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37話 猫耳ソーサラーとサポートヒーラー

 一週間が経った頃には、ヴェネシアートの混乱も納まっていた。

 町中に突如現れたドラゴニュート。その噂は瞬く間に広まり、多くの人々が一時恐怖した。

 だが、多くの重傷者を出し、多数の人々が入院したものの、結果的に死者はゼロだった。これはミカやショーティアを含めた、ヒーラーの活躍が大きい。

 Sランク、もしくはそれ以上のランクに分類されるであろう、ドラゴニュートが突如出現しながらも死者をゼロで抑えた事実は、逆に人々に安心感を与えた。

 そしてヴェネシアートは大陸有数の、貿易の玄関口である。ドラゴニュートが暴れたあとも、商人たちは商売を続けたことや、海軍の尽力もあり、混乱は瞬く間に収まった。

 だがしかし、町中で突如ドラゴニュートが現れた事は事実。海軍提督モニカより報告を受けたアンジェラ王女は、事のあらましや、同様の事件が他の町で起こりうる事実を父であるバレンガルド王に報告。王はバレンガルドの属国の代表を集め、対策会議を開くことを決定した。


 そして、冒険者達の間ではとある噂が広まっていた。Sランク、いや、S+ランクに匹敵する強さを持つドラゴニュートを倒したのは、低ランクのパーティだと。だが、それはあくまで噂とされていた。


「……納得いかないぜー!」


 青空の尻尾のパーティハウス。広間には、クロを除いた皆が居る。広間のソファに座るアゼルは、不満を口にしていた。


「ウチら活躍しただろ? ミカァの活躍がほとんどとはいえ、ウチらだってがんばっただろ!? なのに、なんで活躍が無かったことになっちまってるんだよー!」


 確かに青空の尻尾は活躍した。

 最初にレストランにライアスが現れた際も、ショーティアがライアスに襲われた冒険者にヒールをかけたおかげで大事に至らず、ルシュカ、シイカ、そしてアゼルが連携し、ルシュカの攻撃でライアスを壁に叩きつけ、短時間とは言え、一時的に無力化したというのも事実。

 そしてその活躍を、多くの冒険者が見ていたはずだった。

 しかし、レストランの一件は、ライアスにより周囲がパニックに陥ったために、多くの冒険者がその時の事を明確に説明できなかった。正しく証言した冒険者も居たが、『Cランクパーティが一時的にでも無力化できるはずがない』と信じてもらえなかった。

 そしてドラゴニュートと化したライアスを止めたのは、一番にミカなのは事実。そしてアゼル、クロ、リーナも大きな活躍をした。それは多くの冒険者、海兵や一般市民も見ていた。

 だが、そこでも『Cランクパーティがそんな活躍をできるはずがない』と言われ、ミカたちがライアスを倒せたのは、事前に提督やSランク冒険者、海兵たちがライアスを消耗させていたからだ、ということになってしまった。

 そんなこともあり、冒険者ギルドからは『ドラゴニュートを倒せたのは、言わば漁夫の利のようなものであり、パーティ自体の実力ではない』と判断され、結局活躍は冒険者ギルドに一切評価されなかった。そればかりか、ドラゴニュートにやられたSランク冒険者達の評価が上がることになってしまった。


「ウチは納得いかねー!」

「そうね。なんだか紅蓮の閃光での事を思い出して胸糞がわるいわ。正しい評価がされないなんて」


 アゼルに続いてリーナも不満を口にした。それに対してルシュカも。


「自分が聞いた話では、冒険者ギルドがそう判断したなら、それが事実と他の冒険者達も考えているようであります」


 不満を口にする三人であったが、ショーティアがそれをたしなめる。


「あらあら。皆さん、確かに正しく評価されないのは悲しいですが……皆さんが無事で何よりですわ。それに、冒険者ギルドからは評価されませんでしたが、一部の冒険者の方々や、海軍の方からは、大きな信頼を得ることができましたわ」


 事実、レストランでショーティア達に救われた冒険者達は、青空の尻尾を認知し、感謝を述べてくれた。

 また、広場でライアスを倒した姿を見た海兵達は、青空の尻尾に対して全幅の信頼を寄せるようになり、町で出会えば敬礼され、親しみ深く接してくるようになっている。

 ショーティアに続いて、ミカも言う。


「ほんと、皆が無事で良かった。リーナの変身の件も、ひとまずは解決したしな」

「なんかあたし、もう完全にここに馴染んでる気がするわ。皆には改めて感謝しないとね」


 と言ったところで、リーナが周囲を見渡し、クロが居ないことに気づく。


「そう言えばガリ猫は?」

「ああ、クロならあいつに会いに行ってるよ」


 ミカが応える。ミカの言う、あいつというのは。


〇〇〇


「この先です」


 ヴェネシアートの制服を着た兵士が言った。

 そこはヴェネシアート郊外にある、収容所の一角。危険な犯罪者や、一部の危険なモンスターなどを収容している、魔力で強化された煉瓦造り外壁に囲まれた、城のような建物だ。

 その収容所の中でも、とくに強固に結界が貼られた建物。そこへ兵士に案内されやってきたのは、クロだった。

 クロは兵士に連れられ、その建物に入る。その建物の中央には、牢屋が設置されている。

その中の人物が、クロの存在に気づいた。


「おやおや、おやおや、黒猫じゃないですかぁ!」


 その中に居たのは、囚人服を着せられ、首にミカ特製の首輪を着けられたライアスだ。

 ライアスはクロの存在に気づくと、牢屋の檻に手をかけて、クロに懇願するように言った。


「ここから出して欲しいんですよねぇ。ほら、元パーティの仲でしょう?」


 かつて所属していた自分のパーティの、パーティリーダー。あまりにも堕ちた姿に、クロはため息を着いた。


「出すわけが無いだろう。あれほどの被害を出しておいて」

「いいじゃないですか、出してくれても。もう知っていることは話したんだよねぇ。あの男に刺されて、力を手にしたこととか、男の顔はよくわからないかったけれどねぇ」

「王女様も困ってたね。ライアスから手に入る情報が少なすぎって」


 そしてクロが自分を出す気が無いことに気づいたライアスは、懇願する様相から、まるで侮蔑するような表情に変わる。


「おい、黒猫。下等種族のくせに。満足か? 私がこうして檻に入れられて、見下せるのが」

「別に」

「ふん、お前に何がわかる。私はヒューマン族だぞ? お前のような下等種族とは違う」

「……今ならわかるよ。今まで、自分の『産まれ』以外で誰からも尊敬されたことが無かったんだね」


 クロの言葉に、ライアスがはっとした表情を浮かべた。そして、なおもクロは続ける。


「自分の産まれや、先天的な力。それしか、誇れるものがなかった。だから、ヒュートックのような考えに染まったんだろう。でも」


 クロは拳を強く握りしめた。


「……最初にパーティに誘われたとき。僕はうれしかった。そしてあの時は、僕にとってライアスは憧れだったんだ」

「憧れ……私が……?」

「あの時から性格は悪かったからね。決して好きにはなれなかった。けれど、冒険者パーティとして、僕を誘ってくれた。駆け出しの冒険者だった僕には、輝いて見えたよ。Bランクパーティのリーダーの姿はね」

「私に、憧れていてくれたのか……? 貴族の私ではなく、ヒューマンの私ではなく。今まで、誰にも、そんな」


 ライアスが動揺を露わにする。今までライアスが持っていた、貴族であること。ヒューマンであることの誇り。ライアスにとって、誇るものはそれしか無かった。産まれてこの方、その部分しか他者に注目されていなかったからだ。

 だが、今初めて、ライアスは他者から憧れを口にされた。他者からの注目を口にされた。


「私が憧れられていた……そんな、嘘だ……嘘だ!」

「……注目されたかったんだろう? 他人から」


 ライアスが心の底で求めていたのは、他者からの注目。だがライアス自身、能力は高くない。だから貴族であること、ヒューマンであることという産まれながらのもので、注目されようとした。

 生まれながらのもので注目されるには、他者が自分より下でなくてはならない。だから、他人を見下し、自分が上に立とうとした。

 だが事実、ライアスはそれ以外でも、憧れと言う形の注目を受けていた。それを手放したのは、紛れもない。ライアス自身だ。


「今日僕が来たのは、決別のためだ。もしかしたらライアスに会って、何か感じるものがあるのかもしれないと思って来てみたけれど」


 クロがライアスに背を向ける。


「わかったのは、君のことが大嫌いだということだ」


 かつて父親に暴力を振るわれ、以前のパーティではライアスに襲われかけ、ヒューマン族に苦手意識が芽生えてしまった。しかし。


「父親やライアスにひどいことをされて、ヒューマン族は怖いものなんだって思ってた。けど」


 クロはミカに出会った。外見こそリテール族の女の子だが、中身はヒューマン族の男性であるミカに出会った。

 自分に、両親よりも優しく接してくれる男性。ミカに出会ったことで、クロは気づいた。


「人は十人十色。皆違うんだ。良い人も居れば悪い人も居る。男性だから、この種族だからってだけで、嫌い、好き、自分が上、自分が下って考えたら、知らないうちに色んな人を傷つけるんだって」


 そしてクロは牢屋から離れながら、言った。


「ありがとうライアス。あのとき僕をパーティに誘ってくれて。おかげで僕は青空の尻尾の皆に、そしてミカに出会えた。そして、二度とお前には会いたくない。あの時の憧れは、今となっては最悪の思い出だ。さようなら」


 その言葉を聞いたライアス。

 自分に憧れという形で注目してくれたクロ。

 もしもライアスが種族や生まれで見下していなければ、もっと違うことで、他者から注目される術はあっただろう。ライアスはそれに気づいた。だが、全てが遅かった。


「ま、待ってほしいねぇ! 黒猫、いや、クロ! もう一度だけ、もう一度だけやり直させてほしい! お願いします、待ってください、美しいリテール族のクロ様ぁ!」


 クロを呼び止めようとするライアス。だが、もはやクロの意識はライアスに無く、クロは別のことを考えていた。


「さてと。明日のミカとのお買い物、楽しみだ」


〇〇〇


 そして翌日。クロの姿は、ヴェネシアートの市場にあった。


「ミカ、これなんてどうだい?」

「お? このハーブは悪くないな。今日の晩御飯に使おう。買いだ」


 クロはミカと共に、市場へ買い物に来ていた。

 つい先日、ドラゴニュートが暴れた町とは思えないほど、市場は活気に満ちている。同時に、人の往来は多かった。


「ふぅ。ミカ、今日も人がすごいね……って、うわっ!」


 クロとミカが市場の中を歩いていたときだ。クロは同じく歩いていた、他人とぶつかってしまい、しりもちをついた。


「クロ、大丈夫か!?」

「うん、大丈夫だよ」


 しりもちをついたクロが見上げると、そこには自分にぶつかってしまった者の姿が。それは、クロも知っている人物だった!


「がっはっは! すまないすまない! よそ見をしていた!」

「ちょっとぉカゴン。よりにもよって知り合いにぶつかる?」


 それは、先日ダルフィアで出会ったカゴンとキリザだった。


「がっはっは! いやはや、ダルフィアのアリーナで稼いだゆえ、魔鏡石を探しにまたここに来たはいいが、まさか君にぶつかってしまうとは! すまなかった!」


 そう言いながら、カゴンがクロに右手を差し出した。

 するとクロは、ヒューマン族の男性であるカゴンの手を取り、立ち上がる。


「ふぅ、ちょっと痛かったよ」

「すまんすまん! またレストランでご馳走してやろう! それで許せ!」

「仕方ないね。あのレストランは壊れちゃったけど、再建するらしいから、そしたらご馳走してもらおうかな」


 と、クロは笑いながら言った。そんなクロの手を、ミカが取る。


「なんだい、ミカ」

「クロ。しりもちをついたときに、手を少し怪我したみたいだ」


 そう言うと、ミカは少し傷ついたクロの手にヒールをかける。


「よし、ヒール完了だ……ん? どうした?」


 自分の顔を見つめるクロに、ミカがが首をかしげる。そんなミカに、クロは優しい笑みを浮かべながら、答えた。


「ふふっ。なんでもないよ、ミカ」

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