28話 サポートヒーラーとガンナーの尻尾
監視塔に保管されていた100人分ほどの食料の半分を使ってミカが料理を行い、アンジェラのお腹が腹五分くらいになったあと、一同はすぐにヴェネシアートへと出立した。
アンジェラの計らいにより、騎乗空竜に乗ってあっという間にヴェネシアートへと到着。そのまま海軍本部でアンジェラと海軍の提督、モニカが話し、海軍の協力を得ることも叶った。
提督は大きな被害を出したリーナを警戒しつつも、アンジェラから説得されたこと、そしてミカの実力を知っていたことで、アンジェラの提案を了承した。
そして今、青空の尻尾は数日ぶりにパーティハウスへと戻ってきていた。
「ただいまでありまーす!」
「いやー、やっぱ自分ちは落ち着くなー!」
「僕はなんだか、色々ありすぎて久々な気分だよ」
アゼル、ルシュカ、クロは旅の荷物を片づけるために自室に戻る。そしてシイカは、いつものように物陰に隠れる。
ショーティアは何か用事があるようで、ミカに告げた。
「わたくしはこれから、海軍に再度色々な調整をしに参りますわ。リーナさんの体の調査に必要な機材は、必要な場合は海軍から貸して頂けるそうです。必要がありましたら、いつでもわたくしに。わたくしから、海軍に伝えますわ。ミカさんは調査に集中をお願い致します」
「ああ、助かるよショーティアさん」
「万が一に備え、海軍は特別契約しているSランク冒険者といつでも連絡を取れるように、そしてパーティハウスから少し離れた場所に、兵士をある程度待機させておくとのことですわ」
「さっきアンジェラから聞いた話だな。大丈夫、そのあたりは把握済みだ」
「ではわたくしは海軍へ行って参ります」
そう言ってパーティハウスを出たショーティア。すると、先にパーティハウスへ入っていたリーナが、パーティハウスを見渡して感嘆している。
ぴょんぴょんと飛びはねて周囲を見回すリーナ。跳ねるたびに、クロから借りた、だぼだぼの白いワンピースが揺れる。
「すごいわ……随分と豪勢な建物ね。でもこの感じ、なんだか慣れ親しんだ雰囲気があるわ。もしかして」
「ああ、俺が作った」
「その姿で?」
「そうだ」
「まったく、ミカッてば凄すぎるわ。製作の腕は姿が変わっても相変わらずね」
そのままの流れで、ミカはリーナを広間へと案内した。
リーナは広間に置かれたソファに飛び込む。
「あー、ふかふか! 紅蓮の閃光の部屋にあった、ミカッが作ったソファと同じ感触! この感触好きだったのよね。ミューラがいつも独占して座れなかったけれど」
「なんだ、言ってくれたらいつでもリーナの分も作ったぞ?」
「だって言うの恥ずかしいじゃない」
「今は恥ずかしくないのか?」
「一応、あたしも大人の女性なのよ? それが今はこんなちっこい狼耳。なんかふっきれたわ。あー、ふっかふかー」
ソファに顔を埋めるリーナ。その背中にある狼の尻尾が、ブンブンと揺れている。
(猫耳のリテール族とは違う尻尾の揺れ方だな)
猫耳のリテール族が尻尾をブンブンするのは、怒っている時や、興奮したときに多い。しかしどうやら、リーナは喜びなどを表す際に、尻尾を大きく振るようだった。
「あら、猫ちゃんが居るじゃない」
すると、リーナの側には灰色の猫の姿が。リーナと同じようにソファに飛び乗ろうとしていた。
「ああ、うちで飼ってるユーキだ」
「かわいいわね。ほら、おいでおいで」
と自分の膝に乗るように促すリーナであったが。猫は『ふしゃー』とリーナを威嚇し、ソファに飛び乗らず部屋の外に出て行ってしまった。
「……火薬の匂いかしら? でもしばらく銃は握れてないし、火薬の匂いは無いはず……単純に嫌われてる?」
「どうかな? 慣れてないだけかもしれないぞ」
「なんだか癪ね。猫を撫でるの好きなのに」
と話していたリーナが、何かに気づいたようにミカを見た。その視線は、ミカの背中に生えている尻尾に向けられている。
「ミカッの尻尾、モフモフね」
「ああ、なぜかはわからないが、毛長タイプでさ」
「ミカッ、あたしの隣に座りなさい」
「ん? ああ、どうした?」
ミカがリーナの隣に座る。元の姿のリーナは女性では比較的身長が高く、以前は同じ高さの椅子に座れば同程度の目線だった。
しかし、リーナは今ミカよりも小さな体になっており、隣に座ったミカを、リーナが見上げている状態だ。
そんなリーナの視線は、ソファに座ったミカの背後に。そして。
「えいっ」
「に゛ゃ゛っ!? な、なにすんだ!」
突然ミカの尻尾を握った。尻尾を握られたときのミカの反応に、リーナが爆笑する。
「あっはっはっは! にゃって! にゃって!? 完全に猫のそれじゃない!」
「しかたねぇだろ! 今の俺は猫耳のリテール族だ。それに、結構尻尾は敏感なんだぞ!?」
「いまだから、にゃっも可愛いけれど、元のミカッが言ってるのを想像したら、だ、だめ、笑いすぎてお腹痛いわ!」
爆笑を続けるリーナに、ミカはカチリと来た。
笑い転げるリーナの背後に手を伸ばし、そこにあったフサフサの狼尻尾を、ギュっと。
瞬間、笑い転げていたリーナの体がビクりと跳ねた。
「わウっ!? なにすんのよ!」
「お前の反応も狼っぽいじゃないか。同じようなもんだろ」
「ほ、本当に尻尾は敏感なのね……自分で触ったときはなんともなかったのに。わ、悪かったわ。離して?」
「嫌だ」
「悪かったわ! わウっ!? 謝る、謝るから! 尻尾を何度もぎゅってしないで!!」
リーナのしっぽを仕返しに何度も握りながら、ミカは考える。
(……とりあえずやることは山ほどあるな。リーナの体を調べる専用の部屋を作らないと。空き部屋が一つあったかな。そこを使おう。エンチャントをかけた鉄材で補強し、バリアも貼っておくか。リーナには悪いが、そこにベッドを用意して寝泊まりをしてもらおう。万が一を考えて)
とミカが考えにふけっていると。
「ミカッ、わウっ……ほんと、ほんともうやめて……わウっ、尻尾、尻尾やらぁ……」
何度も尻尾を握られ続け、よだれをたらして弱り切ったリーナの姿がそこにあった。
「ああ、ごめんごめん」
ようやっと手を放したミカ。リーナは目に涙を浮かべ、頬を赤くしてぐったりとうなだれている。
(にしても、あの強気なリーナがこうなるとはな)
ミカは思い出す。思えば、クロも面白がって自分の尻尾をよく握って来る。クロ曰く、いつものミカと違う反応をするから面白いとのことだったが。
(クロ、今ならクロの気持ち、わかるかもしれない)
頬を赤くしながら、ぐったりしているリーナを見て、ミカは思った。




