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中編:抗いがたき、もふもふ本能 その1

 ヴェネシアートでドラゴニュートが暴れた一件から十日ほど経った頃。

 世間では大空洞を探索する『大攻略』の時期が近づき、高ランクの冒険者達は慌ただしくなっていた。

 さらにヴェネシアートのどこかにあるという、大空洞の二つ目の入り口の探査は続いており、様々な冒険者たちが、我こそはとこぞってヴェネシアートの周囲を探索していた。

 もっとも、それはAやSといった高ランク冒険者に限った話。Bランクであれば、Sランク冒険者達のサポートとして忙しいパーティもあるが、CやDに至っては、大空洞とはほとんど無関係。いつもと変わらず、ランクを上げるためと日銭を稼ぐためにダンジョンに挑み、依頼をこなす毎日だ。

 それは、青空の尻尾も変わらない。金銭的余裕があり、なおかつ実質的にSランク級の実力を持つ者がミカとリーナ、二人居るものの、過ごす毎日は、普通のCランクパーティと変わらなかった。

 ミカはパーティで依頼やダンジョン踏破をこなし、少しずつランクを上げようという方針。リーナもミカに従った。


「……どうしてこなった」


 ある日の昼。パーティハウスに居たミカは、自分の目の前で繰り広げられている光景を見て呟いた。

 そこは、パーティハウスの広間。広間に居たのは、リーナとシイカだった。

 リーナはいつものように、ミカの作ったお気に入りのソファに横たわっている。だが、そのすぐそばには、シイカが立っていた。

 そしてリーナは、シイカに懇願する。


「駄目、ほんと、尻尾は駄目なの! 今まで、今まで無かったから、まだ、全然慣れなくて……むずかゆくて……くすぐったいの!」

「……にゃ」


 シイカはというと、なぜかリーナの体を上から押さえつけ、ひたすらに尻尾をもみもみと揉んでいた。

 リーナは必至に、シイカに止めるように懇願する。その目には涙をためており、全身から汗が吹き出している。だらしなくよだれをたらし、顔は真っ赤っかだ。

 しかし、シイカは手を止める気配はなく、リーナのふさふさの狼尻尾を揉み続けていた。


「やめて、お願い! もう許して! あたしが、あたしが悪かったからぁ!」

「……むふー」


 シイカは表情一つ変えないものの、なぜか乗り気なのは見て取れた。

 そんな二人の様子を見て、ミカが再度呟く。


「……いや、どうしてこうなった」


 どうしてこうなったか。それはミカが広間にやってきた、ほんの十分前のことだ。


〇〇〇


「うーん、やっぱりこのソファ、最高だわ!」


 昼時。ミカの作った食事を終えたリーナは、ソファへダイブした。


「おいおいリーナ、行儀が悪いぞ」

「別にいいじゃないミカッ。今のあたしは、十歳くらいの子供の姿よ? ちょっとぐらい行儀悪くても許されるでしょ」

「おいおい、前の冷静で大人っぽいリーナはどこに行った?」

「ここにいますー。ちっちゃくなっちゃったから大人っぽくなくてもいいんですー」


 と、体が子供になってしまったことをいいことに、自由奔放にしているリーナを見て、ミカは呆れ笑いを浮かべた。

 今、青空の尻尾のメンバーはほとんどが外出している。


「ショーティアは用事でアゼルを連れて冒険者ギルドに。クロとルシュカは、何やら服の素材を買いにいった。となると」

「いま家に居るのは、あたしとミカッ、だけってことよね」


 ソファに座りなおし、ミカに言うリーナ。その瞬間だった。


「にゃっ」

「きゃっ! な、何よ!」


 ソファの影から突如として姿を表したシイカ。シイカは両手の親指を立てると、それを自分に向けた。自分を忘れるなとでも良いたげだった。


「えっと……シイカッだったっけ? あんた、無口なわりに存在感はあるわよね」

「むふー」

 

 すると、主張を終えたシイカは素早い動きでテーブルの下へと隠れてしまった。


「えっと、ミカッ。なんでシイカッは隠れるの?」

「ああ、恥ずかしがり屋なんだ」

「あれで恥ずかしがり屋なの!?」

「面白いだろ。ノリの良い恥ずかしがり屋って」


 すると、シイカがテーブルの下から片手を出し、親指を立てる。それを見たリーナは。


「……顔を合わせるのが苦手なタイプかしら? 恥ずかしがり屋なのは確かかもね、シイカッ」

「かな? にしてもリーナ、また訛りが出てるぞ」

「え? 出てる?」

「ああ。相変わらず名詞の『カ』のイントネーションが強い」

「あたしはわからないんだけど。この姿になっても、その訛りってのは治るわけじゃないのね」


 すると、リーナは右手を頭の上に伸ばした。その上には、ふさふさの狼耳が生えている。

 自身の狼耳をもふもふと触れるリーナ。次に、以前耳のあった側頭部に触れる。そこにヒューマン族の耳は無い。


「うーん、やっぱりいまだに慣れないわ。耳が上にあるなんて。音の聞こえ方も違うし」

「だろうな。俺だってまだ、この体には慣れきれてないよ」

「ふーん、トイレとかも? 今は座ってしてるの?」

「……リーナ。もっとデリカシーってものがだな」

「いいじゃない、別に減るものじゃないし」

「リーナはほんと明るくなった、というか子供っぽくなったな」

「それはそのまま返すわよミカッ。あんたも前より、子供っぽくなってるわ。時々『ヤバい』とか『キツい』とか言ってるけど、前は全然聞かなかったもの」

「そ、そうか? やっぱり心は体に引っ張られるものなのか?」


 と話していたところで、ミカも自身の尻尾に触れた。


「今となってはこの尻尾もあって当然だが、最初は本当に苦労したよ。今でも完全には慣れてないが」

「そうよね。あたしもミカッも、この獣のような尻尾や耳は後から生えてきたものだし、慣れろっていうのが難しいわよね」


 すると、自身の尻尾に触れていたリーナ。その尻尾に、ミカ以外の視線が向けられている。

 

「……な、なによシイカッ」


 シイカはテーブルの下から出ると、リーナの尻尾をじっと見ていた。


「ミカッ、なんでシイカッがこんなに見てくるの?」

「狼の尻尾が珍しいんじゃないか? もともと狼のリテール族は、世界的に見てもかなり少ない。リーナはリテール族とは正確には違うが……外見はリテール族そのものだ。シイカも物珍しいんだろう」


 リーナが自身の尻尾を右に動かす。シイカの視線もそちらへ移動する。

 次に左に動かす。シイカの視線も追従する。

 するとリーナは悪戯な笑みを浮かべて、シイカに尋ねた。


「尻尾、触りたい?」


 シイカが即座に、首を激しく縦に振った。

 リーナはシイカに自身の尻尾を近づける。そしてシイカがリーナの尻尾に触れたタイミングで。


「やっぱりだめー」


 とシイカから尻尾を離してしまった。

 リーナとしてはただの冗談だったのだろう。しかし、シイカはむすっとした表情を浮かべると、そのままリーナへと飛び込み、ソファへ押し倒してしまった。


「え、ちょ、シイカッ!? な、なにするのよ!?」

「……」

「な、何か言ってよ! わぅっ!?」


 シイカの手が、リーナの尻尾に触れた。そしてシイカは尻尾を揉み続け、表情こそ変わらないものの、楽しそうにしている。


「にゃ。にゃ。にゃ」

「ワぅっ! ちょ、ちょっと、駄目、それ、ほんとに、わぅっ! 人に触られると、とても敏感なの! だ、だから離して……ミカッ! 助けて! わぅっ!」

 

 ミカに助けを求める。しかしミカは。


「おー、楽しそうだな。それじゃ俺は、食器でも片付けてくるわ」

「うそでしょ!? お願い! 助け……わぅぅ!」


 尻尾を揉まれ、涙を目にためるリーナ。ミカは知らんとばかりに広間を出て、リーナはシイカが満足するまでの数十分間、尻尾を揉まれ続けた。


「……にゃ」


 ひとしきりリーナの尻尾を揉み終え、尻尾の感触が残る自身の手を見るシイカ。ソファの上では、リーナがぐったりとうなだれている。


 そしてこの時、誰も気づいていなかった。リーナの尻尾を揉み続けたシイカが、とあることに目覚めてしまったことに。

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