29話 猫耳ソーサラーとガンナー
「よし、完成だ」
リーナがやってきたその日の夜。ミカは屋敷の一室を魔改造していた。
「ねぇミカッ」
そして魔改造された一室を見たリーナが。
「やりすぎるのも、相変わらずね」
そう言って呆れながらも感嘆するリーナ。
魔改造した一室。それはリーナの寝泊まり兼、身体調査のための部屋だ。
もともと空いていた、少し広めの倉庫。そこに海軍から借りた錬金術器具、魔道具などを運び込み、さらにリーナが寝泊まりできるようベッドがある。
壁は鉄格子で補強され、部屋の四隅には丁寧に魔力の宝石が埋め込まれている。ちょっとやそっとでは、まず破壊されないほどの壁の強度だ。
同じような補強を施した扉には、外からの鍵が着けられている。
ここまでなら、リーナの調査と寝泊まりには、最低限の設備だ。
しかし、リーナがやりすぎだと言ったのは、この最低限の設備を見てからじゃない。
「ん? やりすぎか?」
「やりすぎよやりすぎ。確かにあたしとしては嬉しいわ。けど、ここまでする必要ある?」
部屋には最低限の設備の他、水道も完備されていた。部屋の片隅には小さな箱のような衝立が二つあり、それぞれトイレとシャワーまで存在した。
昨今マナストーンによる水道の発達が進んでいるとはいえ、シャワーがある建物というものはそう多くない。それが、即席で作られたパーティハウスの一角にあるのだ。
さらには、短距離連絡用兼、監視用の水晶まで置いてある。これは数十メートルではあるものの、離れた相手の様子を見たり、会話ができるものだ。本来ならば、高尚な魔道具使いにしか作れないものだが。
「これ、作ったのは?」
「俺だ」
肩をすくめてリーナが言う。
「知ってた」
挙句の果てには、壁に並べられた複数の棚。その大半が調査器具が並べられているが、一部の棚には大量の保存食が置かれている。
さらに、強化魔法を多重に施された窓まであり、解放感も抜群だ。
「それと、ここの部屋のカギだが、まぁ外からかけられはするんだが、中からも鍵を開け閉めできる。ただ、中から開くには、スイッチを押す必要があるようにした。スイッチはくぼんでてな。細い今の姿のリーナか、この部屋にある細い器具でも使わないと開くのは無理だ」
そう、もし万が一、誰も見ていないときにリーナが暴走しても、巨大化した手では扉は明けられないようになっている。無理に壁でも壊そうとしようものなら、パーティハウスに居る全員が物音で飛び起きるだろう。
「まぁ前提として、リーナができるだけ、この部屋から出ないように頼みたい。もちろん、変身する原因が掴めるまでだ」
「当り前じゃない。むしろ牢よりも何十倍もマシな環境だわ。ここに永住したいくらいよ」
すると、リーナは部屋の隅にあるベッドに座りながら、ミカに一つ願い出た。
「ねぇミカッ、色々助けてくれて、感謝しているわ。ただ、もう一つだけわがままいいかしら」
「なんだ? 言ってくれ」
「銃が欲しいわ。銃さえあれば手入れや調整でいくらでも暇が潰せるから」
「わかった。明日調査用の素材をあつめつつ、銃の材料も集めてくる。今のリーナでも扱えるよう、小型化かつ軽量化も必要だな……前と同じ銀製の『自動拳銃』でいいか?」
「いいか? も何も、自動拳銃は銃の中でも超高難度製作のものじゃない。むしろ歓迎よ」
「ああわかった。それじゃ、明日から早速リーナの身体の調査だ。リーナが変身する条件と、それを抑制する方法、そしてリーナが体に何をされたかを調べる。色々迷惑かけるだろうが、協力してくれ」
「むしろ感謝しかないわ。ミカッの言うことは……その、恥ずかしいこと以外ならできるだけ応えるわ。何でも言って頂戴」
と二人が話していた最中の事だった。
部屋の外から、ドタドタと近づいてくる足音。
勢いよく部屋の扉が開かれると、現れたのはクロだった。
クロは慌てた様子で、ミカに詰め寄る。
「ミカ、助けてくれ!」
「どうしたんだクロ!?」
「ミカが大変だから、今日の夜ごはんは皆で作ろうとしてたんだ」
「そう言えばそうだったな、それで、どうなった?」
その時、ミカはクロから漂うおかしな匂いに気づいた。焼け焦げた匂いや、洗剤の匂いや、もう訳の分からない匂いが混じっている。
クロは体を震わせてミカに言った。
「皆でご飯を作ろうとしたんだ。ルシュカは肉料理には火力が大事だって言った。マナストーンバーナーを最大火力でかけて、肉が一瞬で焼け焦げた。ショーティアはスープに、あらあらと言いながら塩で料理に味付けしようとして、手を滑らせて塩の袋をスープの鍋に全部ぶちこんだんだ。アゼルはサラダにハーブの香りがするドレッシングオイルをかけすぎたらしく、オイルにはこれだと言いながら洗剤をぶちこんだ。シイはアサシンの里の料理だと、魚をひらいて外に干していたよ。ヒモノと言うらしいが、作るのに何日かかるんだろう……」
そう、青空の尻尾の大半は、生活力がとても低い。ミカが初めてパーティハウスに来た時、それはそれはひどいものだった。
「そ、それは災難だったなクロ。キッチンが凄いことになってそうだ……」
「キッチンは、その、見るにたえない状態だよ……」
「それで、クロは料理したのか?」
「僕かい? 僕が料理を始める前に、皆が色々凄いことをしちゃって……」
とクロがうなだれていたときだ。
リーナが笑いを押さえながら、クロに言った。
「皆、料理下手なのね」
「僕もそれは否定できない……けれど、リーナさんもミカと同じSランク冒険者だったよね。やっぱり料理は得意なの」
クロに聞かれて、嫌なところを突かれたような、バツの悪そうな表情を浮かべるリーナ。
「そ、そうね、できなくは無いわ。こう見えてあたし、主戦場は森なのよ。森の中で狩った獲物を捌いて、焼いて食べたりしたわ。少なくとも、あなた達よりは上手かもしれないわよ?」
「捌いて焼く……まぁ、確かにそれも一応料理か……」
「む、何よ一応って」
「あ、いや、言葉が悪かったかも。外での野営での狩りの話じゃなくて、さっきまで家でする料理の話をしていたから、突然素材が変わったもので」
「何? ガリ猫はあたしが家庭的な美味しい料理が苦手だって言いたいの?」
「……そのガリ猫ってなんだい?」
「あなたガリ勉っぽいじゃない。だからガリ猫」
リーナの付けたあだ名に、顔をしかめる。
「その呼び名は好ましくないな」
「いいじゃないガリ猫。実際がり勉なんでしょ? その手の魔力跡、魔法の修行しまくると付くらしいじゃない。まさにガリ猫がぴったりね」
「……本当にあなたはミカに近い年齢なのかい? なんだか子供っぽいし、その無作法さは野良犬だ」
「犬ですって!? どう見てもこの耳と尻尾、狼じゃない! そのメガネ合ってないんじゃないのガリ猫!」
「だからガリ猫と言うな! 僕から見ればあなたは犬だ! 犬! 犬!」
「いぬいぬいぬいぬ言うな! リーナって呼びなさい! 料理下手のガリ猫!」
「ふん、こう見えて料理も最近勉強始めたんだ。野良犬リーナよりも絶対僕の方が上手いよ!」
いがみあう二人に気おされていたミカ。なんとかその場をたしなめようとするが。
「ふ、二人とも、少しおちついて……」
「「ミカは黙ってて!」」
「はい……」
完全に二人の女の子の勢いに圧倒されてしまった。
なおも二人は言い合いを続けた末に。
「いいわ! ならあたしの料理の腕を見せてあげるわ。」
「なら僕も見せてあげるよ。ミカに負担をかけたくなくて、頑張って練習した料理を!」
「「そして!」」
二人を同時にミカの方を向くと。
「「ミカに評価してもらうわ!」」
「え、お、俺!?」
〇〇〇
そしてその一時間後。クロとリーナを除いたメンバー全員が広間へと集まっていた。全員、テーブルを囲んでいる。
「お二人のお料理、楽しみでありますなー!」
というルシュカの頭は、炎で焼け焦げたようにアフロになっており。
「あらあら、クロさんお料理を練習されていましたのね」
ショーティアの服には、固まった塩がべっとりと付いており。
「ま、やっぱウチ、料理むいてねー見たいだわ!」
アゼルの体からは、洗剤の匂いがほのかに流れてきた。
「にゃ……にゃ……」
そしてシイカはというと、テーブルの下で胃を押さえている。どうやら、かなり胃に来るタイプのようだった。
「シイ、俺があげた薬飲めよ。すぐに治るから。ちょっと苦いけど我慢して……」
とミカが言うと、シイはテーブルの外から近くの影に隠れようと飛び出した。
瞬間胃を押さえて一瞬うずくまり、そして再度動き出すと、近くのカーテンへ隠れた。
そして、さらに十数分が経過すると。
「みんな、待たせたね」
「料理できたわよ!」
広間の入り口から、二人の姿。銀の皿の上で、銀の蓋で覆われた、料理を持っている。
リーナの体のサイズでは皿が大きすぎるためか、リーナは両手で皿を持ち、それを頭の上に乗せて運んできた。
そして二人はミカの前に立つと。
「ミカ、見てくれ! これが僕が数週間の時間をかけて学んだ料理だ!」
「ミカッ、見なさい! これが狩りしか知らない傭兵のあたしが作った、家庭料理よ!」
ミカの前に皿を置き、同時に蓋を外し、言った。
「卵の目玉焼きだ!」
「卵の目玉焼きよ!」
ミカの前には、全く同じ料理が二つ。卵を割り、それをフライパンで焼いた料理。
それを見たクロとリーナの両者が。
「ガリ猫! あんたあたしの料理真似したわね!? 作るのに夢中で気づかなかったわ!」
「リーナこそ僕の料理を模倣しただろう!? 作るのに夢中で気づかなかったよ!」
再度言い合いを始める二人。そして何を隠そう、二人はこの目玉焼きを作るのに1時間以上かけているのだ。
すると二人は言い合いを止めて、ミカに詰め寄る。
「一番料理に腕がたつミカッに聞くわ」
「どっちの料理が美味しいか、決めてくれ!」
「え、あ、お、おう……」
言われるがまま、ミカはナイフとフォークを手に、二人の作った目玉焼きの一部を切り、それぞれ口に運んだ。
「ミカッ、一口が小さすぎるわ。もっとがっつり行きなさいがっつり」
「この体だとこれが一口なんだ」
「ミカ、にしては一口が小さすぎるよ。それで、味はどうだい?」
二人の料理を口にしたミカが、考えを巡らす。
(リーナのは、焼き加減はそこそこだから、香りもまぁまぁ。黄身は半熟、白身はわずかに焦げているな……クロのは、焼き加減はそこそこだから、香りもまぁまぁ。黄身は半熟、白身はわずかに焦げているな……)
ミカが導き出した応えは。
「同点」
「うそでしょミカッ!?」
「僕とリーナが同点!?」
「再審を要求するわ!」
「僕のももう一度食べて!」
「い、いや、なんど食べても同じ感想しか出ないと思うが……」
とミカが困惑していると。
「あらあら、お二人とも、少し落ち着いてください。とても仲良くなったようですが、ちょっとミカさんを困らせすぎですわ」
「ショーティア、今僕は負けられない戦いをしているんだ!」
「あなたがリーダーだったわよね? あたしは今このガリ猫と……」
その時、ショーティアが足で床をドンと叩いた。
床を叩く音が響き、ミカがテーブルの上に置いていたナイフが振動で床に落ちた。
一瞬で周囲が静まり返る。なおもショーティアはニコニコと笑顔を絶やさずに。
「お二人とも、おいたが過ぎるというものですわ。これ以上は……お、わ、か、り、ですわね?」
笑顔の中に、凄まじいプレッシャーを秘めるショーティア。そのプレッシャーに気おされたクロとリーナは。
「僕は、その、ごめん、ミカ、迷惑かけたね。部屋で頭を冷やしてくるよ……」
「あ、あたしも、そうね、もうすぐ部屋に戻るわ……」
クロは広間を出て自室へ向かい、そしてリーナも尻尾を狼耳をぺたりと垂らし、しょんぼりした雰囲気で、部屋へ戻る準備を始めた。
そんなショーティアを様子を見ていたアゼルが言う。
「ひゃー! ショーティアは相変わらず怒るとこえーなー!」
「さすが、我らがリーダーであります!」
「あらあら、そうでしょうか?」
と三人が談笑している最中、ミカは。
「クロもリーナも、どうしたんだ? まぁ、仲良くなったようで良かった。っと、ナイフを拾わないと」
ミカが床に落ちたナイフを拾おうとした。そのとき。
「いてっ」
ナイフの先で、ミカは指先を傷つけてしまった。指先からは、赤い血が流れている。
「あらあらミカさん、ヒールしますわ」
「いや、この程度なら自分でヒールするよ」
と自分にヒールをかけていたミカが、とある視線に気づく。
「ん、どうしたリーナ」
見れば、部屋へ戻ろうと広間の出口に立っていたリーナが、ミカを凝視していた。それも、ミカの指先を。
ミカに話しかけられたリーナはハッとして。
「いえ、なんでもないわ。部屋に戻るから。鍵は中からかけておくわ。今日は早く寝させてもらうわね」
「ああ、おやすみ」
そう言って速足でリーナが広間から出て行った。そして残された者のうち、アゼルが。
「すまねぇミカ、何か作ってくれねぇか?」
「お腹ぺこぺこであります!」
「本当に、いつもすみません。わたくしたちも目玉焼きぐらいは作れるようにしないといけませんわね……」
お腹を空かせた猫耳たちに、ミカは笑顔で応えた。
「ああ、すぐに何か作るよ」




