26話 猫耳パーティと新しいメンバー
「ねぇミカッ、これは偶然かしら?」
宿へとたどり着いたミカ達。自室へ行くと、そこには比較的快方に向かっていたアゼルとルシュカの姿があった。
「お、おうよミカァ……だ、大分良くなったぜ……」
「み、ミカ殿……薬水、助かったでありま……す……」
そして部屋にあるテーブルの下からはシイカが顔を覗かせている。テーブルの上に、ミカが用意した薬水などが使われた形跡があり、シイカがちゃんと二人の面倒を見ていたことが見て取れた。
そんな3人と、ミカに着いてきたショーティアとクロ、そしてミカの姿を見て、リーナがミカに尋ねた。
「リテール族しか居なくない?」
「ああ、俺たちの青空の尻尾は、リテール族のパーティなんだ。俺はその中に含めていいかなんとも言えないが」
「あんたも今はリテール族でしょミカッ。どれだけ珍しいパーティなのよ。リテール族と言えば、100人に1人居れば多いほうなのに、それが6人って。しかもみんな、若い女の子じゃない」
リーナの言う通り、実際極めて珍しいパーティだ。
「若い冒険者は、確かに少なくはないけれど、それでもみんな20歳以下にしか見えないわ。冒険者にしても随分若いわね。リーダーはミカ?」
リーナが尋ねると、ショーティアが名乗りを上げた。
「わたくしですわ」
「意外だわ。ミカじゃないのね」
「ミカさんにはサブリーダーをお願いしていますわ」
「それで、あなたがメインヒーラー、ミカがサポートヒーラー、メインタンクにサブタンク、そして物理、魔法のアタッカージョブ……驚いたわ、びっくりするほどバランスが取れているじゃない」
と感心するリーナを見て、椅子に座っていたアゼルが一言。
「ところで、そのちっこいのはなんだ? って、狼の耳のリテール族とか珍しいな! 初めて見たぜ!」
「10歳くらいでありますか? にしては、なんだか落ち着いた雰囲気であります」
そして机の下にいたシイカも「ふしゃー」と威嚇の真似をしていた。
「えっと、それじゃ俺から説明するよ」
青空の尻尾が全員揃ったところで、ミカは改めて、リーナの紹介をした。
加えて、リーナの体の状態についても、説明を行った。
「あらあら……」
「リーナさん、あなたがあの時、僕たちを襲った……」
と皆が困惑の表情を見せている。
(仕方ないよな。誰だって驚くだろうし、場合によっては拒絶だってしてしまうだろう……)
とミカは考えていたのだが。
「ん?」
見れば、1人を除いた全員が目を輝かせていた。
一瞬だけ困惑の表情を浮かべていたものの、その後すぐに皆が瞳を輝かせていた。
そして、一番最初に口を開いたのは、ルシュカだ。
「へ、変身!? かっこいいであります!」
ルシュカがリーナの肩を掴む。リーナもその反応に困惑気味だ。
「な、なによいきなり」
「変身! それはロマンというものであります! しかも、あのようなかっこいい姿に……自分、変身したリーナどのと戦ったでありますが、それはそれは強かったであります! そして、正直あの狼を『かっこいい』と思っていたであります! あ、自分を吹っ飛ばした事を気にしない欲しいであります! 自分、痛いの好きでありますから」
「あ、え、ええ……」
困惑するリーナ。次にリーナに掴みかかったのはアゼルだ。
「なんだって!? あのでっかい狼、あんただったんか!? あの一発は効いたぜ! あ、でもそれ以前にあんた、Sランク冒険者なんだろ!? いっちょ手合わせしてくれねぇか? 果たし状書かねぇとな果たし状」
「て、手合わせって言っても、いまのあたしは銃も無いのだけれど」
そして次はクロだった。クロは早口になりながら、リーナに尋ねる。
「変身とかそういうことより、僕は知りたいんだ。リーナさん、ミカと紅蓮の閃光時代からの付き合いなら、きっと知ってるよね。ミカが紅蓮の閃光で不当な扱いを受けていたと言うけれど、ミカのことだ。リーナさんだけが知っている武勇伝も沢山あることだろう。僕にそれを教えてくれないかい?」
「い、いいけど、時間があるときに……」
そして次はシイカだ。シイカはというと、リーナの側に近づくと、懐から小さな袋を三つ出した。
袋には『毒』『痺れ』『目つぶし』と、へたくそな字で書かれている。
それをリーナに見せたシイカは、自慢気な表情を浮かべる。
「むふー」
「……? ミカ、この子は何がしたいの?」
「えっと……あまり気にしないでいい」
その三つは、シイカが人狼に与えた状態異常の袋だ。その三つのおかげで一時的に人狼、つまりはリーナの動きを封じ込め、勝利に繋げることができた。
つまり、シイカは『あなたをこれで止めたのよ』とでも言いたいのだろう。しかし、何もしゃべらないせいでリーナには伝わっていない。
そうして全員がリーナを質問攻めしていたのだが。
「みなさん、落ち着いてくださいまし!」
ショーティアが声を張り上げた。いつもの笑顔であるものの、その表情からは真剣さが見て取れる。
「皆さん、リーナさんが人狼に変身したことを、そのように言うのは好ましくないですわ。人狼への変身は、リーナさんから頂いた話通り、制御が効かない暴走状態。そして、リーナさんはそれを他者による人体実験で、手に入れてしまったとのことですわ。人狼になる条件もわからない。今のリーナさんの状態は、危険極まりない状態ですわ」
「お、おいショーティアさん、ちょっと言いすぎ……」
ミカがショーティアを止めようとすると、リーナがそれを止めた。
「いいのよミカッ。あれが正しい反応よ。変身は良いものじゃない。言わば、今のあたしはいつ爆発するかわからない、爆弾のようなものよ」
「リーナ……」
そんなリーナの言葉を聞いたショーティアは、「こほん」と小さな咳をすると、続けてこう言った。
「と、言うわけで、リーナさんをわたくし達、青空の尻尾のパーティメンバーとして誘いたいと思いますわ」
「へ? あ、あたしを!?」
「ショーティアさん!?」
このショーティアの言葉に、ミカとリーナが驚く。
「ねぇ、あなた言ってることわかってる!? あたしはいつ変身して、また暴れまわるかわからない爆弾のようなものよ!? そんなあたしをあなたたちのパーティになんて……」
「そこですわ。リーナさんは、いつ暴走するかわからない状態。何かしら条件はあると思いますが、どちらにせよ、暴走した際にそれを抑えてくれる方が側に必要。おそらくできるのは、ミカさんだけですわ。そのミカさんは、青空の尻尾のメンバーですし、パーティに入って側に居るというのは、都合が良いのではありませんこと?」
「……あなたが言っていることはわかるわ。けれど、あたしが一緒に居て危険なのはそこだけじゃないわ。あたしを人体実験した奴……こっちはあっちの事がわからなかったけれど、あっちはこっちを知ってる。そんな危険な奴らが、追ってくるわよ」
「あらあら、ならなおさら一緒がいいですわ。ミカさんのお力もあって、わたくしたち、ヴェネシアートの海軍と特別契約をしておりますの。いざというときは、海軍に警備をお願いするのも不可能ではないかと思いますわ」
「で、でも、あたしは」
「それに、ミカさんは王女のアンジェラ様とお知り合いですわ。きっと良い解決法を探していただけます。万が一の際はわたくしも……」
と、ショーティアが懐から赤い宝石の着いたネックレスを取り出した。
そのネックレスを見てクロが反応する。
「あれ、それって王女様から前に渡されたものと似てるね。色は違うけど」
「あんたたち……王女と知り合いなの?」
驚くリーナの横に立つミカ。
その石の意味を知るのは、おそらくミカだけだ。ショーティアは、王族の血縁者。最悪、自身が王族であることを明かし、国に協力を頼むと暗に示していた。
(だがショーティアにとって辛いことだ。そうはさせない)
ミカが心の中で決める。だがそうなると、ショーティアの提案は合理的の様に思える。
しかし、その時リーナが。
「おかしいわよ!」
リーナが大声で言い放った。
「あんたたちマトモじゃないの!? あんたらを襲ったのは人狼になったあたしなのよ!? 怖くないの!? 変だと思わないの!? 本来ならあたしを抑えられるミカに連れられて、王都の軍にでも引き渡すのが正しいのよ!? あたしみたいな化け物を……」
感情的になり、青空の尻尾の面々に叫ぶように言うリーナであったが。
「変なー。ウチらのパーティにはなー」
「あらあら、変ですか」
「変、かぁ。僕もどちらかというと……」
「変、でありますかぁ」
「……にゃ」
変、という言葉を聞いて全員が見たのはミカの姿だった。
「な、なんだよみんなして」
とまどうミカであったが。
「あらあら、リーナさんが変であれば、わたくしたちもいろいろと変ですわ」
「それに男から女になったっていう、すっごいのも居るしな!」
「今更であります!」
「俺が変……言われてみれば、大分変か」
だが、皆の意思は一つだった。
「ミカさん、お願いがありますわ」
ショーティアが、ミカに提案する。
「ミカさんは、戦闘技術以外の部分でも、高度な技術を持っております。まずはアンジェラ王女様にご相談するのは第一。そこで、ミカさんがリーナさんの体を調査することを申し出てはいかがでしょう」
「ああ、実は俺もそのつもりだった」
「そうですわ。カオスグリモアを買ったとはいえ、資金的にもまだ余裕はありますし、アンジェラ王女様のご協力も得ましょう。そして私達のパーティハウスで、リーナさんを調べるのです。幸い、私達のパーティハウスは冒険者居住区格でも端の端。そして今、ヴェネシアートには大空洞の入り口探査で、Sランク冒険者も数多く居ますわ。万が一の事が起きた時、下手をすれば王都よりも安全かもしれません。何度も頼るのは申し訳ないのですが、アンジェラ王女様にもヴェネシアートの海軍に口添えを願い、協力を仰ぎましょう」
そこで、リーナが口を挟んだ。
「……普通に考えて、バレンガルドやヴェネシアートは、危険な私を殺そうとするんじゃない?」
「だとしても、すぐにはそうなりませんわ。人体実験がされていたのは明らかですし、むしろその証拠であるリーナさんの命をすぐに奪うなんてことはしないかと。リーナさんの話が事実であれば、今後も同じような被害が増える可能性もありますわ」
「そうだな、アンジェラの性格なら、いきなりリーナの命を奪うなんてことはしないだろうさ」
皆の言葉を聞いて、リーナが体を震わせる。
「何よ……あんたらいい奴すぎるじゃない……あたしを殺さないって……」
「それで、いかがでしょうか? リーナさん、仮加入でもかまいませんわ。ゆくゆくは、本加入をしていただきたいですが」
そう言って、ショーティアが右手を差し出した。リーナは目に涙を貯めて言う。
「そんなこと言われたら、断る理由が無いじゃない……」
「では、わたくしたちの青空の尻尾にお加入ということで」
「……仮加入という形で、お願いするわ」
「ええ、もちろんですわ」
そうして、リーナがショーティアの手を握りしめた。
「おお! ウチらのパーティに新しいメンバーか! 嬉しいぜ!」
「しかも元Sランクパーティでありますよ!」
「僕からもよろしく頼むよ、リーナさん」
皆がリーナの加入を祝福する。そしてリーナは。
「リーナでいいわ。こんなナリだし、敬語やさん付けは面倒くさいでしょ?」
まんざらでもなさそうな表情を浮かべていた。
するとショーティアがパンと手を叩き、皆の視線を自分に向けさせる。
「では皆さん、今日は夜も遅いですし、明日早速、一度バレンガルドへ向かいましょう! 万が一のときのため、ミカさんにはリーナさんに付きっ切りで居てもらいます。いいでしょうか?」
「ああ。まかせておけ」
「ウチにもまかせとけ……う、うごごご、ま、また腹が……」
「じ、じぶんもここに来て……ぐぬぬぬぬ、であります」
トイレにかけこむアゼルとルシュカ。それを、薬水を手にしたシイカが追いかける。
「ミカッ」
すると、リーナがミカの袖を掴んで、赤く頬を染めた顔を背けながら言った。
「あなたと皆に、その、感謝するわ。ありがと」
「……おう。でもま、そのあたりは直接皆に言ったらどうだ?」
「まだちょっと……恥ずかしいわ」




