中編:占星術師のエルフ幼女 その5
「と、いうわけで、この子の名前を決めたいと思いますわ!」
広間に集まった青空の尻尾のメンバー。その中で、リーダーであるショーティアが宣言した。
そして広間に中央に移動させられた一人用のソファには、占星術師の少女が座っている。いつものように、ほぼ無表情だ。
「では皆さん、皆さんが考えた渾身の名前を出し合い、そして皆で投票しましょう!」
「なるほど投票か。俺も良い案だと思う」
ミカがショーティアの提案を肯定した。すると、早速手を挙げたのは、アゼルだ。
「んじゃウチから! 名前はダタル! なんかかっこよさそうな名前だろ? こいつ、めっちゃ強くてな。強そうな名前にした!」
「では、次は自分であります! やはりここは、シンプルが良いと思うであります! サラ、はどうでありますか?」
「次は僕だ。マイ、なんてどうかな? 僕の好きな小説のキャラクターなんだけど、良い名前だろう?」
「んじゃ、次はあたしね。傭兵時代の亡くなった友人から取って、ムイミなんてどうかしら」
「ず、ずいぶん重いなリーナ」
とミカがツッコんだ所で、逆にリーナはミカに尋ねた。
「なら、ミカはどうなのよ。何か案はある?」
「案? そうだな……俺が考えたのは。ククルだ」
すると、その言葉にピクっと反応を示したのは、占星術師の少女だ。
ミカはそれに気づかず、解説を続ける。
「ククル豆という豆があるんだが、この植物、綺麗な花を咲かせるんだ。花言葉は『星に祈りを』もしくは『創造』だ。なんとなく合ってるんじゃないかと思ってな」
すると、ショーティアがミカの提案を賞賛した。
「あらあら、とても良い理由ですわ。では、次はシイカさん。シイカさんはどのようなお名前がよろしいかしら?」
すると、部屋の隅のカーテンに隠れていたシイカが占星術師の前に飛び出してきて、身振り手振りで何かを伝える。その動きを見た占星術師の少女は。
「セセラセ、ですか」
シイカが親指を立てる。どうやら合っているらしい。そして、すぐにカーテンに隠れてしまった。
「すごいな。シイの言おうとしたことがわかるとは。俺はわからなかったよ」
「ミカ、確かセセラセって『感謝』とか『楽しい』を意味する古代の言葉だよね」
「ああ。これも良い名前だな」
と言ったところで、ショーティアが皆の提案のまとめに入った。
「ではでは。一応皆さん出そろいましたね? セセラセ、ククル、ムイミ、マイ、サラ、ダタル。そのお名前が良いでしょう? 少し考えて、皆で投票しましょう!」
そう言うと、皆はそれぞれ悩み始めた。
意外と良い名前もある。故に、皆どの名前が良いか考えていた。
そんなとき、アゼルが占星術師の少女に提案する。
「なんか、どの名前がいいとかあっか?」
「わたしは、どのお名前でも結構です。皆さんで決めていただければ」
と言った少女に、ルシュカは何かを思いついたように。
「良いことを思いついたであります! ここまで出てきた名前の頭一文字ずつを取って……」
そしてルシュカは、少女にポーズを決めつつ指さしながら言った。
「『セクムマサダ』なんて名前はいかがでありますか!?」
ルシュカが提案した瞬間、ほとんど無表情だった占星術師の少女が、眉をひそめた。あきらかに嫌がっている顔だ。
さらに、周りから追撃が入る。
「ルシュカ、それは俺もどうかと思う」
「僕もだ」
「あらあらルシュカさん、ちょっとそのセンスは共感しかねますわ」
「ルシュカよぉ、それはひどいって」
「がびーん! つらいであります……」
とルシュカにツッコむ面々。そしてしょぼくれるルシュカ。そんな中で一人、リーナだけは。
「そう? あたし、悪くないと思うけど」
皆が一斉にリーナを見る。大半は驚愕。そしてルシュカだけは瞳を煌めかせている。
しかしリーナはルシュカの反応よりも、それ以外の反応に、思わず一歩後ずさってしまった。
「な、何よ」
「……僕から言わせてもらうと、リーナもセンス無いと思う」
「何よ、ガリ猫! わ、悪かったわね!」
と、皆で話している最中、ミカはあることを思い出した。
「そう言えば、ショーティアさんはどんな名前を考えたんだ?」
「あらあら、すっかり言うのを忘れていましたわ」
そう言って、ショーティアは自分の考えた名前を提案した。
「ティファニア、ですわ」
「ティファニアか……なるほどな」
ミカはその名前に納得していた。しかし、周囲はそうはいかず。
「その名前ってどういう名前なんだ?」
アゼルがショーティアに尋ねる。するとショーティアは。
「先ほど、外で夜空を下に、踊るこの子を見ました。その白髪と容貌があまりに美しく、まるでイデア様のようでしたわ」
イデア様。それは、聖魔導教の信仰する唯一神の名前だ。聖魔導士であるショーティアも、その信者である。
そしてイデア様は、聖書の中では大層美しく、そして全ての生命を癒す、優しい神であると書かれていた。故に、あまりに美しいもの、もしくは慈悲深い者に出会った際、『イデア様のようだ』と表現することがある。
「イデア様はわたくしたち人に、知恵をもたらしました。そして知恵からは名前が産まれ、わたくし達はヒトに名前を着けるようになったと言われております。そうして、最初にイデア様に知恵を与えられた十五人のヒト。そのうち一人の、美しい歌声と踊りを持っていた女性。その名は『ティファーニアス』。そこからあやかり、ティファニアという名前はいかがかと思いまして」
と、解説を聞いた皆の反応は。
「良い由来じゃねぇか! ウチは良いと思うぜ!」
「自分も良いと思うでありますが、シイカどののセセラセも捨てがたく……」
「あたしはミカッのククルがいいわ」
「僕もミカのが好きだ。でも、ショーティアのも捨てがたいなぁ」
「……にゃ」
おおよそ、ククル、セセラセ、ティファニアの三つに絞り込まれた。
と言ったところで、さらにここから名前を決めねばならない。
皆が頭を悩ませていたところだ。
「ん?」
ミカが何かの音に気づいた。それは、玄関の扉を叩く音だ。
「こんな時間に誰だ? ちょっと見てくる」
「あらあら。お願い致しますわ」
ミカは広間を出て玄関へと向かった。
「……随分と何度も叩くな」
玄関にやってきている人物は、かなり小刻みに、それで高速で玄関の扉を叩いていた。
「はいはい、今出ます」
特徴的な扉の叩き方をする人物を、ミカは扉を開いて出迎えた。すると。
「あら、ミルドレッドが出迎えなのね! 夜分に失礼するわ!」
「……え」
その人物。夜間であるのに、その美しいブロンドに近いオレンジ色の髪は美しく輝いている。そして身に着けたのはヴァルキュリアの鎧。見間違えるはずがない。
「アンジェラ王女!?」
「別件で近くまで来たから、寄りに来たわ!」
それはアンジェラ王女本人だった。しかも、それだけではない。
アンジェラ王女の背後には、もう一人の人物が。
「……すまないな。どうしてもアンジェラが私もと言うもので」
「て、提督まで」
海軍提督、その人だった。
そして、玄関へやってきたアンジェラ。そのお腹から、音が聞こえてくる。『ドドドドド』と。
「……み、ミルドレッド、ところで、何か食事、無いかしら? お、お金は出すから」
「あの、提督、アンジェラは食事は?」
「さっきしてきたばかりだ。相変わらず燃費が悪い体だ」
〇〇〇
そうして、まさかのアンジェラ王女の来訪に、青空の尻尾は大慌て……にはならなかった。
「あらあら、いらっしゃいまし。お調子はいかがです?」
「あ、王女様。こんにちは。今日は僕たちに何か用事かな?」
「お! 姫さんじゃん! ウチと一勝負してくれんのか?」
「提督もいらっしゃいます! こんにちはであります!」
「……にゃ」
もはや出会いすぎてか、至って普通の反応になってしまっていた。
そしてリーナも、アンジェラ王女に以前合って、その性格や大食いを知ってか、アンジェラ王女のお腹から鳴る『ドドドドド』という音を聞いて。
「常時腹ペコ空腹王女様の来訪ね。ま、あまり驚きも無いわね」
「常時腹ペコですって? 失敬な。私は常時じゃないわ。9割よ。そこは間違えないでね?」
と、謎の主張をするアンジェラに、提督が頭を抱える。そして隣に居たミカに対して。
「すまないな突然」
「いや大丈夫だ。別に忙しくもないし」
「ふむ、見れば、いつもと違うメンバーが一人居るな。エルフ族か」
占星術師の少女は、無表情でソファに座り続けている。
「しかし、アンジェラは君をミルドレッドと呼ぶのだな。弟子だからか?」
「あー……まぁ、色々あるんだ」
〇〇〇
そうしてやってきたアンジェラや提督を含め、ミカは皆に料理を作った。
常人の数十倍の量を平らげるアンジェラ。幸い備蓄は豊富にあったため、アンジェラがの腹を半分程度満たすほどには、食事を提供できた。
しかし、料理を提供する、それすなわち洗い物が沢山出るということ。
「ミカァ、疲れただろ? あとはウチらにまかせとけ」
「自分とクロどのとアゼルどので、食器は片付けるであります!」
そう言って三人は食器洗いに。そして、クロが食器洗いに行ったのを見たリーナも。
「ガリ猫がやってるのに、あたしがやらないのもなんかね。洗ってくるわ。リーダーもゆっくりしてなさい。ここはあたしが洗ってくるわ」
食器洗いへ向かった。そうして広間にはミカとショーティア、提督とアンジェラ王女、そして占星術師の少女が残った。ちなみに、カーテンの影にはシイカが居る。お腹が一杯になったのか、シイカはカーテンの影でうつらうつらと居眠りしていた。
そして食事のハンバーグを一通り平らげたアンジェラは。
「ふう、腹五分ってところね。食事代は渡しておくわ」
「あらあら、大丈夫ですわ。わたくしたち、比較的裕福でして。それで、本日は何故こちらに?」
「本当に、近くを通りかかっただけよ。ついでにミカの料理も食べたくて。正確にはライアスに尋問してきたんだけどね。なーんも情報を得られやしない。無駄骨でお腹が減ったわ」
と、同じくミカの食事を口にした提督は、ミカの料理の腕前を賞賛した。
「しかし、君の食事は素晴らしく美味いな。これまでに美味いものを食べたことが無い」
「なんだか、褒められると恥ずかしいな。なんなら、皆がオッケーなら、いつでも食べに来ていいぞ?」
「ううむ、それを考えてしまうほど、美味だった……」
「でもアンジェラが突然来るなんてな。あの子に料理を教えるために、少し多めに料理を作って置いてよかった」
と、ミカが占星術師の少女について話した。すると、それに反応したのはアンジェラ王女だ。
「え? そういえばその子、聞いた話じゃ雇い主を探してここに来たって聞いたけれど、料理ができるの?」
「ああ。かなり美味しいみたいだ。俺の次に料理が上手いかもな」
「へぇ、いいじゃない! そうねぇ……美味しい料理が食べられるなら、私が雇いたいけれど、今不足しているのは親衛隊の隊員なのよね。ヒーラーと近接アタッカーのクラスが不足してて、まずはそこを補える隊員を探さなくちゃならないのよね」
そうアンジェラが言ったときだ。アンジェラは、壁にたてかけられた、その少女のものらしき聖杖の存在に気づいた。
「……もしかして、占星術師?」
尋ねられた占星術師の少女は、返答した。
「はい、そうです」
「もしかして、ヒーラーにも、近接アタッカーにもなれる?」
「はい」
「それでいて料理が上手?」
「そこそこですが」
すると、アンジェラは椅子から立ち上がり、その少女へ近づくと、そのまま力強く少女の両手を握った。
「あなた、私の親衛隊に入りなさい! こんな逸材が居るだなんて、最高ね! ミルドレッド、この子の実力は!?」
アンジェラの勢いに気おされ、ミカは思わず答えてしまう。
「な、中々強いが」
「ミルドレッドが言うなら間違いないわ! 雇い主を探しているんでしょ!? さっそく私の親衛隊に登録するわ! 名前はなんというの!?」
「えっと、わたしは」
少し慌てている占星術師の少女。その代わりに、ショーティアが答える。
「その子の名前を、ククル、セセラセ、ティファニアから決めているところでして……」
「わかったわ! 『ククル・セセラセ・ティファニア』というのね! それじゃククル! さっそく入隊手続きをしに行くわよ!」
「えっと、その」
占星術師の少女、改めククルは、そのままアンジェラ王女にお姫様抱っこをされる。そしてアンジェラ王女は、そのままの足で広間を飛び出し、さらには玄関まで飛び出してしまった。
「あらあら、あらあらあら」
あまりの怒涛の展開に、混乱が隠せないショーティア。
そしてミカも、アンジェラ王女に呆れつつも、笑いを浮かべて呟いた。
「まったく、勢いがありすぎだ。俺たちのパーティメンバー候補を持ってかれちまった」
そして、一呼吸おいて、もう一言呟いた。
「ま、アンジェラ王女のもとなら安心……か?」
と呟いたところで残されていた提督が一言。
「……色々とすまないな」
「いやいいさ。アンジェラ王女は、あの位元気でなきゃ、らしくない」
「ではすまないが、私もこれにて失礼させてもらう。アンジェラを追わねばならないのでな。代金は……」
「うちのリーダーもいいって言ってるし、大丈夫だよ」
「そうはいかない……と言いたいところだが、飛び出すアンジェラに着いてきた故、持ち合わせが無くてな……後日依頼と共に、渡そう」
「依頼?」
ミカがその言葉に首を傾げる。すると提督はミカに対して言った。
「ああ。君は師匠のミルドレッドと同じく、腕の良い職人であるとも聞いた。故に、一度作ってもらいたいのだ」
「作る?」
「ああ」
すると、提督は腰に帯刀していた刀を抜き、室内の灯でその刀身を輝かせながら言った。
「私の魔力に耐えうる、刀をな」
中編『占星術師のエルフ幼女』 終




