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一方その頃、王都では

 そこは王都の一角にある、貴族が住まう地域にある豪邸だった。

 その豪邸の食堂で、一人の老人が食事を取っていた。


「ほっほっ。悪くない味じゃ」


 食事を取っていたのは、以前王都のレストランで開かれた品評会に出ていた、一人の高齢のヒューマン族の男性だ。彼は高級な鳥のステーキを、ナイフとフォークで口に運んでいる。

 その男性の、テーブルを挟んで向かい側に、同じく一人の男性が座っていた。


「ロミアスよ。良いコックを雇っておるようじゃの」


 それは、同じく以前、レストランでの品評会に出ていたロミアスという男性だ。

 ロミアスはその老人に対して、尋ねた。


「して、あなたが私の自宅へやって来るなど、身に余る光栄でありますが、急なご来訪。いかがなご用件で?」

「そうじゃそうじゃ。実はお主に一つ尋ねたいことがあった」


 すると、その老人は懐から一枚の折りたたまれた紙を取り出し、ロミアスに手渡した。


「お主に以前にも話したかの。我には三人の息子と、八人の孫がおる」

「ええ、お伺いしました」

「そして、我の末の息子じゃが、一般の市民と恋に落ちての。貴族の肩書を捨て、ヴェネシアート近郊の都市に移住したのじゃ」

「なんともったいない。実質的に王以上の権力を持つ、元老院のメンバーであるグレアドス様の息子でありながら、その肩書を捨てるなどと」


 グレアドス。それが老人の名前だ。

 まるでグレアドスの息子をけなすように言ったロミアスに、グレアドスが言った。


「むしろ、我は息子を褒めてやりたいところだ。我も最初は、息子の恋人を貴族として迎え入れるつもりであった。じゃが、息子は貴族に一般市民を迎え入れたことで、我の名が落としたくないと言ったのじゃ。じゃが、息子は恋人を捨てることもしなかった。兄弟らと相談し、穏便に貴族の肩書を捨て、恋人、そして娘と共に、市民として生きることを選んだのじゃ」

「それは初耳ですね」

「我とて、元老院や王、そして貴族といった血筋による決めつけは、もはや古いと考えておる。もしも今の時代に、本当に元老院が不要であるならば、いつでも席を新しい若者に譲るつもりじゃ」

「……それで、まさかそんな昔話をしに来たわけではないでしょう?」


 ロミアスが尋ねる。するとグレアドスは。


「我の息子家族は、ヴェネシアート近郊にある、川沿いの町に住んでおる。息子の娘は、それはそれは可愛くてな。リテール族の母から受け継いだ可愛らしい耳と尻尾で、豊かに感情表現するんじゃ。何度かお忍びで会いに行ったことがあっての。我を『おじいちゃん』と呼んで、それはそれはもう、可愛く、大切な孫じゃ。名前は、アイリンという」


 すると、グレアドスは椅子から立ち上がり、歩きながら語り始めた。


「じゃが、アイリンは暴漢に襲われた。一生消えない傷も残された。アイリンを襲った者は、ヒュートックじゃ。特徴的なマスクをかぶっておったとのことじゃから、間違いない」

「ほう、それは大変でしたね……」

「して、しばらく前にヒュートックの活動を行い、追われていたものがおった。そやつの情報と似顔絵が出回っての。それを見た孫娘、『間違いない。この人に襲われた』と言ったんじゃ。マスク以外、体型、輪郭、ほくろの位置、髪型、全てが一致しておったそうじゃ」


 グレアドスはロミアスの側に立ち止まる。まるで睨みつけるようにロミアスを見ながら、言った。


「先ほど渡した紙を開くが良い。そやつが、我の孫を襲った者じゃ」


 ロミアスが折りたたまれた紙を開く。そこには、一人の青年が描かれていた。


「……ふむ、私のバカ息子、ライアスですね」

「そうじゃ。貴様の息子が、我が孫娘に一生残る傷をつけおったのじゃ」

「そうですか。ですが、バカ息子が勝手にやったことです。まさか子供が勝手にしでかしたことで、私に罪を問うのですか? このバカ息子のせいで、私がどれだけの損を被ったか。全く……あれだけ金をかけて育ててやり、冒険者になると言い出したときは、私からの口添えでBランクまでパーティを上げてやったのに、この体たらくですよ。息子がヒュートックとわかり、私がどれだけ迷惑しているか」

「そうかそうか、お主は自分に、子供のしでかしたことの責任は無いと申すか」

「当然でしょう。子供がしでかしたことは、親である私が責任を負う必要はない。逆に、親の責任を子に押し付ける気もありません。当然でしょう?」

「そうかそうか」


 グレアドスが、再度食堂の中を歩き始めた。

 コツン、コツンと足音が響き渡る。


「お主の言うことは否定せんよ。子は親を選べず、親も子を意のままにはできぬ。じゃが、子は親に育てられ、親も子に影響される。もし愛があるのであれば、親は子を守ろうとし、子も親を守ろうとする。そのはずじゃ」


 テーブルを挟み、ロミアスの向かい側に経ったグレアドスは、なおもロミアスに話し続ける。


「お主が急進派だということは知っておる。我に取り入ろうとしていたことも知っておる。そして、ライアスがヒュートックであることは、育ての親であるお主に大きく影響されたのだろうとも考えておった。調べさせてわかったのだよ。お主も、かつてヒュートックとして活動しておったとな」


 ロミアスが眉をひそめる。そんなロミアスを見ながら、グレアドスが話し続ける。


「ライアスが身に着けた赤いマスク。ヒュートックを表すマスクに、お主の名前が刻まれておったそうだ。お主の屋敷のどこかに隠していたのを、ライアスが見つけたんじゃろて」

「……しかし、明確な証拠にはならないでしょう。それに、真実だとしても、それは過去の話です。明確な証拠が無ければ、私を罪には問えない」

「そうじゃの。じゃが、お主の影響でライアスはヒュートックになった。それは間違いなかろう」

「しかし、あなたのお孫さんを襲ったのも、全て息子がしたことです。私に責任はありません」


 ロミアスは、あくまで息子が勝手に犯した犯罪であり、自分には罪が無いと主張し続けた。

 それにグレアドスが、ゆっくりと怒りを表情を露わにする。


「……ここに来るまでに考えておった。どんなに愛しても、子は親を裏切ることがある。それは人である以上、仕方のないことじゃ。ゆえに、もしもお主が子を愛していたのなら、子を愛して、子の行いに負い目を感じておるのなら、お主を罪に問わずにおこうと考えておった」

「何を言ってるのです。既に私は息子の行いで、名誉を傷つけられているのですよ。そこでに、さらに罪に問おうというのですか? 何より、私は罪には問えませんよ。全て息子のやったことです」

「そうじゃの。ところで、一つ思い出したんじゃ」


 するとグレアドスは、さらにもう一枚、懐から丸めた紙を取り出した。


「大昔、亡くなったお主の父親じゃが、我に借金をしておってな。あまりに多額の借金で、それこそ今のお主の財産全てを奪えるほどじゃ。我にとっては小遣い程度じゃがな。幼いお主も保証人となっておった。我にはいつでもこれを取り立てることができる契約をしておってな、効力もお主の父親と交わした契約で、無期限じゃ」


 グレアドスが丸めた紙を広げた。それは借用書だ。ロミアスの父の名前と、その下にロミアスの名前が綴られている。


「親が勝手に残した借金じゃ。我はこれをお主に取り立てることなく、墓場まで持って行こうと考えておった。じゃが、気が変わったわい」


 グレアドスが借用書をテーブルに叩きつけた。

 

「ライアスの行い。その責任の一旦はお主にもあることは明確。そして、お主はあまりに無責任じゃ。失望したわい。お主の父親の残した借金、今月中に耳をそろえて返してもらうぞい」

「……裁判を起こしますよ?」

「この借用書の前で、お主が勝てるとでも?」


 ロミアスが下唇をかみしめた。その頬には、冷汗が伝っている。


「我はこれにて帰らせてもらうとしよう。我を背中から刺そうなどとは思わぬことじゃ。死ぬよりも辛いことになる」


 そう言って、グレアドスは食堂から立ち去った。

 残されたロミアスは、テーブルに両手を叩きつけた。その顔には、行き場のない怒りが浮かんでいた。


〇〇〇


 ロミアスの屋敷から出たグレアドス。そこへ、一人の子供が駈けつけた。


「おじいちゃーん!」


 それは十歳に満たない、幼い女の子だ。耳が長い、エルフ族の子供だ。

 周囲に護衛を連れたその子供が、グレアドスの胸元に飛び込んだ。


「おお、ジョセフ! ヴェネシアートから戻ったか!」


 グレアドスはその子供の頭をなでながら言った。子供は笑顔を浮かべて、グレアドスに答えた。


「うん! ヴェネシアートから帰って来たよ!」

「良かったわい……ヴェネシアートで、ドラゴニュートが現れたと聞く。今、城では会議が開かれているところじゃ。ジョセフもドラゴニュートに出会ったと聞いて、肝が冷えたわい」

「びっくりしたよ! だって広場で護衛の人たちとお買い物してたら、突然ドラゴンが現れるんだもん。護衛の人もみんなやられちゃって……でも、リテール族のお姉さんが助けてくれたの!」

「ほう、リテール族のか!」

「うん! 優しいお姉ちゃんだったなぁ……なんだか、前におじいちゃんに連れられて会った、教皇様を思い出したよ!」

「ほっほっ……いつかそのリテール族の子にも、礼をせねばなるまいな」


 そう言うとグレアドスは、城の方を見上げて、呟いた。


「さて、会議の方はどうなっておるかの」


〇〇〇


 城の中を、アンジェラ王女が歩いていた。その力強い足音からは、怒りを感じることができる。

 城の廊下を歩いていたアンジェラだったが、とある者に呼び止められた。


「おい、会議はどうだった?」


 廊下の角。そこに、一人の青年が立っていた。その青年の名を、いらだちを隠せないアンジェラが呼ぶ。

 

「ブライアン……どこ行ってたのよ? こんな大変なときに」

「さーてね、次期王様が何やろうと勝手だろ? それで、会議はどうなったって聞いてるんだ」


 高圧的な態度を取るブライアンに、アンジェラはいらだちながらも答えた。


「ヴェネシアートで受け取った、あのキメラ術式が組み込まれた棘。あの脅威を各国の代表に伝えることはできたわ。だけれど、皆口を揃えて対策よりも、『近く開かれる、大空洞の探索、つまり【大攻略】を優先したい』って言うのよ」

「そりゃそうだろうさ。大空洞の探索も、残り二週間後に迫っている。皆バレンガルドの属国とは言え、自国に所属する冒険者が、大空洞でこれまでにない遺物を手に入れれば、国の戦力は大きく増強される。バレンガルドが遺物を手に入れ、属国を複数持つ大陸一の国家となったようにな。だから、各国はSランク冒険者を支援して、大空洞探索を優先したいわけだ」

「下手したらバレンガルドより属国が強くなるかもね。大空洞で手に入れた物は、冒険者のもの。すなわち、冒険者の所属する国の物にもなる。この決まりのおかげで戦争が何度も回避されたけれど、だからと言ってこういう時に大空洞の探索を優先するなんて……大空洞の探索中はSランク冒険者が少なくなる。その時にドラゴニュートが町に現れたら、それこそ大惨事よ」


 ドラゴニュートの対策を取る。それはすなわち、屈強な者を各町に配置しなければならない。そうなると、大攻略に参加できるSランク冒険者も、必然的に減ることとなる。

 

「王……お父様も丸め込まれちゃったし、私も出来る限りのことはするけれど、ドラゴニュートが町中に現れないよう、祈るしかないわね」

「そうだな。ま、俺も何か対策考えておくよ」

「変わり者って有名なブライアン王子様が良く言うわ」

「……ところでアンジェラ。もう一つ聞きたい」


 もう一つ。そう言ってブライアンがアンジェラに尋ねたのは。


「会議に出てた属国の代表たち、お前の話を聞いた時、どんな反応をしてた?」

「どんな反応? みんな驚いていたわね。最初は皆信じていなかったけれど。でも何人か……人間がドラゴニュートに変身したって話を、本気で信じてたのも居たわ」

「そうか。そりゃ驚くだろうな。っと、呼び止めて悪かったな。俺は行くわ」


 そう言って、ブライアンはその場から立ち去っていった。


「……ほんとあの兄は、何を考えているんだか」


 〇〇〇


 城の一角。自室へと戻ったブライアンが、机の上に一冊の本と地図を広げた。


「ふぅ、家族の前で演技をするのは、疲れますね。まぁ、十年以上も続けていれば、慣れたものですが。にしても、預言書の中身を知る者が、どうやら属国にも何人か居るようですね。恐れおののいたことでしょう。預言書の一説が真実となったのですから」


 ブライアンが、広げた地図の一部を指さす。地図には複数円が描かれており、そのうちの一つ、ヴェネシアートにあたる部分にも円が描かれている。


「ヴェネシアートの研究所の痕跡は消しました。リーナはもう放っても問題はないでしょう。彼女から私にはたどり着けませんし、術式も彼女の体内からは消えています。確保しようとするほうがリスクが高い」


 ブライアンはヴェネシアートに描かれた円の上に、筆でバツ印を付けた。


「しかし実験中に、モンスター同士を掛け合わせた熊型のキメラが逃げていたようですね。どうやら少し強いモンスターとして冒険者に狩られたようですが。逃がした研究員は実験の素材として、処分しておきましょう」


 そしてブライアンは、地図の側に置かれた本。その開かれた本の一ページ、そこに描かれた絵を、指でなぞった。


「属国なぞ、取るに足りません。我らがバレンガルドこそ、世界を統べるのです。預言書に従い、描かれた英雄に、私がなることで……」


 その絵には、大量のモンスターを従える一人のヒューマン族が描かれていた。そしてその姿は、どことなくブライアンに似ていた。



これにて2章、ヒュートック編終わりです!

ここまで読んでいただきありがとうございました!

次からしばらく幕間となります!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 85/93 ・ライアスがちょろいw これは美少女になるしかねぇ!(それか男のまま掘……いや何でもない) ・海軍がいい職場で良かった。
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