19話 猫耳ソーサラーと元パーティリーダー
ミカの背後に立つライアスは、その手にナイフを握っていた。その先は、ミカの首元に突き付けられていた。
「君が学術士なのは知っているよ。反魔法術式を組み込んだナイフなんだ。君のバリアは無効化されるよ」
「はいはい、そうですか」
ミカが尾行に気づいたのは十分ほど前。ミカはすぐに何者かが尾行しているのに気づいた。
ミカが何度か歩行のテンポを変えると、それに合わせてついてくる気配も変わる。隣のクロやショーティアが、ミカが歩幅を変えたのに気づくよりも先にだ。
故にミカは、ついてくる気配が自分を目的としている事に気づいた。
ついてきたのがライアスだと気づいたのは、実際に店内で声をかけられたタイミングであったが。
「お前なら納得だライアス。お前もこの町に来ていたのは驚きだが、どうせ町で俺を見かけて、ついてきたんだろ? なぜなら」
歩いていた三人のうちでミカが。
「俺が一番弱そうに見えたから、だろ? ついでに、俺の姿は好みらしいからな」
「さぁどうかねぇ。あの聖魔導士でも良かったんだけどねぇ」
まるで言い訳するような口調で話すライアス。おそらく図星だったのだろう。それを認めようとはしない。
そしてライアスの言動を聞いたミカは考える。
(隣に居たのがクロだとは気づかれていないか)
そう、ヴェネシアートではクロとライアスは顔を合わせていない。クロが一方的に認識していただけだ。
おそらく三人で歩いているとき、自分とショーティアにまず気づいたのだろう。そしてミカに夢中になったため、クロには気づいていない様子だった。
「ん?」
ミカが気づくと、店主の姿も無い。しかし町の警備隊を呼びに行った様子も無い。
「なるほど、グルか。まんまと嵌められたってわけか?」
「いえいえ、ただこの辺り一帯の店と友人なだけですよ」
ライアスが、ミカの首元にナイフを当てたまま、ミカを床に押し倒した。ライアスが、ミカの体にまたがっているような状態だ。
そんなライアスの顔に取り付けられたものを、見て、ミカが一言。
「赤いマスク。ヒュートックの証じゃないか。マジで残ってたんだな」
「おやおや、ご存じで? では楽しみながら聞かせてあげますよ」
ミカが身に着けているのは、いつもと同じセーターとストール姿。下はスカートだ。
ライアスはミカの身に着けていたスカートを、無理やり脱がした。その下からは、男性の下着が露わになる。
「色気の無い下着だねぇ。男性用の下着のようだ」
「そのマスクの方が色気が無ぇよ」
「おやおや、この高貴なマスクを乏しめるとは、やっぱりリテール族はなっていないねぇ」
そう言いながら、ライアスはミカのセーターを無理やり破こうとした。
「……高貴ねぇ、自分が『ヒューマン』であることしか自慢することがないことを証明するマスクの、どこが高貴」
ミカが発したその一言に、ライアスの手が止まる。
「ほう? それは、君は正気かな? このマスクの素晴らしさを、気づかない?」
ライアスの声が震えていた。まるでミカの言葉を否定するように。そんなことはつゆ知らず、ミカは続ける。
「俺も前はクズのようなパーティメンバーとパーティを組んでいた。思えば、あいつらはSランクパーティから落ちるのを極度に怖がっていた。今ならわかる。あいつらには、『それしか誇れることが無かった』んだ。だからこそ自分のミスを認めず、一番その誇りと縁遠かった俺に、責任を擦り付けた。お前も同じだ、ライアス」
「違いますよ? 違う違う。私はギルドで受けた冒険者適性検査でも、力を表すSTRの検査値はA、魔力を表すMAGはA、そして第六感などを表すPCAはなんとSでしたから」
「へぇ、そんな高い適性を持っているのに、Sランクにすら上がれないと? そりゃそうだ。だって、お前はそういう『生まれもった種族や、実の無い数字しか誇示できるものが無い』んだからな」
ライアスのナイフを握った手の力が、強くなっていることが見て取れた。だが、なおもミカは続ける。
「俺は30年近く生きてきて、わかったよ。ヒトは種族に関わらず、色んな奴が居る。だが、種族だとか国だとか肩書だとかを乏しめて、自分が上位だと語り見下す奴は、大概『それ以外に自慢できる事が出来ない無能』だってことをな!」
「貴様……! この、この私をコケにしやがって……!」
ライアスの口調が荒くなる。それは、まるで本性を出したかのようだった。
「私を、ここまでバカにしたのは、あの黒猫のリテール族以来だ。あの無能で、役立たずで、このウォルフマナルフ家生まれの私と違って、誰の力にもなれなかった、あの黒猫のリテール族の……!」
ライアスの語る黒猫のリテール族。それは間違いなく、ミカの知る彼女の事だ。
「俺にも黒猫のリテール族の、大切な友人が居る」
「……先ほど貴様と歩いていた奴か? どうせ役立たずなのだろう? リテール族というものはそういうものだ。下等で、役立たずで、我々が奴隷として使ってやるのに感謝もしない」
「そうだな、確かにちょっと怖がりで、自信が無いところはある。だが俺にとっては、Sランクの冒険者よりも頼りになって、いざってときは勇気も出せる凄い仲間だ」
二人しか気配の無かったその場に、もう一つの気配。気づけば、ライアスの背後にもう一人の影が。
「なぁ? クロ」
ライアスが後ろを見る。そこには、ライアスに向かってグリモアを構えるクロの姿があった。
「ライアス……!」
「おやおや、おやおやおや、これは驚いた。我がパーティの元メンバーではないか」
「僕にとっては汚れた過去だ。よくも、よくもミカを」
押し倒され、服を脱がされかけているミカを見て、クロが怒りを露わにする。
「おや? いいのですかね? あなたに攻撃できるかな?」
ライアスがミカを無理やり立たせ、ミカの首にナイフを突き付ける。ミカを人質に、脅しているようだった。
だがミカはクロに対し。
「クロ」
「なんだい?」
「ぶち転がせ」
ミカのその一言と共に、クロはにやりと笑った。そして。
「フォトンランチャー!」
クロの呪文詠唱と共に、無数の光の弾がライアスに放たれる。
「やったな貴様! こいつの命は……!?」
ライアスがナイフをミカに押し込もうとした。しかし、ミカの体にはナイフが食い込まない。
それもそのはずだ。ミカの体には今、反魔法術式が通らないほど、強固なバリアが張られている。
さらにライアスとミカに迫るクロの魔法。ミカの体はバリアによって守られているが、ライアスの体は完全に無防備だ。
ライアスに無数に魔法の弾丸がぶつかり、小さな爆発を起こす。
「うぐあああああ!」
叫び、店内の壁に激突するライアス。
「ば、ばかな……何故、ナイフが効かない!?」
「ライアスのことだから、ミカが一番弱そうだと思ってたんだろう? 残念ながら大間違いだ」
するとクロはまるで自分の事のように胸を張りながら言った。
「彼はSランクの冒険者だ」
「え、Sランクだと!?」
驚愕するライアス。そんなライアスをしり目に、クロは小さくボソッと呟いた。
「まぁ、元だけれど」
だがライアスはそんな言葉が耳に入らない。怒りと、驚愕でその表情は満ちている。
「あり得ない……貴様のようなリテール族が、下等種族が、奴隷種族がSランクなどと! お前ら、出てこい!」
ライアスの一言で、店内には複数人のヒューマンが現れた。
武器屋の店員から、おそらくは外で待機していたであろう、屈強なヒューマンや細身のヒューマン、その数三人。ライアスを含めて、ヒュートックが四人に増えている。
「万が一のために忍ばせておいたってか?」
「ミカ、それもミカのような可愛いリテール族一人相手にだよ。全く、卑怯の極みだ」
「下等種族ども、その煩い口をすぐに塞いでやる!」
と、3人の男たちが一斉にミカとクロに飛び掛かったが。
「はい、魔法障壁展開」
ミカが魔法障壁を展開すると、そのバリアに押されて3人は吹き飛ばされ、壁に激突した。激突した三人に対してクロが。
「フォトンショット、フォトンショット、フォトンショット。これでいいかい?」
攻撃魔法を三連発する。その攻撃で3人は気絶し、動かなくなった。
「ん、ねぇミカ、ライアスは」
気づけば、その場にライアスの姿は無い。
「店の奥から逃げやがったか」
「どうするミカ、追うかい?」
「やめておこう。店の外に出たなら、追うのは非効率だ。それよりも」
ミカは倒れている三人、その内の一人に近寄り、そのマスクを取った。
「このマスクが何よりの証拠だ。あいつは早々逃げられないさ」
そんな時、店の玄関から現れる一人の姿が。
「あらあら。突然クロさんが心配になって戻ると言い出したので、慌てて来たのですが。あらミカさん! スカートが外れていますわ!」
「大丈夫だよショーティアさん、もう終わってる。それに俺は男だし、パンツを一つ二つ見られても大丈夫だ。男の下着だしな。それよりこいつらをどうするかだが」
「あらあら、ではお声がけして正解でしたわね」
「ん? どういうことだ?」
店の外、ショーティアの背後には、町の警備隊と思しき数人の人が立っていた。




