18話 サポートヒーラーと、猫耳ソーサラーの元パーティリーダー
アゼルとルシュカはトイレの中。ミカやクロ、ルシュカはトイレの前に居る。
冒険者用の宿故、共用であるもののトイレは複数取り付けられており、そのうち二つをアゼルとルシュカが占有していた。
「み、ミカァ、こ、この腹の調子は、い、いつになったらおさまるんだ?」
かなり苦しそうな声で、扉の向こう側からミカに尋ねるルシュカ。それに対してミカは。
「おそらく二日、三日は続くだろうな」
「嘘だろミカァ!?」
「トイレが水洗式で良かったな」
ミカの言う通り、この宿のトイレは水洗式であった。
マナストーンというエネルギーの安定確保により、バレンガルドに属する一部の都市や町では水道が発達している。
そんな町では、かつてはまず見られなかったシャワーや水洗式トイレが取り付けられた冒険者用宿も存在した。
水洗式のトイレであれば、汲み取り式よりも悪臭は控え目で、さらに何度もトイレを流すことができる。流れた汚水は、下水を通って川へ流れるか、もしくはマナストーンで動く魔道器を用いて浄化して流すかがメジャーだ。
二日、三日と腹の調子が悪いのなら、水洗式であったのは幸運なことであろう。
「し、しかしミカどの! ミカどのの薬を飲んだのに、なぜここまで腹痛が! それに、ただの食中毒であるのに、なぜ二日や三日も続くでありますか!」
「そりゃ、お前たちが食べたのが、毒だったからとしか言えない」
「え、ミカ、二人が食べたのは毒だったのかい?」
クロがミカに尋ねると、ミカはあきれたように首を縦に振った。
「タカキラダケっていう食用キノコがある。これってバレンガルドで多く見られるキノコでな。味は、まぁそこそこ。バレンガルドの王都からそう離れていない山の中でも採れる。問題は、そのキノコに、味も、香りも、見た目もよく似た毒キノコがあってな」
「あらあら、お二人はそのキノコを?」
「そうだ。タカキラダケモドキっていうんだが……二人の食べてた肉だんごに入ってたようだな。匂いだけじゃモドキかそうじゃないか判別つかないから、念のため腹の調子を整える薬飲ませておいて良かった」
とミカが話していたときだ。
突如として、ミカの目の前にシイカが現れた。
「ど、どうしたシイカ」
シイカは無言で両手から何かを見せる。それは茶色い傘のあるキノコが二つ。片方の傘はきれいだが、もう片方の傘には、白いつぶつぶがある。
「シイ、なんで持ってるんだ」
「にゃ」
「アサシンだからか?」
「……むふー」
無言かつ無表情ながらも、その顔からは、どこか褒めろという意思をミカは感じた。
「すごいなシイ」
「にゃ、にゃ」
そしてキノコを見せたシイは、再度素早い動きでミカから離れ、近くの影に隠れてしまった。
「……というように、二人が食べたのは毒なんだ。猛烈に腹を下すタイプでな。一週間は腹を下し続ける。最悪水分不足で死ぬこともあるとか。一応手持ちの抗中毒薬を飲ませておいたから、症状はこれでも大分良いほうだ。この様子だと、二日か三日は続きそうだが」
「み、ミカァ……言ってくれたらあのとき吐き出したぜ……うぐぐぐぐ」
「毒の成分はささっと腹で吸収されるから、口にした時点でアウトだったんだよ」
「ぐぬぬ……ふがいないであります……」
すると、何か疑問に思ったのか、クロがミカに尋ねた。
「ところで、食中毒を一発で治す薬とかは作れないのかい?」
「うーん、作れないこともないが……材料の持ち合わせが無いんだ。今日1日あれば集められないこともないが……強力な薬ほど、どうしても体への負担が大きい。実を言うと冒険者用の身体能力を高める薬よりも、治療系の薬の方が体の負担は大きくてな。それに何度も使ってると、効果が薄まってしまう。本当に死に直結しそうなときしか、俺は飲ませたくないな」
「なら、痛み止めとかをあげるのはどうだい?」
ミカは考える。確かに腹痛を止める薬とかは飲ませても大丈夫だ。だが痛み止めが止められるのは痛みだけ。それ以外の効果は薄い。
痛みが止まったら二人はどうするだろうか。完調じゃないのに外に出たがるだろう。
痛みというのは、体が発する危険信号でもあるのだ。それこそ、気が強かったり、愉快すぎる性格の者の突拍子の無い行動を抑える手段でもある。
「……えっと、その、色々とヤバいから作れない」
「へ? うーん、ミカが言うなら」
ミカは嘘やごまかしが絶妙に下手だった。しかし、クロはミカへの信頼から、その嘘に気づかなかった。
「あらあら……ではわたくしのキュアはどうでしょう?」
次にショーティアが尋ねる。キュアというのは、状態異常を治す聖魔法の一つだ。
様々な状態異常回復に有効で、たとえば毒を受けた者の体内にある毒を解毒するのに使われる。
「ショーティアさん、聖魔導士のキュアは外傷による毒の侵入か、もしくはモンスターの有する魔力に関係した毒とかしか効果が無いぞ。自然毒には効果がかなり薄いはずだ」
「あらあら、そうでしたわ」
「一応学術士の魔法にも状態異常回復系の魔法はあって、そっちは体内に侵入した毒を魔法で弱体化させ、なおかつ身体の免疫力を向上させる効果なんだが」
「おお! み、ミカどの! そっちは効果がありそうであります! お願いするであります」
一呼吸おいてミカは二人に告げる。
「二人の腹痛の主な原因は、毒であるとともに、その毒を排出しようとする体の反応だ。快方までの時間は早くなるが、症状はひどくなるぞ」
「ミカァ! やっぱやめてくれ! う、ウチらはここまでだ……れ、例のグリモアの件は、み、皆にまかせたぜ! すまねぇ!」
「俺もそれをおすすめするよ。ところでシイ」
ミカがシイカを呼ぶ。シイカは少し離れた影から顔を出した。
「水分と栄養補給用の薬水を作っておく。このあたりの扱いは、聖魔導士やアサシンが得意なはずだが……今回は金の問題もあるし、ショーティアと町へ出たい。二人のこと、頼めるか?」
すると、シイカは影から右手を出した。親指を立てている。任せろという意味だろう。
「それじゃ二人のことはシイにまかせて、クロ、ショーティアさん、町へ出ようか」
〇〇〇
ミカ達が宿を出たのは、夕方ごろだった。
空は日が沈みかけているが、ダルフィアはとてもにぎやかだった。
「人が多いねミカ」
ダルフィアの大通りは、交易が盛んなヴェネシアートのメインストリート並みににぎやかだった。属国なうえ、首都でもない町でこのにぎやかさは珍しい。
「あらあら、貴族の方もちらほら見かけますわ。けれど、冒険者の方も多いですわね」
「本来は貴族の暇つぶしの町だからな。冒険者もアリーナやらブラックマーケットやらが目的で多いようだが」
「だからかなミカ。貴族っぽい人は、周りに用心棒のような人たちを連れてるね」
「治安はそこまで良いって感じでもないからな。ブラックマーケットや闇オークションもあるわけだし」
「地下の悪い雰囲気が、表にも出てきてるわけだね」
三人はアンジェラから聞いた地下オークションの入口へと向かっていた。
オークション会場というのは、本来地上の建物で行われる。しかしブラックマーケットや闇オークションは、隠された地下の空間にあるという。
入る条件は簡単。自分がどのくらいの金を持っているか、何かしらの証明書を渡すだけ。比較的金を持っていれば、簡単に入れるという。
ミカ達は王都の商人ギルドで所持金証明書を発行し、それを持っていた。本来は正式な取引の際に使用するものではあるが、こういう使い方もあった。
「ん?」
そう話ながらメインストリートを歩く3人だったが、ミカがふと足をとめた。
ミカの前には、まだ営業中の武器屋があった。
「二人とも、先に行っててくれ。ちょっと武器を調達してくるよ。すぐ追いつく」
「わかりましたわ。少し先で待っています」
ミカが店の中へと足を踏み入れる。ミカは並べられたグリモアの一つと手に取った。
「中級程度のダークグリモアか。これがここの最高級品かな。これください」
ミカはグリモアを手に、そのまま店主に金貨を複数手渡した。
そしてふぅ、と一息つくと。
「それで、なんの用だ?」
自分の背後に立つ存在に言いながら振り向いた。
そこには、どこかで見た青年の姿が。
「おや、なかなか勘がいいねぇ、リテール族の癖に」
「もう少し尾行は上手にやった方がいいぞ。ライアスさんよ」
そこに立っていたのは、クロの元パーティリーダーであり、ヴェネシアートで因縁のあったライアスだった。




