中編:ダルフィアからの手紙 その3
ミカの前に姿を見せたリマ。ミカが周囲を見渡すが、周りには人気が無い。
「おいおい、大丈夫なのか? ブラックマーケットを取り仕切る奴が、護衛も着けずに一人って」
「ここは波止場じゃ。海からでも来ない限り、わちらを襲うものはおらん。ここへ来る道へ、何人が護衛も忍ばせておるでの」
「あくまで俺と一対一で話そうってか。感心だな。んで、聞いた話では、俺に謝りたいって聞いたが」
ダルフィアでミカに謝りたいと聞いたのはミカ自身。だが、リマは男性であるミカに謝りたいと言っていた。
どうやら、ダルフィアで会ったのがミカだと、リマも気づいていない様子。
ミカはまず、リマの様子を伺うことにした。すると。
「ふむ、キャロラインの言っていたことは正しかったの。お主に会えるとは思わなんだ」
「キャロライン……ああ、俺の親戚だな」
ミカはあえて、あの時の自分を親戚だと偽った。特にリマに正体を明かす義理も無いし信頼も無いからだ。
するとリマは、頭を下げることなく、ミカに言った。
「わちを許せ」
「……おいおい、一通り話はキャロラインから聞いていたが、頭も下げないのか」
「なぜわちが頭を下げねばならぬのじゃ?」
「許してほしいなら、もっとちゃんと謝ってほしいな……そうやって高圧的だと、嫌な思い出を思い出しちまう」
かつて紅蓮の閃光にも居たのだ。深刻なミスをしでかし、ミカを危険に晒したにもかかわらず、頭も下げずに軽く謝るだけで終わらせたパーティメンバーが。
ミカはそれを思い出し、嫌な気分になっていた。しかしリマは。
「お主はSランクパーティを追放された者と聞く。わちは豪商の家系じゃ。それこそ、王都の貴族にも顔が利く。わちが謝っておるのじゃ。むしろ光栄に思い、許すべきだと思わぬか?」
「そんな高圧的な態度を取られてもな……それに、確か東方の国でも礼儀の場では、キセルなんか持たないって聞いた。というか、何で東方の国の服を着てるんだ」
「わちの父上の趣味でのう。わちも東方の様式が好きなのじゃ。美しいであろう?」
「東方様式が綺麗なのは、まぁいいけどよ……ん?」
その時、ミカは思い出した。
(確かリマ、以前俺に罪を着せたときに、なぜそんなことをしたのか……確か理由は……)
リマはキャロライン、つまり姿を変えていたミカに語った。『父親に褒められたいために、ミカに罪を着せた』のだと。
「リマ、父親は元気か?」
「父上は隠居しておられるが、ご存命じゃ。何故父上について聞く」
「……なるほど」
ミカはダルフィアで、リマからこうも聞いていた。『自分は商売人だから、恩には恩で返す、それが信条』だと。そして、それはミカの件のただ一回しか破ったことが無いとも言っていた。
リマがその信条を破ったのは、他でもない。
「父親……か」
「なんじゃ。何を言っておる」
「リマ・リア。あんたは商売人だ。それも生粋の。ブラックマーケットや闇オークションを運営してるんだ。その腕は確かだろうさ。だが、例え法にそむいた裏市であっても、そういう市場を取り仕切るからには、約束事は絶対。恩には恩で返し、仇には仇で返す。それを徹底してなければ、そんな市場を運営するのは難しいだろう。だから、あんたもそれを徹底しているはずだ」
そうであれば、リマは少なくとも『恩を仇で返した』ことに対して、責任感を持つはずだ。だが、リマはまるで責任感が無いように振舞っている。
その理由を、ミカは大方察した。
「父親に嫌われたくないんだな」
「なっ……お主は……!?」
リマがはっとした、驚きの表情を浮かべていた。
その表情を見てミカは確信し、その瞬間、腰にかけていたカオスグリモアを手にした。
「魔法障壁展開」
ミカが魔法障壁を周囲に展開する。すると、ミカとリマの周囲に魔法障壁が貼られた。
魔法障壁はいつもミカが使用するものよりも分厚く、そして色が濃かった。それこそ、外から中、中から外が一切見えない程度に。
内部は魔法障壁から発せられる、淡い紫色の光で照らされ、ミカとリマはお互いの姿を見ることができた。
「お主、何を!?」
ミカの行いを問い詰めるリマであったが。
「これで、『外の誰にも見えないし聞こえない』」
ミカが言うと、リマはニ三歩後ろへ引いた。そんなリマに、ミカが問いかける。
「あんたは、誰にも見られたくなかったんだ。『Sランクパーティを追放された者に謝る姿』を。護衛が側に居ると聞いた。護衛に、俺に対して頭を下げる姿を見られれば、父親にも話が行き、幻滅されるって思ったんじゃないか? でも、だからと言って、どこかの個室で俺に会うのも怪しい。だからこうして、ヴェネシアートでも特に人が来ない場所を選んだ。護衛には大方、『商談』とか言ったんだろ。裏市で働く身だ。追放された冒険者と商売で関係を持っても違和感は無いしな」
ミカの言葉に、リマはキセルをくわえたあと、煙をふぅと大きく吐くと。
「見透かされたようじゃの。交渉は得意なはずじゃが、見透かされたのでは話にならん。商売人として失格じゃの」
「父親が絡んだからじゃないか?」
「そうかもしれぬの」
「……父親が、好きなんだな」
ミカの言葉に、リマは少し黙り込んだ。そして、再度口を開く。
「そうじゃ……父上はわちを愛しておる。そしてわちも、父上を誰よりも愛しておる。わちを生んだ頃、既に父上は祖父とも言える年齢じゃった。今となっては、もう老い先短いじゃろう。そんな父上には、最後までわちの姿を……恩を恩で返し、仇を仇で返す、わちの姿を見ていてほしかったのじゃ」
「父親からの評判を落としたくないから、全うに謝ろうとしなかったのか」
「……否定もできぬわ。じゃが、お主から許しを貰わねば、破滅するという話じゃ」
「だから、こうして外から見えないようにしたんだ」
ミカの思い付きだ。父親からの評判は落としたくない。だけど、自分に謝らないといけない。人が見ている場所では危険だ。
「魔法障壁を貼ったのは俺だ。たぶん、外ではあんたの護衛が駈けつけてきてることだろう。だが、そいつらには『秘密の商談をしていたから、見られたくなかった』とでも言うつもりだ。あんたもそれを肯定してくれればいい。今なら、リマ、あんたの本心が聞けると思ったんだ」
「わちの、本心?」
「それほど強い信条を持つあんただ。本当は、俺への罪悪感に苛まれてたんじゃないのか?」
「わち……わちは……」
「今なら誰も見てないし、外にも聞こえない。あんたの、正直な気持ちを話してほしい」
すると、頭を抱えたリマが、がっくりと地面に膝をつき、嗚咽する。
「あああああ! すまぬ! すまぬ! わちは、わちはお主に罪をなすりつけてもうた! お主は本当であれば、皆に感謝され、父上やわちから礼を貰わねばならぬ立場であった! それを、すべてわちが壊してしもうた……わちのわがままで、全て壊してしもうた! すまぬ! すまぬ! この通りじゃ!!」
リマは膝を地面についたまま。両手を地面につき、さらに頭もついた。それは東方では、最上位の謝罪を表す恰好だ。
「本来ならば、許せなどと言える立場ではない。先ほどまで、父上に嫌われたくがないために、おぬしに高圧的に出てしもうた。皆に見られておらぬ、この場でしかこうできないことも恥じゃ。じゃが、わかってほしい。わちは父上には、父上には、全うな商売人であるわちの姿を見たまま、逝ってほしいのじゃ! わちは恐ろしいのじゃ。あの占星術師の言った、破滅、それは父上に幻滅されることではないかと、考えてしもうたのじゃ!」
するとリマは顔を上げ、ミカの顔を見た。そして再度頭を下げると。
「いずれ全身全霊をかけ、表で詫びたい。じゃが老い先短い父上が存命のあいだだけでも、今この場、この謝罪で許してほしい。たのむ……この通りじゃ!」
何度も頭を下げて謝るリマ。その姿を見たミカは。
「顔を上げてくれ」
リマに顔を上げるように諭した。そして膝をつくリマと同じ目線になるよう、屈むと。
「俺は今のパーティの皆から話を聞いて、考えたんだ。あんたが本当に罪悪感があって謝りたいのなら、許そうって」
そしてミカは目の前でみた。リマが父親に嫌われたくないがために、ミカを傷つけ、その罪悪感に苛まれていた事実を。
「条件がある。これほどの事をして、しかも父親に嫌われたくないからって人前で謝れないんだから、一つ条件をつけさせてもらうぞ?」
「な、なんじゃ、条件とは……」
「まず、ブラックマーケットや闇オークション、そこで売買されている、麻薬や、人を害するものの取引をやめること。父親が亡くなったあとでいい。いきなりやめたら、それこそ今そこで買ってる奴らが何しでかすかわからないし、少しずつだ。やめれるタイミングになったら、俺の知り合いの王国のお偉いさんに手伝ってもらって、いろいろ考えようじゃないか」
「……苦しい条件じゃが……そうしなければ、お主から許しを得られないのであれば、そうしよう」
「あとは……そうだな。俺の弟子から何か頼まれごとがあったら、断らないで手伝ってやってくれ」
「……わかった。それくらいならば、わちも協力しようではないか」
「約束だぞ? 商売人なんだ。約束は守ってくれよな」
ミカが考えていた許しの条件。いくつか言うことをリマが聞くことと、リマが罪悪感を持って、謝ったこと。それを見れたのならば、ミカがやることは一つだ。
「あんたを許すよ、リマ」
「ほ、本当……なのじゃな?」
「ああ。父親が好きで、嫌われたくないってのもわかる。俺にはしったこっちゃ無い話でもあるんだが、俺の許しが無ければ、あんたが破滅するって言うしな。ブラックマーケットを取り仕切ってる奴が破滅なんてしたら、色々面倒くさそうだ。条件も飲んでもらえたし、あんたを許すよ」
すると、リマは膝をついたまま、両手で顔を覆った。
「すまぬ……すまぬ……」
「いいって。それじゃ、立って顔をふいてくれ。そろそろ障壁を消すぞ」
ミカに言われ、立ち上がって、着物の袖で顔をぬぐったリマ。ミカが指鳴らして障壁を消す瞬間、リマは言った。
「この礼は、いつか必ず」
「おう、期待してるよ」
〇〇〇
「とりあえず、この話は忘れるか」
リマと別れたあと、ミカはパーティハウスへ戻り、皆に一連の流れを話した。
ミカに何事も無かったことに安堵し、皆はパーティハウスの各々の作業へと戻る。
今回の事に関しては、青空の尻尾とはほとんど関係なく、ミカの過去にかかわる話だ。その話が解決したのだから、これ以上考えるのは野暮だろう。
「さて、明日からどんな依頼を受けるかな。いや、ダンジョンに挑むのもありか?」
と玄関近くで考えていたミカ。その時、玄関のドアをノックする音が聞こえた。
「あ、今出ます」
そう言ってミカが玄関の扉を開く。すると、そこには、一人の少女が立っていた。
長い耳を持っている。人間の耳に近い、尖った長い耳。それは、エルフの耳だ。
つまり、玄関に立つのはエルフの少女。しかも、かなり幼い。8歳から10歳前後にしか見えない幼さだった。
特徴的なのは、その瞳の色と髪色だ。髪の色は白。純白に近い白で、その長さは腰より長い。そして瞳の色。その色は、ミカに良く似た真紅色をしていた。
そのエルフ族の少女。手に杖を持った少女は、ミカの顔をじっと見つめると、言った。
「……はじめまして」
「は、はじめまして……なんの用かな……ん?」
ミカは、その少女が持っていた杖に気づく。聖魔導士が使う杖とは若干形状が違い、星などを見るために使用する、スコープと呼ばれるレンズが先端に装飾されている杖だ。
その杖を持つクラスを、ミカは知っている。
「占星術師?」
ミカが言うと、その少女はこくりと頷いた。
「はい、その通りです」
「そんな若いのに占星術師とはすごいな……で、何の用だ?」
「以前の雇い主から『許しを得たから、もう大丈夫じゃ。お主も解放する。自由に過ごすといい』とお暇を頂きまして、占いの結果、こちらにお世話になるのが吉と出ました」
「雇い主……占星術師……もしかして、リマの」
そう、リマに『ミカに謝らないと破滅する』と占った占星術師が居た。その占星術師が。
「初めまして。占星術師です。以後、お見知りおきを」
突如現れた占星術師のエルフ少女。その少女はミカに自己紹介すると、ぺこりと頭を下げた。
中編「ダルフィアからの手紙」 終




