飛び出してきてしまったの」

「えっ……」


 驚いた。久遠さんはご両親のことをとても尊敬している人だ。これまで何度もそういった話を聞かされている俺には、久遠さんが父親にそんなことを言うことが信じられなかった。


「私も自分でびっくりしてしまいました。……でも、それぐらい、あなたと会えなくなるなんて、いやなんです」


 涙ぐんだ瞳で上目遣いにこちらを見つめながら、それでも彼女は言葉を続ける。


「あなたのことが、好きですから。お友達としてだけではなく、一人の殿方として、あなたのことをずっとお慕いしておりました」


 びっくりするほど直球な告白。あまりに唐突で予想外な台詞に、俺は返す言葉もなく沈黙することしかできなかった。


(まさか、彼女の方から、なんて……)


 久遠さんは沈黙に耐え兼ねたように、無理に笑顔を作って取り繕おうと言葉を続ける。


「こういったことは女の口から言うものではない、とずっと教わってきました。でも、もう二度とあなたに会えないというのなら、せめて、せめて気持ちでだけでも伝えてから去らなければ、私は永遠に後悔してしまいます。……ごめんなさい、誠人さん。いきなりこんなことを言われても、困ってしまいますよね……」


 それまで涙をこらえていた久遠さんだったが、言い切らない内にとうとう泣き始めてしまった。悲しい顔をしながら子供のように泣きじゃくり、「ごめんなさい」とひたすらに頭を下げ続けている。


 —彼女はどうも、俺が返答に困っている理由を勘違いしているようだ。


「久遠さん!」


 泣きじゃくっている久遠さんに届くよう、いつもより大きな声で呼びかける。


「誠人さん……?」

「そんなに悲しそうな顔、しないでください。久遠さんの言葉、嬉しかったんですから」

「え……」

「本当は、いつかタイミングを見て言おうと思ってたんですけど……。先を越されてしまったのなら、言わないわけにいかないですね」

「……誠人、さん……?」


 いつか言おうと思って先延ばしにしていた言葉。でもそのいつか、がもう今しかないというなら、俺だってここで言わないと、永遠に後悔してしまう。


「好きです。久遠さん。友達としてだけじゃなく、一人の女性として、あなたのことが好きです」


 久遠さんの台詞とそっくりになってしまったけど、何とか言葉にできた。気の利いた言葉でも、ロマンティックなシチュエーションでもない。でも、これが今の俺の精一杯。


「本当、ですか……?」

「俺は、冗談で人に告白するような奴じゃ、ないつもりですよ」

「……誠人、さん……」


 俺の名前を呟いた次の瞬間、久遠さんは勢いよく俺に抱きついてきた。


「えっ、ちょっと、久遠さん!?」


 俺の驚きと戸惑いの混じった言葉は久遠さんには届いていなかった。久遠さんは今まで以上にわんわん泣いていた。きっと彼女の中の色んな気持ちが爆発しているんだろう。


「大丈夫ですよ。久遠さん。ずっとこうしてますから」


 優しく彼女の背中を撫でる。その嗚咽が聞こえなくなるまで。


 *


「すみませんでした、誠人さん。もう、大丈夫です、落ち着いてきました」

「本当ですか?まだこのままでも大丈夫ですよ?」

「い、いえっ。だ、大丈夫ですっ」


 そういって俺との抱擁を解いた久遠さんの顔は、真っ赤だった。落ち着いてきたことで恥ずかしさが勝ったようだ。少し名残惜しさを感じるけど、実際いつまでもこのままでいる訳にもいかない。


「久遠さん。少し、俺の話を聞いてもらっても、いいですか?」

「誠人さん……?はい、構いませんよ。……もう、これが最後なんですから」

「最後にしない為の話です」

「え……?」


 久遠さんをなだめながら考えていた。久遠さんとこれからも一緒にいる方法。もちろん彼女が引っ越すのは確定事項だ。これは変えられないし、久遠さんの身体のことを考えても止めることなんてできない。


「もちろん、こうやって今までみたいに満月の夜に会うことはできなくなると思います。でも、手紙のやり取りとか、電話したりメールしたり、離れていてもできることはあります」

「でも、私は携帯電話も持ってないし、手紙だって、お父様たちに気づかれてしまうかもしれない……」

「俺も最初はそう思ってました。だからこれまでも、手紙のやり取りとかしてなかったわけですし」


 俺と久遠さんがこうして満月の夜に会っていることは、彼女の両親は知らない。知られればこんな夜中に外に出歩くなんて許されるわけがないから、ずっと隠していた。でも、それもここまでだ。それが理由で久遠さんと二度と会えないなんて、俺は嫌だ。


「久遠さん。今から久遠さんのお父さんに、会わせてもらえませんか?」

「……え?ええええええ!?」

「はは、まあ、驚きますよね」

「お、お父様に!?」

「はい。これしかないと思いました。久遠さんのお父さんにこれまでの事、全部話してしまいましょう。まあ怒られるとは思いますけど、俺は覚悟できてます。そして、久遠さんとの交際を、認めてもらいます。……もちろん、久遠さんがそれでいいなら、ですけど」

「本気、ですか?」

「当たり前です。冗談でこんなこと言えませんよ。……それに、ずっと黙ってたんですけど、実は……」

「実は?」


 俺は公園の入り口あたりに向かって一度お辞儀をする。そこには一人の男性が立っていた。年齢は大体五十代くらいだろうか。ブランドものであろうスーツを着て、上品な雰囲気を漂わせている。俺の動作で久遠さんもそこに誰かいることに気づいたようで、入り口の方に振り返る。


「お、お父様……!」

「実はさっきから、いらしていました。こちらに近づいては来ませんでしたけど」


 久遠さんを抱きしめてなだめている時から、実はずっといたのだ。久遠さんからは見えなかったようだけど、俺とはばっちり目が合った。その時にこちらに向かって深くお辞儀をしてくれた時点で、あの男性が久遠さんのお父さんだと気づいていた。


「どうします?これまでの事、全部話してしまいますか?誤魔化すことも、できなくはないと思いますけど」

「いえ、誠人さんの言うとおりにしましょう。私だって、誠人さんともう会えなくなるなんて、いやですから」

「分かりました。じゃあ、行きましょうか」

「……はい!」


 二人並んで、久遠さんのお父さんのもとに歩く。きっと大丈夫。そう信じて。


 *


「そうでしたか。今日で春休みも終わりなんですか」

「そうなんだよ。今まで以上にあっという間だったかな。久々に久遠さんにも会えたし」


 年も明けてから三か月以上が経った。短い春休みも終わり、ついに明日からは高校二年生となる。そんな日の夕方、俺はもはや最近の日課となりつつある久遠さんとの電話をしていた。


 あの後、久遠さんのお父さんにこれまでの事をすべて正直に話した。俺も久遠さんもかなり怒られることを覚悟していたけど、結果はあっけないものだった。なんと久遠さんのお父さんは、とっくの昔に俺たちが満月の夜に会っていることを知っていたのだった。もちろん全く怒られなかったわけじゃないけれど、それも軽く注意をする程度のものだった。最終的には俺たちの交際は無事認められ、久遠さんは俺とやり取りができるようにとスマホも買ってもらった。春休みの初めには久遠さんの引越先にも遊びに行った。


「そういえば、誠人さん。今日は満月ですね」

「ああ、そういえばそうだっけ」


 最近は満月に関係なくほぼ毎日久遠さんと話ができていることもあって、前ほどは月の満ち欠けを意識しなくなっていた。あの公園で満月を見たのも、久遠さんに告白をしたあの年末の夜が最後だ。


「今宵は天気もいいようですので、あの公園からも綺麗に見えるでしょうね」


 ……久しぶりに、見に行ってみようかな。


 *


 その日の夜。久々にあの公園へと赴いてみた。久遠さんと初めて出会ったあの夜のように、月明かりの下、桜の花びらが舞っている。


「もう、遅いですよ。誠人さん」


 桜の木の方から、不意に声をかけられる。聞き慣れた、でも決して今聞こえるはずのない声。慌てて視線を声のする方へ向ける。


「ドッキリ大成功、ですね。お久しぶり……というほどではないですね。ともかく、こんばんは、誠人さん。今宵も、月が綺麗ですね」


 声の主は、やはり間違いなくあの久遠さんだった。いたずらっぽい笑顔からは、してやったり、という彼女の心の内がありありと伝わってきた。


「えっと……、どうして、ここに?」

「ようやくお医者様からのお許しが出ましたので、戻ってきたのです。今後は二週間に一回の通院で大丈夫、とのことでしたので、それならば、と」


 初耳だ。ここ最近毎日電話してるのに、そんなことは一切言っていなかった。


「……いつ頃から決まってたの?」

「先日誠人さんが遊びにいらした時には、もう」

「……言ってくれればいいのに」

「ごめんなさい。こうやって誠人さんに驚いてもらおうと思って、あえて黙っていたんです。……怒りましたか?」

「はは、まさか。驚いたけど、怒ったりはしないよ」

「ふう……。良かったです。……実は、もう一つご報告があるのですけれど、聞いてくださいますか?」

「もちろん」


 久遠さんは俺の返答を聞くや否や、おもむろに着ていた黒のロングコートのボタンをはずし始めた。戸惑う俺の前でコートを脱ぎ終わった久遠さんは、なぜかうちの高校の女子生徒の制服姿だった。


「このとおり、明日から誠人さんと同じ学校に通うことになりました。クラスも同じだと聞いております。これからは、クラスメイトとしてもよろしくお願いいたしますね、誠人さん」


 久遠さんは初めて名前を教えてくれたあの時のように、丁寧にお辞儀をした。そしてゆっくりと顔を上げた彼女の表情は、間違いなくこれまでで一番とびきりの笑顔だった。


お読みいただきありがとうございます。


もしよろしければ評価等頂けると嬉しいです。

自分の好きなヒロイン像を詰め込んだキャラなこともあって、既にこれ以外にもこの二人の短編を色々妄想してしている所です。形になればこれの人気にかかわらずそっちもまた投稿してみようと思っています。







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