34話 猫耳パーティVSドラゴニュート
「なんだよこれ……」
ヴェネシアートへとたどり着いたミカが呟く。
ヴェネシアートでも比較的広めの広場。周囲にはレストランや武具屋、道具屋や土産屋など、どちらかというと外様向けの店が立ち並ぶ広場だ。
人の行き交いも多く、活気あふれる広場だった。
だが、現状は見る影もない。
周囲の建物は崩れ、瓦礫の山と化していた。
広場には、傷つき倒れる人々。一般市民も居れば、海軍の兵士、冒険者らしき者も数多い。
見れば、明らかにAランク、あるいはSランク級の装備をつけた冒険者や、武装した兵士も倒れており、力強いタンククラスの者が彼らを安全な場所へ運び、ヒーラーが傷ついた者たちをヒールしていた。
そんなタンクやヒーラーたちも、ほとんどが傷を負っている。
この惨状を引き起こしたのが何者か、ミカはすぐにわかった。
「あいつか……!」
ミカの視線の先。広場の中央には、灰色のドラゴニュートが佇んでいる。
冒険者や兵士たちは奴に挑み、次々返り討ちに合っていた。
しかし、それでも冒険者や兵士はドラゴンに挑みかかる。
『冒険者達にも告ぐ! ドラゴンを絶対にこの広場から出すな!』
『あったりめぇよ! これ以上被害を出させてたまるか!』
彼らは懸命に、ドラゴンを広場の中に押しとどめようとしていた。
「ミカ、僕たちもドラゴンを……」
「いや、ここは俺だけで行く。あいつはSランク……いや、Sランク冒険者も倒されている。S+だ。危険すぎる。ここは俺一人で……」
と、逃げ惑う人々の中を進むミカであったが、その途中、傷ついた者が集まり、半ば野戦病院と化している広場の近くの路地が、視界にうつる。そこには。
「ショーティア! みんな!」
そこには傷ついた、青空の尻尾のメンバーが。
路地の壁にもたれかかりながら、腹を押さえるシイカ。傷ついた右足を引きずるルシュカ。アゼルは比較的無事であった。
一番重傷だったのはショーティアだった。まるで切り裂かれたかのような傷が、全身についている。身に着けたローブもボロボロで、そこから見える肌は血で染まっており、意識も無い様子だ。
その時、ミカの存在にアゼルが気づいた。
「み、ミカァ! それにクロも! 良かった、来てくれたんだな!」
「くそっ、みんなあのドラゴンに……?」
「そうであります! それより、ヒーラーが足りていないであります! ショーティアどのの回復をお願いしたいであります! ショーティアどのは、広場に居た子供をかばって……」
「もちろんだ……迅速回復術式!」
ミカがヒールをかけると、ショーティアの体の傷がみるみるうちに消えてゆく。
だがショーティアだけではない。この場には、多数の重傷者が居る。
「一人一人に回復かけてる暇は無いな……回復術式展開、持続回復の魔法陣を敷く」
そう言うと、ミカが空中で魔法陣を描き、魔力により空中に浮かび上がった魔法陣を、地面に押し付けた。すると、その魔法陣は路地一帯に広がり、中に居る人々を回復してゆく。
「おお、すごいであります! 体の傷が治って行くであります!」
「……にゃ」
「やっぱミカァはすげぇな! よし、それじゃウチらも、もう一度あいつに」
「いや、駄目だ。傷の完治までは時間がかかる。まずは俺が一人で行く」
「お、おいミカァ!」
そう言ってミカは広場の方へと駆け出した。だがその後ろには。
「クロ、なんで着いてきてる!」
「ミカ、どうしても確かめたいことがあるんだ。あのドラゴンから、見知った魔力を感じるんだ」
「見知った魔力?」
「ああ。だから、もう少しだけ近くで確かめたい。でも、ミカの邪魔にならないよう、広場を囲っている、兵士たちが集まっているところまでしか行かないよ。それでいいかな?」
「……ああ、わかった」
そうして広場を囲う兵士のもとへとやってきたミカであった。ドラゴンは、もう目と鼻の先に居る。
そこまでやってきたクロは。
「ミカ、間違いないよ」
「どうしたクロ」
「あのドラゴニュート……ライアスだよ。この魔力の感じ、忘れるはずがない」
ソーサラーというのは、闇と光の混合魔法を使うため、魔力の感知や操作に長ける。故に魔力に対して常人よりも敏感になる傾向がある。
「いつもの僕なら、魔力で人を判別なんてできない。けど、ドラゴニュートになって魔力が増大した影響だと思う。あのドラゴニュートは、ライアスだ」
「人間がドラゴンに? だがあれは、ドラゴンの眷属化とは明らかに違う。眷属化でドラゴニュートになった例は無い。なら、なぜドラゴンに……?」
だがミカは、似たような事がつい最近起こったのを知っていた。
「リーナと同じか……?」
「でもミカ、ライアスはどこかに長い間捕まっていたわけじゃないし、少し前までぴんぴんしてたじゃないか」
「キメラ術式を組み込んだ牙を突き刺せばいいんだ。リーナで実践できたのだから、あとは安定化、そして実用化させるだけだ。おそらく、ライアスはそれで刺されたんだろう」
その時だった。ライアスと戦っていた冒険者や兵士達が吹き飛ばされた。全身から血を長し、立ち上がる事すら出来ないだろう。
その惨状を見て、周囲の兵士たちがざわつき始める。
『う、嘘だろ!? 海軍でも最強格の兵士たちが……』
『Sランク冒険者も、Aランク冒険者もやられちまった!』
『も、もう逃げるしか……』
その瞬間だった。
兵士たちの間を縫うようにして、まるで疾風のような速さで駆け抜ける人物が一人。
その疾風はドラゴンへと駆け抜ける。そして手にした一本の剣。刀と呼ばれる剣で、ライアスの羽根を一閃した。
『提督!』
刀を手にしていたのは、黄金色の長髪をたなびかせたモニカ提督だった。腰の右部分に携えた鞘に、刀を納刀する。そして腰の左に携えた、大振りの拳銃を左手に持ち、それをライアスの腕に向けた。巨大な弾丸が、ライアスの右腕を吹き飛ばした。
『グォウウ……』
唸るライアス。さらに提督は、納刀していた刀を抜く。その刀身には氷がまとわりついており、一瞬のうちにライアスの前後を往復した提督は、ライアスの足を切り落とした。
それでも提督は手を緩めない。瞬時に刀を納刀すると、次に抜刀した際は、刀身に雷を纏っていた。提督は雷を纏った刀を持ち、ライアスに接近。そのまま飛びあがると、反撃の余地も無く、ライアスの首を切り落とした。
『さすが提督だ! あれが最強のルーンブレイダーと恐れられた提督の実力だ!』
『すごい……元Sランク冒険者だと聞いたけれど、実力は本物ね……Sランク以上よ……』
雷を纏った一撃で黒こげになったライアスの前にたたずむ提督。すると提督は、その場で膝をついてしまった。
「はぁ……はぁ……やはり、この武器では、長くは、戦えないか……これさえなければ、私が最初から戦えていたものの……」
提督の手には、リバウンドの症状が現れ、黒ずんでいる。おそらくは、その強力な力に、武器が見合っていないようだった。
だがすぐに持ち直した提督は、周囲の兵士に指示を出した。
「皆の物、ドラゴンは倒した。無事な者は、傷ついた者の救護にあたれ!」
と提督が兵士に指示をしたときだった。
その様相を見ていたクロが、とあることに気づく。
「ミカ、ライアスが!」
見れば、提督の背後で黒焦げになって倒れていたライアスが、ゆっくりと起き上がる。
『グゥゥ……下等種族が……調子に……乗るんじゃない……』
「提督、危ない!」
ミカが叫ぶ。
同時に、ライアスに気づいた提督。だが既に遅かった。瞬時に体を再生させたライアスに、提督の体が捕まれる。
「ぐ、うう……」
提督は必至にもがくが、その力に振りほどくことができない。
その様相に、兵士たちの士気は下がって行く。
『つ、強い奴らが皆やられてしまった……』
『提督でだめなら、どうすればいいの……?』
『う、狼狽えるんじゃない! われらはヴェネシアート海兵! たとえ命を捨ててでも、あのドラゴンを……』
浮足立っている兵士たち。その最中、提督の体はライアスにさらに強く締め付けられてゆく。
「ぐ、貴様……」
『ああ、いい匂いだ……処女か……』
「な、なんの話をしている……!」
『血だけじゃ足りない。もっと美味いもの……そうだ、お前、肉、美味そうだねぇ』
そう言って、口を開き、提督の頭にライアスが噛みつく、その寸前だった。
「魔法障壁、展開!」
瞬間、提督の周囲に魔法障壁が展開され、ライアスの牙は提督へと届くことが無かった。
その魔法障壁を展開したのはミカだ。ライアスへ近づき、グリモアを手に魔法障壁を展開している。
だが、ミカは苦悶の表情を浮かべていた。
「くそ……よりにもよってこんな時にやらかした……カオスグリモアを忘れて来るとは……」
ミカが手にしていたのは、中級のグリモア。中級と言えども、ミカの魔法に耐えれるものではない。
すぐにグリモアが黒ずみ始める。そして、同時に提督を守る魔法障壁も弱まって行く。
『おやおや、随分と弱いバリアですねぇ。いいです、提督を食った後は、お前を食べてあげようかねぇ』
「クッ……!」
S+ランクの強さを持つライアス。ドラゴニュートと化した彼の牙によって、バリアが破られようとしていた。その時だった。
二発の銃声が響き渡る。そう、二発。二発だけであったはずなのに、宙を切るように、十数発の弾丸が、ライアスの顔面へ撃ち込まれた。
『ぐ、ギャアアア!』
悲鳴を上げるライアス。そして、体を強く締め付けられていたために気絶した提督は、地面へと落下した。
「防御バフだ!」
上手く防御バフを提督にかけ、落下によるダメージを無くしたミカ。そんなミカの元に。
「ミカッ、忘れものよ!」
どこからともなく投げられる一冊の本。それはカオスグリモアだ。
そしてミカの目の前に着地する、金髪の赤ずきん姿の、狼耳少女。
「リーナ!」
「大切なもの忘れてんじゃないわよ。にしても、とんでもないことになってるわね」
顔へのダメージにのたうち回るライアス。その姿を見てリーナは。
「……感じるわ。こいつ、あたしと同じね。耐久力は低いけど、再生能力はあっちが上みたいね」
「リーナ、助かった。カオスグリモアがあれば、あとはこいつを吹っ飛ばすだけだ」
「そうね。ミカッならできるわ。けどやっかいね。再生能力はたぶん、あたしの比じゃないわ。ミカなら一瞬で吹っ飛ばすことができても、完全に倒しきるのにいつまでかかるか」
そんな二人の元へ、駈けつける一人の少女の姿が。一人はクロだ。
「ミカ、再生能力については、なんとかできるかも知れない」
「クロ、何で……」
「危険なのは承知の上だ。だが、ライアスから感じる……ライアスの体の中に、異質な魔力の塊がある。たぶんだけど、キメラ術式に使われた牙が、完全に体と融合しきれてないんだ。そこをピンポイントで破壊すれば……」
「ガリ猫。それなら、あいつを丸ごと吹っ飛ばせば解決よ」
「駄目だ。さっき提督があいつの体を切り落とした時、異質な魔力があいつの体に馴染んでいるがわかった。一気に吹き飛ばそうものなら、完全に融合して……」
「最悪、細切れにしても復活する……か? この規格外な奴なら、あり得るかもな」
すると、クロは指を三本立ててミカに見せた。
「三分、あいつに近寄る時間が欲しい。そうしたら、僕があいつの体の異質な魔力、その場所を特定してみせる」
「……わかった」
クロははっきり言って、実力が足りない。だが、クロの話は理が通っているとミカは感じた。
そんな三人のもとに、さらに一人の少女が駈けつける。
「ミカァ! タンクの仕事みてぇだな!」
「アゼル!」
「よくわかんねぇけどよ、クロを守る必要があるんだろ? それに、あそこで倒れてる提督……ライアスが居て近づけねぇけど、助けないとならねぇだろ?」
アゼルは盾を剣を手に取った。
「ルシュカもショーティアもシイカも動けねぇ。ウチが居ながら守れなかった。だから、せめて皆は、ウチが守る!」
アゼルが言い放った瞬間、ライアスの顔の傷が完全に再生した。
『アア……美味そうな下等生物がわんさかと……』
ミカ達を睨みつけるライアス。もはやミカ達の話はその耳に届いていない様子だ。
ミカはカオスグリモアを掲げると。
「わかったクロ」
魔法障壁を展開する。その大きさはこれまでの比ではなく、広場全てを覆うほどの大きさだった。
「アゼルはあいつの気を引きつけてくれ。俺が全力でバリアを貼る。安心して引きつけろ」
「おうよ! 信頼してっからな!」
「リーナ。リーナの着けたポーチの中に、力を一時的に強化する薬が入れてある。それを飲んで、提督や、倒れている人を一か所に運び集めて欲しい。単体バリアは長続きしないから、集めたところで俺が強固なバリアを貼る」
「わかったわ、まかせなさい」
「最後にクロ。近づくほど、魔力は見やすいんだな? 俺が最強のバリアを貼ってやる。万一傷ついてもすぐヒールしてやる。だから、三分とは言わない。時間をかけてもいい。あいつの弱点を見つけ出してくれ」
「わかった。三分で必ずやってみせる」
瓦礫の山と貸し、建材が燃え盛る広場の中、三人の猫耳と、一人の狼耳が、灰色のドラゴンと対峙した。
「さぁ、行動開始だ。行くぞ!」




