12話 一方その頃、猫耳ソーサラーの元パーティリーダー
朝。それは川沿いの、ヴェネシアートからそう遠くない、ある程度裕福な小さな町でのことだった。
その町で、一つの事件が起こっていた。
「アイリン! おいアイリン! 何があったんだ!」
とある小さな家の前。その家の持ち主と思われる、ヒューマン族の初老の男性が、地面に倒れていた、裸の少女を抱きしめた。
その少女は頭に猫耳を生やしたリテール族。13歳前後だろう。そんな少女の顔立ちは、その男性とどこか似ていた。
「あ……うあ……パパ……」
そう、彼女はその男性の娘だ。
少女の姿。それはあまりに凄惨なものだった。手足は刃物のような何かで傷つけられていた。手のひらや腕、足の様々な箇所に、ナイフなどで痛みつけられた跡が残っている。両手首と足首には、縄で絞められたと思しき形跡が。
舌も傷つけられ、言葉もまともに発せられていない。しかも、あえて傷が残るようにか、最低限のヒールをかけた形跡があった。
まともに治療されなかった傷というのは、後からヒールをかけても傷が一生残る。まるで、あえて傷を残そうとしたかのようだった。
そして娘の体の様子を見て、男性は娘が何者かに襲われた、暴行を受けたと確信した。
「アイリン……すまない……すまない……急いで病院へ行こう! な!」
娘を抱きしめ、病院へと駆けだした男性。そんな男性を見て、周囲の住人たちは噂する。
『ねぇ聞いた? ほら、昨日の朝にアカデミーに行った後、帰って来なかったっていうリテールの子』
『聞いたわ。まさかあんな状態で帰って来るなんて』
『まるで捨てられるように家の前に倒れていたらしいわ。裸で』
『やだこわいわ……うちの子、アカデミーを休ませましょうかしら』
と話す住人の横を、一人の冒険者が歩き通った。それはライアスだ。
「ふぅ、昨夜の奴隷はいささか生意気だったねぇ。ま、何度か殴ったら黙ったけれども。締まりは良かった。まぁ、外見はいささかいまいち。総合的には20点といったところかねぇ」
ライアスは立ち並ぶ煉瓦造りの住宅の一つへ、足を踏み入れた。
踏み入れると同時、ライアスは懐から鉄で出来た仮面、仮面舞踏会などでよく用いられる、目元を隠すマスクを身に着けた。真っ赤に塗色されたマスクだ。
その住宅の中には、ライアスに似たマスクを身に着けた者が複数人居た。
「おい、遅かったじゃねぇかライアス」
筋骨隆々、逞しいヒューマン族の男性が言う。それに対してライアスは。
「すみません、少々暇を潰していたもので」
「奴隷どもを教育してたんだろ? わかるぜ。良いことをするじゃねぇか」
その場に居る種族は、全てヒューマン族の男性だった。赤いマスクをかぶった者は。
その場には、赤いマスクをかぶっていない者も居た。
鎖付きの首輪に繋がれた、妙齢のリテール族の女性。幼いコビット族の少女。エルフ族の女性。別種別の女性が、体を傷つけられ、首輪に繋がれた状態で居た。
目に涙をためた女性、憔悴しきった女性、全てを諦め、絶望の表情を浮かべる女性。皆、その瞳に希望を宿していない。
「にしても外で教育ったぁ変わりもんだよなライアス。ここなら結界魔法が張ってあって、奴隷どもの声も外にもれねぇ。好きに教育できるのによ」
「いちいち連れ込むのが面倒なんですよ。その場で教育する主義で」
「変わりもんだなおめぇは。んで、俺たちを集めた理由はなんだ? なんか一昨日化け物が出たとかでヴェネシアートの軍が騒がしいなか来てやったんだ」
ライアスはニヤリと笑うと、その男性に対して言った。
「ヒューマンの風上に置けない、修正対象が居ましてね。恋人として、リテール族を侍らせてるんだ」
「ほう。それは修正しないとな」
「ええ。歪んだ認識を正し、ヒューマン族の栄誉を取り戻す。それが我々。ヒュートックの役目なんで」
とライアスと男性が話してたところ、玄関の扉を開き、別の男性が現れた。
細身の比較的若い男性だ。その男性は、手に布でくるまれた、子供ほどの大きさの何かを持っている。
「お、ライアスさん、いらしたので」
「久しぶりだねぇ。して、その手に持っているのは?」
「へっへっへ……近くの川で気絶してるのを見つけました。上物ですぜ」
玄関の扉を閉め、室内のテーブルの上に布でくるまれたそれが置かれる。
布をほどくと中から現れたのは。
「ほう、これは珍しいねぇ」
中から現れたのは、灰色の狼耳を持った、長い金髪のリテール族の少女だった。意識を失っている。
年齢は10歳ほどだろうか。見ればその体は、おそらくは魔法によって付けられたであろう傷だらけだ。
「へっへっへ、どうでしょうかこいつぁ」
「自分の好みではないけども、容姿は素晴らしい。狼耳のリテール族は世界的に見ても大変貴重だと聞きますねぇ。おそらく傷を治しオークションにでも出せば、法外な値段が付くに違いない」
「へっへっへ、では……」
「幸い今回の修正対象は、かの有名な町、ダルフィアへ五日後向かうと情報を仕入れてます」
「表と裏のある町、でやすね……へっへっへ」
「もともと最近あわただしいヴェネシアート周辺では、修正は難しいと判断していましたしねぇ。ついでです。この新しい奴隷も連れて行きますか。我々の活動資金とするために、ね」
そう言うとライアスは自身の赤いマスクに触れながら、妖しい笑みを浮かべた。




