中編:提督からの依頼 その2
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そして昼過ぎとなり、ミカは刀を作り始めた。
集めた鋼鉄といった素材を、作成したかまどで溶解寸前まで熱し、そこから均一な鉄の塊、玉鋼というものを作る。
刀には玉鋼という鉄の一種が使われ、それにより比較的丈夫で、それでいて鋭く、美しい刀身を作ることができる。
熱せられた玉鋼を、ミカは手にした鍛冶用のハンマーで叩いては、マナストーンの粉末を溶かした泥水をかけるなどの工程を経て、刀の基礎となる地鉄というものを作り上げた。
その様相を見ていた提督が呟く。
「……見事だな。刀を作る上では、この地金が重要だと聞く。素晴らしい手際の良さだ」
提督が感心する中、ミカは刀作りに集中していた。ヤマトの貿易船から購入した、藁灰をまぶし、熱した地鉄に水をかけて打ち、今度は折り返して打ちを繰り返し、鋼をさらに強固なものにしてゆく。
クロの力を借りつつ、その工程をなんども、なんども繰り返す。そしてさらにハンマーで打ち付け、細く、そして薄く伸ばしてゆく。
それを水で冷やし、先端から一定の長さで折ってゆく。
その後、その鉄の欠片をかまどに入れるための棒に、筋違いに乗せてゆく。藁灰をまぶし、さらに泥水をかけて、再度かまどの中へ。
「クロ、温度の調節を頼む」
「わかった。がんばるよ」
クロによりかまどの温度が調節され、刀は熱せられてゆく。
そしてその後、『芯鉄と皮鉄を組み合わせる』『造り込み』『素延べ』や『火造り』、『切っ先造り』といった工程を、ミカは丁寧にこなしていった。
クロの助けを借りつつも、ほとんどを一人でこなすミカ。そんなミカを見て、提督が尋ねた。
「しかし、君はよく一人でほとんどこなせるな。見たところ非力とも想える腕だが」
「ああ。もちろん普段の俺じゃ力が足りない。筋力を数時間上昇させる薬を飲んでるよ」
そしてミカが『焼き入れ』と呼ばれる工程まで終わらせると、刀の刀身がほぼ出来上がっていた。
それを見たクロが感嘆する。
「すごい……綺麗だよミカ。それにしても、こんなに早くできるなんて。一日も経ってないじゃないか」
空には星が瞬いている時間だが、それでも一日を経たず、ほぼ完成までこぎつけていた。
「昔は一本作るのに何日もかけたそうだ。だが、マナストーンを利用すれば、いくつかの工程は大幅に短縮できる。刀に限らず、他の武器も同じだ。そのおかげだよ」
「だとしても、すごく早いと思うよ。驚きだ」
「だな。俺も同感だ。マナストーンを扱えば、例えば武器を作る上で従来なら『材料を長時間放置して引き締める』といった工程さえ短縮できる。まるで時間を操作するかのように。『マナストーンは常識を覆し続ける神の素材』とも言われているが、まさにその通りだ」
そうしてその後の調整を済ませると、残る作業は一つになった。
「あとは銘切りだ。いわゆる、刀に名前を掘るってやつだな」
「ミカの名前を付けるのかい?」
「いや、俺の名前なんてついてても……」
とミカが謙遜したところで、提督が一言。
「いや、着けるべきだ。実戦で使うまで正確な評価を行うのは難しいが、私が見る限り、その刀は素晴らしい一品だ。ぜひ君の名前を着けてほしい」
「そうか。わかった」
ミカは提督に言われて、刀に銘を刻んだ。バレンガルドで使われている共通語で『ミカ』と刻んだ。
それを見たクロが、ミカに尋ねる。
「ミカ、これで完成かい?」
「いや、まだだ。正確には刀を作るほとんどの工程は終わった。この後は、提督のクラスであるルーンブレイダーに合わせた調整を行う」
「調整? どんなことを行うのかな」
すると、ミカは小屋の隅に置いていた、別のマナストーンを手に取った。
そしてそのマナストーンをハンマーで粉々に砕くと、小屋の一角に粉となったマナストーンを敷き詰め、その上に刀を置いた。
「作る工程で、今刀には火属性の魔力が強く染み込んでいる。それを、相反する水の属性を少しだけ含んだマナストーンを粉々にし、その上に一晩置くことで、中に宿った火属性の魔力を放魔させるんだ。そうすることで、魔力を宿していない刀になる。その後は、火、風、水、土の四大属性を含んだ魔力結晶を使って、さらに刃を研いでゆく。すると、四属性の魔力が極めて浸透しやすく、そして四属性魔力での劣化が少ない刀になるんだ。あ、研ぐときはマナストーンよりも、より安定した魔力結晶を使ったほうがいい」
「へぇ、魔力を通しやすくするんだね」
「ああ。刀の長所はそこだからな」
とミカが言ったところ、クロが何かを思い出したかのように言った。
「聞いたことがあるよ。刀は魔力を通しやすいって」
クロが言うと、その言葉に提督が反応した。
「その通りだ。刀は一般的な剣よりも耐久力に劣り、すぐ劣化し、長時間戦えない。その鋭さから防御の低い相手ならば剣より深く傷を与えることが出来るが、達人級の腕前でない限り、硬い相手は苦手そのものだ。防御の高く無い相手と戦う際、もしくは軽さを求める場合はわずかに剣より勝る部分もあるが、基本的に武器の性能を頼る場合、剣には劣るだろう。だが、剣に大きく勝る部分がある。それが、魔力を通しやすいことだ」
その提督の言葉に、さらにミカが補足する。
「刀に使われている材料、そして作り方。あとは剣よりも細く薄い特徴。刀身のしなり方。これらが魔力を宿す、もしくは流すのに最適なんだ」
「その通りだ。だからこそ、私のような魔力を武器に通して戦うルーンブレイダーは、ヤマトの国より伝来した刀を好む」
すると、提督はクロの方を見ながら、一つ尋ねた。
「君はソーサラーだろう。魔法使いも、サブウェポンとして刀を持つ事例がある。杖の代わりにもなるのだ。四属性を扱わないソーサラーなら、刀と相性が良いはずだ。持ってみてはどうだ?」
「刀かぁ……いや、僕には扱える自信が無いよ」
「ならば礼もかねて、私自らが刀の扱いを教えても良いぞ?」
「とても光栄だ。けれど、忙しい提督の手を煩わせるわけにはいかないですよ」
と、クロが謙遜したところで、提督はミカの方を見て言った。
「しかし、刀の魔力を放魔し、その後四属性を宿した結晶で研ぐ、か。その製法は初めて聞く。どこで習った?」
「いや、習ってない。独学なんだ」
「ほう、独学か……何故刀について学んだのだ」
提督に尋ねられ、ミカは答える。
「ああ……一つ前に所属していたパーティでな、リーダーが強くなるために試したいって、色々な武器を作れって言われたんだ。そのうちの一つが刀だった。俺は本場の刀鍛冶には勝てない。だが、刀を買う金は渡されなかった。だから試行錯誤を重ねて、『持ち主に合った刀』を作ることにしたんだ」
ミカの言葉を聞いて、提督が唸る。
「持ち主に合った、か」
「ああ。例えば元のパーティリーダーは、魔力に乏しい奴だった。だが、パラディンのクラスだったから、剣に聖なる魔法を付与することが出来た。その聖なる魔法を付与しやすいよう、試行錯誤をかさねて、刀を作ったんだ。多分、本場の刀鍛冶が見たら怒る作り方かもな」
「して、その作成した刀の具合どうだったのだ?」
「悪くはなかった。実際あいつは、渡した刀でモンスターをなぎ倒した。まぁ、刀は味方を守る戦い方には向いてない。タンクであるあいつが刀を振り回して戦う分、サポートヒーラーの俺がなんとかしてたが……調子に乗ったリーダーが、魔力切れに気づかずに、硬さに定評のあるエメラルドゴーレムを魔力を流さず刀で斬って、刃こぼれ。その時は、俺の作った武器が悪いって責められたなぁ」
息を吐いて肩を落とすミカ。しかし、そんなミカの言葉を聞いたクロが呟く
「……えっ、エメラルドゴーレムって、凄い物理耐性を持つモンスターだよね。それこそ剣でも折れちゃうほどに。それが、刃こぼれだけって」
そして、ミカの話を聞いていた提督は、ミカの過去の境遇を察したのだろう。慰めるように、ミカに言った。
「そうか。大変だったのだな」
「まぁ、以前は色々あった。今のパーティは最高だよ」
「ふっ、そのようだな。君たちには二度も助けてもらっている。近いうちに、公の場で君たちに感謝を捧げるつもりだ。君たちは良いパーティだ。海軍と特別契約をしてくれていて、ありがたい」
と、話していたところで、開いていた小屋の入り口から、小さな生き物が飛び込んできた。
それは灰色の猫。ミカたちの飼っている猫、ユーキだ。
ユーキはミカ足元をぐるぐると周ると、ミカの顔を見て『にゃあ』と鳴いた。
「ん? どうしたユーキ。腹が減ったのか?」
「今日の餌当番は……昨日が僕だったから、今日はルシュカのはずだ。そういえば、ルシュカが『自分のあげたごはんを食べてくれないでありまーす』とか、前嘆いてたかも」
そして、そんなミカとクロの姿を見た提督は、小さな笑みを浮かべて言った。
「君の刀を作る工程。見事であった。そしてそれを補佐していた、クロ、君も素晴らしい。この様子では、刀ができるのは二日後のようだ。二日後、私自らが取りに来よう」
そう言われたミカは、ユーキを抱きかかえながら提督に答えた。
「ああ、わかった。待ってるよ」
「助かる。そして、もう一つだけ頼みがある」
提督がミカに告げた、もう一つの頼み。それは。
「刀が完成次第……是非、君の師匠、ミルドレッドと手合わせ願いたい」




