中編:ダルフィアからの手紙 その2
その日、青空の尻尾は、はっきり言って暇していた。
依頼を受けようにも、目ぼしい依頼が無く、また数日連続して依頼を受けていたことから自由行動となったが、それはそれで暇であった。
とくに町へ行く用事や予定も無く、各々本を読み、トレーニングをし、武器を手入れし、昼寝をし、カーテンの影に潜み……と皆が家で体を休めていた。
そこにショーティアが声をかけたものだから、パーティ全員が広間へと集まっていた。
「では、これよりミカさんのお悩み相談会議を始めますわ!」
皆の集まった広間で、ショーティアが言う。そんな状況に置かれたミカは一言。
「な、なんだか大ごとになってしまったが……す、すまない皆」
わざわざ自分のために集まった皆を見て、ミカは少し申し訳ない気持ちになってしまう。だが、集まった皆の反応はというと。
「へぇ、ミカッが悩みね。紅蓮の閃光時代は全然話してくれなかったから嬉しいわ」
「ミカ、悩み事があるなら、僕に何でも言ってほしい。ミカのためなら、出来る限り力になるよ」
「ミカどの! 自分は何をすればいいでありますか!? ミカどのにはお世話になりっぱなしであります! 自分にできることなら何でも言ってほしいであります!」
「よくわかんねぇけど、ウチが力になれることなら手を貸すぜ」
「……にゃ」
シイカもカーテンの影に隠れながら、右手を出して親指を立てている。
「皆……」
自分の相談に乗ってくれるという皆に、ミカは改めて感謝の意を述べた。
「ありがとう、本当に」
「それで、ミカどのは何にお悩みでありますか?」
そこでミカは、改めて自分が悩んでいることについて皆に改めて話した。
皆は少し考え込む。そこで一番最初に口を開いたのは、ルシュカだった。
「自分は、やはり許せないであります。もしも心から反省しているのであれば、一考の余地はあったかもしれないであります。ですが、反省ではなく、ただ自分にいずれ不利益があるから許されたいと。そんなことで、相手を許すなんて、自分にはできないであります」
ルシュカの言葉に対し、リーナも同意する。
「あたしもルシュカッと同じね。ただ、あたしとしては許すべき、だとも思うわ」
「リーナどの、許すとは何故でありますか!?」
「心から許すわけじゃないわ。けれど、今までの経験上、『誰かに謝りたい』って思ってる奴は、半分はろくでもないのよ。半分はちゃんと反省して謝りたいっていう奴。四割は『自分が罪の意識から解放されたくて謝りたい』奴、一割は『自分に不利益があるからとりあえず謝りたい』奴。今回はたぶん、一番最後のね。ちゃんと反省してる奴以外、本当に追い詰められてない限り、許さないと逆恨みして、嫌がらせをしてくるわ。『こんなに謝ってるのに、何で許してくれないんだ』ってね」
つまりリーナは、逆恨みされると面倒だから、とりあえず許しておく、というスタンスのようだった。
「もちろん許すことで自分の心のもやもやは晴れないわ。けど、逆恨みされて傷つけられるよりはマシって、あたしは考えてるわ」
「なるほどな……リーナの話にも一理ある。相手はブラックマーケットの管理者だ。逆恨みされたら面倒なのは間違いないな」
「あたしも本心は許したくないんだけどね」
すると、次に発言したのはアゼルだった。
「ま、許せねぇよな。そうだな……ウチなら、一発殴らせろって言うぜ。一発殴ったら、許す。無条件で謝って終わりじゃ、ミカァが不幸になっただけで終わりじゃねぇか。ウチなら、最低でも一発殴らねぇと気が済まねぇな」
それに対して、クロも意見を述べた。
「僕もアゼルとほとんど同じだ。自分がひどいことをしたのに、ただ謝りたいだなんて。自分が人を害し、謝ったほうは心に傷なんて残らない。『他人を傷つけた過去』っていう傷は残るかもしれないけれど、それは自分の罪。一生背負っていかなきゃいけないものだし、人を傷つける人なんか、そんなのすぐ忘れる。でも、傷つけられた方は一生傷跡が残るんだ。謝るだけじゃ足りない。それこそ、ミカの納得する条件でも無いかぎり、受け入れなくていいと思う」
「俺の納得する条件か……」
クロに話されて、ミカは考え込む。そんなミカの背後では、手にナイフや縄といった、アサシンの拷問器具らしきものを持ったシイカが『自分に任せろ』とばかりにアピールをしていた。
しかしミカはそれに反応せず、そのまましょんぼりとカーテンの影に戻っていった。
「ルシュカやショーティアさんの言う通り、心から謝る気持ちが無いなら、許せないのは俺も同じ。でもリーナの言う通り、許さないことで逆切れされて厄介なことになる可能性もある。でも、アゼルやクロの言う通り、ただで許すのも気が済まない」
そして次にミカは、シイカの隠れているカーテンの方を見て言った。
「何をするにしても、シイカの手を煩わせることはないし、できるだけシイカに酷いことはさせたくない。その拷問アイテムはしまってくれ」
シイカの意図を察していたミカが言う。するとシイカは自分に気づいてくれたことに、若干の喜びを表しつつも、ミカの言葉を汲んで、手にした拷問器具をしまった。
すると、再度少し考え込んだミカが、口を開いた。
「皆ありがとう。俺はどうするか決めたよ」
〇〇〇
その翌日だった。ヴェネシアートの波止場。そこはいわゆる旧船着き場のような場所であり、新しい船着き場が作られた現在、ほとんど使われなくなった場所だった。
ゆえに船の往来も、人気も極めてすくない、ヴェネシアートでは珍しい場所だ。
そこに向かう、一人の男性の姿。
「……なんかもはや、この姿に違和感を感じてきた」
聖水を使い、久方ぶりに男性の姿に戻ったミカ。
幼い少女だった体は、以前の一般的な男性らしい姿になっている。
ミカはそんな自分の手を見て、呟く。
「なんか……前より小さくなってるか? 完全には元に戻れていないような。聖水の効果が効きづらくなってるのか……?」
以前よりも心なしか体が小さく感じたミカ。しかし、今の姿は誰が見ても男性であることは違いない。
そして髪の色は黒くなり、瞳の色は翡翠色に戻っている。誰が見てもミカを、Sランクパーティを追放された、ミルドレッド・カルヴァトスだと認識するだろう。
そしてミカは、そのまま波止場の海側へと進んでゆく。するとそこには、角の生えた、オーガ族の女性が立っていた。
身に着けているのは、東方様式の衣服。そして手にキセルという、東方式の煙草を持った姿を、ミカは覚えていた。
「リマ・リアか?」
ミカが背中を向けたその女性に問いかける。すると、その女性は振り向いて、言った。
「そうじゃ。わちがリマ・リアじゃ。お主……忘れようもない。ミルドレッドじゃな」




