22話 サポートヒーラー、忍び込む
「ミカさん、リーナとはなんでしょう? どなたかのお名前です?」
ショーティアがミカに尋ねる。するとミカは頷いた。
「紅蓮の閃光のメンバーだ。とは言っても、ドランク達とは違って、Sランクらしいガンナーだった」
ミカは思い出す。彼女は、パーティ内で唯一ミカを評価してくれた人物だった。
ミカ一人でダンジョンに潜り、素材を集めている時に出会った。そして北欧の国出身の傭兵で、ガンナーをしているという彼女に自動拳銃を作ったところ、その自動拳銃を作ったミカを褒め、自分を雇わないかと提案してきた女性だ。
その銃の腕前は一級品。拳銃だけではなく、ミカが試作した様々な銃も簡単に扱ってしまう、天性の銃使いだった。
ドランクやミューラ、他のメンバーがミカを罵倒する最中、ミカの実力を認め、なおかつ共にパーティを抜けようとなんども提案してきてくれた。当時はまだ目が曇っていたミカはパーティを抜けることは無かったが、彼女が唯一、Sランクとしての実力を併せ持ち、ミカを正しく評価していた紅蓮の閃光のメンバーだったのは間違いない。
「俺よりも確か、3歳下だったかな。彼女はドランクから、紅蓮の閃光を抜けたと聞いていた」
そう、だからこの場にリーナが居るはずはない。ましてや、ステージに立つ少女はリテール族。リーナはヒューマン族だった。それに年齢も、リーナよりも一回り幼い。
だが、似ていた。あまりに似ていた。髪の特徴、顔立ち。まるでリーナの子供だ。
しかし、ミカは以前聞いたことがあった。ふと尋ねてみたことが。
『あたし? 天涯孤独の身よ。家族も一族も殺されたから。もうずっと傭兵をしてたから、色恋沙汰も無し。たぶん、これからもないわね』
あの時のリーナの言葉に嘘が無ければ、家族や親戚、もちろん子供も居ないはずだ。
「他人の空似か……?」
すると、その少女をお披露目した進行役は、鎖で引っ張られる少女と共に、舞台袖に消えてしまった。
もうしばらくすれば、オークションが始まるだろう。
そして耳をすませば、周囲から聞こえる貴族たちの声。
『すばらしい。ぜひともあの少女は私の手に納めたいものだ。3億ギニーまでは出そう』
『狼耳のリテール族、ペットとしては素晴らしいわね』
『ぜ、ぜひとも、お、おいらの遊び道具にしたいんだな!』
周囲はあのリテール族の少女の話題で持ちきりだった。
その中でミカは少し考え、意を決して二人に言った。
「クロ、ショーティアさん。もしオークションが始まったら、カオスグリモアを競り落としてくれ。ちょっと行ってくる」
「あ、ミカ、どうしたんだい?」
ミカは二人に背を向けて、会場の中を歩き出した。向かうは、会場の端にある通路。関係者以外立ち入り禁止の立て札が立てられていた通路だ。
そこへ向かう途中。
「……ん?」
ミカが一人の男性とすれ違った。ローブを身に纏っており、顔は見えなかったが。
「なんだ……どこかで会ったか……?」
どこかで出会ったことがあるかのような感覚を覚えたが。
「いや、今はそれよりも、やることがある」
そのままの足で、ミカは関係者用の通路へと向かった。
〇〇〇
過去、おそらくこの建物は宮殿だったのだろう。
おそらく広間に当たる場所で、闇オークションが開かれている。
しかし、建物は広間以外にも、複数の通路や部屋がある様子だった。
だがその大半は使われていないようで、関係者以外立ち入り禁止の通路の奥は、最低限の光源しか無いようだった。
ミカはそんな暗い通路を歩いてゆく。どうやら、周囲にはオークション関係者の気配も無い。
「この建物、大半は使われていないようだな。どこかにオークションの商品を保管する場所があるはずだ。おそらく人は……こういう宮殿だと、地下に牢屋が作られていることがあると聞く。どちらにせよ、彼女を捕まえている場所があるはずだ」
今は人の気配が無いが、もしも商品を保管している場所であれば、守っている者が居るだろう。
「もうすぐオークションが始まる。あの様子だと、おそらくあの女の子はトリを飾る商品だ。オークションの時間は長い。おそらく、それまであの女の子は牢に入れられるはず……」
そしてオークションが始まれば、商品をステージへと上げるため、警備も手薄になるはずだ。
もし万が一見つかったとしても、迷ったと言い訳をすればいい。幸い、自分の姿は幼いリテール族の姿。それでいて冒険者をしている。そして預金証明書を持ってここへ来ている。いくらでも穏便に済ます言い訳はつけるだろう。
「あの子に聞いてみないとな……リーナに似ているのは偶然か、それともリーナの血縁者なのか、確かめる」
ミカは一人、暗い通路を進んでいた。
幸い、猫のリテール族は夜目が利く。比較的暗い廊下でも、灯があるのと同じように進むことが出来た。
そして廊下をしばらく進んだところで、ミカは考える。
「この通路の形……確かこのタイプの宮殿の構造、本で読んだことがある。かなり旧式だが、確か地下への入り口は、よく建物のあの位置に……っ!?」
ミカがはっとした。ミカの耳に、足音が入ってきたからだ。
おそらくは誰かが、通路の奥から歩いてくる。そして、背後からも聞こえてきた。
「さてどうする。ん?」
見れば、ミカの居る左手側の壁には、扉が一つ。
(人が居ないとも限らないが、仕方ない)
ミカが扉を開き、中に入った。扉の向こう側、廊下からは、足音が過ぎ去って行く音が聞こえる。
「ふぅ……さて、これはあまり良い選択じゃなかったかな」
ミカがそう呟いた理由、それは至極簡単なものだ。
ミカが入った扉中、室内の様相は、今までと雰囲気がまるで違かった。
赤い漆喰で彩られた壁、そして浅黒く塗色された木製の飾り。
あれは提灯だろうか。見れば、バレンガルドで見るのは珍しい、ボンサイという飾り付けられた植物の植木鉢も置いてある。
「東方の国の様式か。しかしカンの国とも、コクリの国とも様式が違う。これはヤマトの国の様式か? オークション会場の建物の一室をこうできるのは、オークションのお偉いさんくらいか」
そしてそんな部屋には一人の女性の姿があった。敷かれたタタミというヤマトの国で有名な絨毯に座った、赤と黒のキモノを着た黒髪の女性。手には、長い東方式のタバコ、キセルを持っている。
「なんじゃ? 迷子かえ?」
その女性の頭には、オーガ族を表す小さな角が生えていた。
ヤマト様式の部屋に一人たたずむ女性。その女性を、ミカは知っていた。
「リマ・リアか」
王都でアンジェラの話していた、オークションを取り仕切る、オーガ族の女性だった。
(さて、どう言い訳するか。ただ、道に迷ったと言えば、帰り道を教えてもらいつつ、あとは自分で帰れると言い訳できるかな)
とミカが言い訳を考えていたときだ。
「……お主」
リマが、ミカに話しかけてきた。
「あ、すみません、実は迷って……」
ミカがそれらしい理由を話そうとしたが、そんなミカの言葉を遮って、リマが話す。
「お主……その瞳の色」
「瞳? 俺の瞳がどうかしたか? 確かに珍しい瞳の色だとは思うが」
ミカは自分の瞳の色、つまりは赤い瞳の色が珍しいと言われていると考えていた。
ふと、ミカは室内に大きな姿見があることに気づいた。偶然にも、その姿身はミカの方を向いており、ミカは自身の姿を確認することができた。
その姿見に映っていたもの。それは、ミカが良く知る、いつもの自分の姿ではなかった。
「え……?」
ミカが驚く。その髪色と、瞳の色に。
いつものミカの姿は、ふわふわとしたクリーム色に近い金髪。そして赤色の瞳という、珍しい色の組み合わせのリテール族だ。
確かに姿見に映るのはリテール族。だが、髪色と瞳の色が、いつもと全く違った。
髪の色は黒。漆黒ではなく、若干の淡さがある黒だった。
無論髪色だけではない。頭の上にある猫の耳、そして背後で揺れる尻尾。全て淡い黒になっている。さながら、クロに良く似た姿となっていた。
そして瞳の色。それは翡翠色。いつもの赤色とは、ある意味真逆と言える色だ。
いつもと違う髪色と瞳の色。だがいつもと違うと同時に、『慣れ親しんだ色』でもあった。
「嘘だろ……」
小さく呟いたミカは考える。
(男の時と同じ色じゃないか)
その髪色と瞳の色は、男性であった、言わば元の姿と同じ、髪色と瞳の色であった。
なぜ色が変わっているのか、ミカは一つの可能性を思いついた。
(そうだ、首輪!)
ミカはここに来る前、キリザに首輪のアクセサリーを付けられた。
そのアクセサリーには、耐呪の効果があるという。
(聖水ほどの効果は無いが、一部耐呪の効果が作用したんだ。中途半端に姿が戻っている)
ミカは自分の視線が若干高いことに気づいた。おそらくは身長も少しだけ伸びている。
ふと、ミカは自分の股間に触れるが。
「無いな」
さすがにそこは戻っていなかった。
そんな中、リマがミカに話しかける。
「……まずお主がここに居る理由を聞く前に、問いたいことがある」
オークションを取り仕切る女性が、ミカに話しかけてくる。ミカは少し身構えた。
しかし、リマの口から出てきたのは、意外な人物の名だった。
「その瞳。お主……ミルドレッドとは知り合いかえ?」




