9話 サポートヒーラーと提督
海洋国家ヴェネシアートは、海上での問題に対処するため、海軍を有している。
正規の兵士もいれば、海軍と契約し、有事の際には助力する冒険者パーティもある。
海上で何か問題があれば、まず海軍に報告しに行くのが普通だ。
ミカが軍部についたころには、日も落ちていた。
ミカたちが商人を連れてきた際、海軍の本部は大騒ぎになっていた。
『海上でモンスターが!?』
『あの傷は海洋系モンスターのものではないぞ』
『それほどまでに大型の船、軍部に登録の無いものだ』
普段は海賊の拿捕や、海洋モンスターの討伐、航行船の登録などを主とする軍部であるが、過去に例を見ない事態に、混乱していた。
「うへぇ、軍の本部なんて初めてはいったが、うるせぇのなんのって。せっかくだからウチもうるさくすっか!?」
「アゼル、うるさくするのはやめろ」
参考人として、ミカとアゼルは軍の本部に入れられている。
ミカは考えていた。
(あの傷はBランクのモンスター、グリーヴァの爪痕に違いない。だが、あれは地上のモンスターだ。なぜ地上のモンスターが船に……)
少し考え、ミカはハッとした。
(密輸か……!)
以前聞いたことがあった。モンスターを軍事目的で使うため、一部の国家では秘密裏にモンスターの研究を行っている。
そういった国家にモンスターを売りつけるべく、密漁、密輸を行う冒険者、および闇商人が居るという。
(おおかた、モンスターに船内で逃げられ、壊滅したってことだろうが……捕まえられるのは、せいぜいBランク以下のモンスターばかり。A以上だと捕獲すら難しいと言われているから、船内には主にBランクのモンスターばかり、居たとしても少数のAランクだけのはずだ。それなら軍部でもなんとかなるだろう。しかし)
ミカが考えている、軍本部に、一人の女性が現れた。
周囲の軍人とは異なる軍服に身を包んだ長いブロンドの女性。その女性に対して、軍人たちが次々敬礼を行う。
「提督! いかがなさいましたか!」
「話は聞いている。この事態だ、私から直接指示を伝えに来た。おそらくはモンスターの密輸船であろう。Bランクから、Aランクのモンスターが潜んでいる可能性がある。軍部より、Aランクまでのモンスターを倒せる人員を集めろ。また、軍部と契約しているAランク冒険者パーティがあれば、召集。明日の夜明けと共に出航だ。いいな!」
その言葉に、軍人たちが全員敬礼をした。
そんなことには目もくれず、ミカは考える。
(あの臭いが気になる。あの男からは、『硫黄の臭い』がした。なぜ海上でそんな臭いが)
ミカが考えていると、ふと、アゼルが。
「海軍って大砲のついた船たくさんもってるんだろぉー? 大砲でモンスターぶっぱなしゃいいじゃん。ドカーン! って」
「アゼル、そんな簡単には……!」
思い出した。硫黄の臭い。それを発するBからAランクのモンスター。
「ボムバルーンだ……」
「あん? ミカァ、どうしたんだぜ?」
「ボムバルーンだ!!!」
ミカは提督へと駆け寄ろうとするも、軍人たちに止められてしまう。
「貴様! Dランク冒険者のくせに提督に近づくな!」
「そんなこと言ってる場合か! おい提督だったか! 夜明けじゃだめだ! 夜明けじゃ間に合わない!」
ミカの言葉に提督が返す。
「何を言っている。商人の話では、船底の倉庫に逃げ込んだと。そこならばまだ安心だという。私も早く助けたいことはやまやまだが、夜間は危険だ。それだけではない。人員が集めなければならない。Sランク冒険者でもいれば、話は違うがな」
「くっ……」
今の自分はDランク冒険者という扱い。自分が何を言っても信じられないだろう。
ハッとしたミカは、軍部の出口へと駆け出した。
「お、おい、ミカァ!」
「アゼル、帰ろう。やりたいことがある」
〇〇
ミカが海軍本部から出て1時間後。
軍部に存在する提督室。その扉を、一人の軍人が叩いた。
「入れ」
「提督、失礼します。ご報告があります」
「言ってみろ」
「Sランク冒険者のミルドレッド・ガルヴァトスが、提督にお話があると……」
「ほう、『元』Sランク冒険者の話か。面白い。通せ」
軍人は言われた通り、一人の男を提督室に招き入れた。
それはミカだ。とは言っても、現在は元の男性の姿。聖水を飲み、一時的に元の姿に戻っていた。
「貴様がミルドレッドか。元Sランク冒険者の」
「知ってるんだな」
王都から離れていると言えども、やはり軍の上層部といった、権限を持つ者には、ミカの事が伝わっていた。
「それで、話というのはなんだ?」
「ああ、手短に話す。あの密輸していた大型船には、ボムバルーンってモンスターが居る」
「ほう? ボムバルーンか。初めて聞く名前だ」
「このあたりじゃ生息していないし、レアモンスターだしな。こいつは風船のような姿をした、自爆するモンスターだ。とはいっても、そうそう自爆したりしない。何か外的から攻撃を受けるなど、危険を感知すると、『起爆準備』状態になる。この状態で攻撃をすると、大爆発を引き起こす」
「それが船に居ると。だが、攻撃しなければ良いのではないか?」
「そう簡単にはいかない。一度起爆準備状態になると、一定時間後に勝手に爆発するんだ。迷惑なモンスターだよ。こいつのせいで、いくつかダンジョンが吹っ飛んだ事例がある」
「つまり、そのボムバルーンは起爆準備状態になっていると。なぜわかる?」
「硫黄の臭いだ」
あの商人から漂ってきた硫黄の臭いのことだ。
「ボムバルーンは起爆準備状態になると、周囲に硫黄の臭いを放つ。おそらくあの商人は、モンスターから逃げている際、気づかずボムバルーンのそばを通ったんだろう」
「ふむ、なかなか面白い話だ。だが」
提督は机から立ち上がり、言い放つ。
「出航を早めることはできない」
「なぜだ!?」
「君はSランクパーティから『追放された』という登録がなされている。AからDのパーティであればともかく、Sランクからの追放、それはすなわち、君は王国より『信頼してはいけない』と念を押されているにふさわしい」
「だ、だが……」
「面白い嘘話であったよ。君に『追放』の事実がなければ、信じてしまっていたかもな。話は終わりだ。連れていけ」
提督が言うと、待機していた軍人がミカの両手をつかみ、外へと連れ出そうとした。
「商人達を見殺しにするのか!?」
「……」
提督は何も答えず、ミカが部屋から連れ出される様を見届けた。
ミカが居なくなってしばらく、軍人が提督室に報告に来る。
「ミルドレッドは追い出しました。まさかSランクパーティから追放された者だとは……以降、軍部には一切近づけません」
「そうか……では一つ、調査班に連絡を頼みたい」
「ハッ、なんでしょう!」
「ボムバルーンというモンスターについての情報を頼みたい。また、ボムバルーンと硫黄の臭いの関係性もだ」