36話 猫耳パーティと提督
「終わってみると、案外あっけないものね」
リーナが言った。今、倒れているライアスの側に、ミカ達四人が立っている。
その中の一人、クロはミカに感謝を述べた。
「ミカ、ありがとう。ミカのサポートがあったおかげで、気兼ねなく魔力を分析できた。いや、ミカだけじゃない、アゼルやリーナも……」
と二人にクロが感謝を述べようとしたところで。アゼルがクロに抱きついた。
「クロォ! お前やるじゃん! リーナからライアスを離すためによぉ、自分の腕を斬りつけて、おびき寄せるなんてなぁ!」
「あそこはあれが一番と考えたんだ。ミカやアゼルも側に居た。それに、魔力の分析は近づけば近づくほどやりやすい。良いタイミングで、牙を見つけられて良かったよ」
「ガリ猫の癖にはやるじゃない。ほんのちょこっとだけ見直したわ」
「へぇ、リーナが僕を認めてくれるなんて意外だ」
「ちょこっとだけよ、本当にちょこっとだけ。あ、そうだ。ミカッ、これ」
そう言って、リーナはミカに一本の牙を手渡した。
「あいつの体の中にあったものよ。棘に見えたけど、これは何かの牙ね」
「ああ。グレイドラゴンの牙だな。俺が持っておこう。それとリーナ、血は大丈夫だったか?」
先ほど口に血が入り込んだリーナ。ミカが尋ねると。
「う……そういえば、体が熱い……変身しそう……」
「なんだって!?」
ミカを含め、リーナを覗いた3人が身構える。しかし。
「……なーんちゃって。体に異常は無いわよ?」
といたずらな笑みを浮かべたリーナ。それに対してクロは。
「リーナ、言っていい冗談と駄目な冗談がある。今のは駄目なほうだ」
「何よ、ガリ猫は真面目ね。冗談も通じやしない」
「ウチはちょっと面白かったぜ! あれ、でもミカァ、なんでリーナは変身しねぇんだ?」
アゼルはミカに尋ねる。すると、ミカはリーナの首元を指さした。
「リーナに首輪を作った。内部に魔法陣を埋め込んで、特定の魔力を含んだ血が通る、際、その魔力をリーナ自身の魔力で打ち消す効果がある」
「ミカァ、特定の魔力ってなんだ?」
「処女の血、って奴っだな。処女も童貞も、そうでない人と少し魔力の質が違ってな。とは言っても、魔法使いの実力に影響が出るようなものでは無いんだが、この特定の質を好むモンスターが居てな。ユニコーンとかはその最たる例だな。その魔力が変身のトリガーになっているのは間違いなさそうだから、腹に入って吸収される前に、血に含まれた魔力を打ち消すようにした」
その結果、リーナは血を口にしても、変身することは無くなった。
説明を聞いたアゼルは首をかしげる。まったく理解していない様子であったが。
「ま、リーナが変身しなくなったなら安心だな! あの王女様にも報告しないとな!」
「そうだな。っと、その前に広場の魔法障壁を解除するか」
ミカが指をパチンと鳴らすと、広場に張っていた魔法障壁が解除された。
周囲を囲んでいた魔法障壁が解除されたことで、広場に一気に人々がなだれ込む。
なだれ込む人々の中には。
「ミカさん!」
「ショーティアさん! 傷はどうだ?」
「ええ、おかげさまでほとんど回復しましたわ。この度はふがいないところをお見せして、申し訳ありません」
ショーティア、そしてルシュカとシイカも、ミカ達のもとへと駆けつけた。
「自分もかっこわるいでありますー! 戦いに参加できずに、悔しいであります!」
「……にゃ」
怪我をしていたことで戦いに参加できなかったルシュカとシイカ。二人はくやしさを滲みだしていた。
そんな三人を、ミカは労う。
「仕方ないさ。だって怪我をしていたのだし。おそらくだが、ルシュカとシイカの怪我は、ショーティアを守るためのものだろ?」
ミカが尋ねた問いに答えたのはアゼルだ。
「さすがだなミカァ! ショーティアが子供をかばって怪我をしてさ。ルシュカとシイカがショーティアを守ろうとして、怪我したんだ。ウチはそのときタイミング悪くて、他の怪我をしてたやつを担いでて、守りきれなかったんだ」
「そうか。二人はショーティアを守った。そしてショーティアも子供をかばった。皆、すごいと思うよ」
「わたくしなんてとても……一番すごいのはやはり」
ショーティアが倒れているライアスを見る。あれほど多くの人々を傷つけたライアスが、今は元のヒューマンの姿に戻り、地面に倒れている。
「ミカさん、やはりすごいですわ」
「皆の力があってこそだよ。俺一人じゃ、もっと時間がかかってた」
「そうよそうよ。もっとあたし達を褒めなさい?」
リーナがふんぞり返る。そんなリーナにクロが。
「リーナ、空気読もうよ」
「活躍したのは事実だからいいじゃない。ま、確かにミカッには勝てないけど」
すると、談笑している7人の元へ近づく人物が一人。
「……青空の尻尾だな」
それは提督だった。ミカの持続回復の陣で回復した提督が、刀の納まった鞘を杖替わりにしながらも、ミカ達の身元へやってきた。
「君たちには感謝してもしきれないな。そして何より」
提督はちらりとリーナを見た。口元に血がついているのに、変身する気配は一切無い。
「アンジェラから話を聞いたときには驚いたが、本当に解決するとはな。アンジェラの推薦は正しかったわけだな」
そして次にライアスの方を見た提督は。
「奴は動く気配は無いな……後程、リーナ、彼女を変身させないようにした術を教えてほしい。奴はしばらくは大丈夫そうだが、回復されたらやっかいだ。ひとまずは、ヴェネシアート領内で一番厳重な牢に入れておこう。あとは、私達にまかせてほしい」
すると、周囲の兵士たちが作業をしつつも、提督の側へ集まってきた。一斉に整列すると、ミカ達に向かって敬礼をした。
それに続くように、提督が言う。
「後日、正式に礼をさせてくれ。本当に助かった。感謝する。この場は私達にまかせておけ」
と言って、まず兵士たちが離れてゆく。そして提督もその場を離れようとしたが、ショーティアが声をかけた。
「あの、よろしければわたくしもお手伝い致しますわ」
「まかせておけと言っただろう」
「いえ、周りを見る限り、ヒーラーが足りていません。わたくしはもう動ける程度になっています。わたくしにも、お手伝いをさせてください」
「自分も手伝うであります! 兵士さんたちも沢山傷ついてるであります。瓦礫の下敷きになった人を助けるくらい、自分もできるであります!」
「……にゃ」
シイカは無言で、何かの袋を取り出した。その袋には、へたくそな字で『止血薬』と書かれている
三人だけではない。
「ウチも手伝うぜ。いちおーさ、ウチらのパーティって、海軍と特別契約ってのしてるだろ? こういうときこそ、助け合わねーとな! けが人の運搬ならまかせとけ!」
「あたしは……そうね。あいつ、ライアスを牢に連行するんでしょ? あたしもついていくわ。似たような存在だし、何かあればすぐ気づけるだろうしね」
「僕も行こう。僕ならライアスの魔力の変化にすぐ気づけるよ」
「ガリ猫、あたしだけで十分よ」
「む、ならなおさら引けないね」
早速言い合いを始めてしまう二人。そしてミカは。
「提督、俺はすぐに、ライアスの変身を止めるための首輪を作って来る。まぁ、素材は町で調達するとして、1時間はかからないよ」
傷つき、戦いで疲れながらも、周囲の人の助けになろうとする青空の尻尾たち。
そんな彼女たちを見て、提督が感心しつつも一言、こう言った。
「……うむ、良いパーティだ」




