4話 サポートヒーラー、静かに怒る
店員と話すその冒険者のリーダーの態度は、一見して温和に見えた。
「うーん、困ったねぇ。大空洞の第二の入り口の話を聞いて、わざわざこの町へやってきたのに、まさか満席とはねぇ」
「申し訳ありません、席が空くまでもうしばらくお時間がかかります……」
「そうは言ってもなぁ。こっちも腹が減ってたまんないんだしぃ、できればさっさとご飯を食べたいところなんだけれどなぁ」
ヒューマンにしては比較的身長は高め。いわゆる優男と呼べるような柔らかい態度をとるその男。
そんな男を見て、クロが体を震わせている。
「クロ、大丈夫か……?」
ミカは体を震わせ怯え続けるクロに、優しく話しかけた。
「あいつはライアスって言うんだ。……嫌だ……怖い……ヒューマンは怖い……嫌だ……」
「クロ、落ち着くんだ。俺が絶対守ってやる」
「ミカ……」
「そうですわ。わたくし達だって居ます。もう怖がることはありませんわ」
「ショーティア……ごめん、もう大丈夫だよ」
ミカとショーティアがクロを落ち着かせている最中だった。
「おやや? これは珍しい。あんなところにリテール族が固まっている」
クロがライアスと呼んだ男は、ミカたちの存在に気づき、店員に言った。
「店員さん、あのリテール族の集団をどけてはもらえませんか?」
「いえ、そういうわけには」
「リテール族が居ると、店の品が落ちると思うけれどねぇ。その見た目しか価値の無い、ヒューマン族に劣る種族を店に入れるなんてねぇ」
「ですが……あっ! お待ちを!」
そう話しながら、ライアスは他のパーティメンバーを受付に待たせたまま、ミカたちのテーブルへとやってくるライアス。
ミカは、とっさにクロをテーブルの下に隠した。
「お? なんだいあんた。ウチらになんか用かー?」
アゼルがライアスに尋ねる。だがライアスは。
「喋るな奴隷種族が。空気が淀む」
「は!? なんだてめぇ!」
「アゼルさん! 落ち着いてください! ここはお店の中ですわ!」
ライアスの一言にアゼルが怒りを露わにして立ち上がる。それをショーティアはすぐにたしなめた。
店の中で喧嘩にでもなれば、周囲に被害が及ぶ。ショーティアの意思に気づき、アゼルは
椅子に座った。
「それで、あなたは何の用でありますか?」
ルシュカが尋ねると、ライアスは。
「奴隷風情が店の中で偉そうで飯を食ってたから、どかそうと思っただけだよ」
「……そんな言い方は無いであります」
「ヒューマンに劣る種族のくせに、生意気だ。やはり王国の体制は間違っている。このような種族は奴隷でしかるべきだ」
その発言に青空の尻尾の面々は怒りを覚えた。だが、一番先に言葉を発したのは、カゴンだった。
「おっとそこまでだ。奴隷だかなんだかしらないが、今の時代種族の差なんて関係ねぇ。ここは公共の場だ。あんたの主義主張は知らんが、帰ってくれ」
「お? ということはあなたがこの奴隷たちの主人かな?」
「ちげぇよ」
「またまた謙遜しないでください。そうだ、せっかくだから一匹売ってくださいよ。たとえば……ほう」
ライアスが品定めをするように、その場にいるリテール族たちを見渡す。その中の一人に、ライアスは目を止める。
「いやぁ、これはすごい! 幼い容姿、幼い体、幼い顔! それでいてウェーブのかかった美しい金髪! さらに赤い瞳と来た! 間違いなくかなりレアなタイプのリテール族。いやぁこれは素晴らしいよ! あの黒猫のリテール族以来の逸材だ!」
ライアスが指さしたのはミカだった。ミカは何も言わず、ただ睨みつけている。
「ぜひともそのリテール族を売ってほしい。あれは一級品だ。いやぁすばらしい品だよ。3万ギニーでどうかな?」
カゴンに言うライアス。そこに、ついに怒りが収まらなくなったアゼルが立ち上がろうとするより早く、ショーティアが立ち上がった。
「ミカはわたくしたちの大切なメンバーです。あなたのような横暴な方にはお譲りなんてできません」
「へぇ、そんな生意気言うんだねぇ。痛い目にあいたいみたいだ」
ショーティアに近づいたライアスは腕を振り上げ、ショーティアを殴ろうとした。
俄然と立ち続けるショーティア。そんなショーティアにライアスの拳が届く直前、ライアスの拳が止まった。
見れば、ライアスの拳は透明な壁に阻まれている。そしてショーティアの背後で椅子に座るミカは、腰に着けた魔導書に手を触れていた。
「これは学術士のバリアかな? リテール族らしい、無能なジョブを連れているみたいだねぇ」
バリアに阻まれるライアスの手を、カゴンが掴む。
「いい加減にしろ。同じヒューマン族として恥ずかしいぞ」
「恥ずかしい!? 何を言うんですか!? おかしいのはあなたのような人ですよ。ヒューマン族をもっと誇るべきなのに」
「カゴン、大丈夫?」
カゴンの傍に、カゴンを心配したキリザが駆け寄った。それを見たライアスは。
「なるほど、奴隷ではなく恋人と。あなたは精神が穢れている。矯正対象だね」
「なんの話だ?」
「ここは俺がさがるとするよ。近々、また会えることを楽しみにしているね」
そう言い残し、ライアスは店の受付へと戻り、そのままパーティメンバーと共に店の外へと出て行った。
ライアスの姿が消えたあと、ショーティアがふぅ、と息を吐いた。
「ミカさん、大丈夫でしたのに」
「知ってる。全身にカウンタースタンボルトの魔法を張ってるんだろ。でもそれは触れた奴を麻痺させる魔法だ」
「あの方を騒ぎを大きくせず沈静化するには、良い方法だと思いましたわ」
「確かに麻痺なら痛くないし、騒ぎもそこまで大きくはならないだろう。だが発動には結局殴られる必要がある。あいつなんかにショーティアを傷つけさせやしないよ。大切なパーティメンバーだ。いざってときは俺がぶち転がす」
「ミカさん……」
二人が話していると、ショーティアの傍にルシュカとアゼルがやってきて。
「ショーティア! やっぱお前勇気あるじゃねーか!」
「さすがは自分らのパーティリーダーであります!」
と、同時にショーティアの肩に触れたため。
「ほぎゃあああ! あばばばばばば! からだががががが」
「ししししし、しびれるでありままままま」
「あら、あらあらあらあら」
当然のように麻痺してしまった。
「もうライアスはいな……って、なにがあったんだい!?」
「カゴン、かっこよかったじゃん! さすがはあたしの未来の旦那!」
「わっはっは! そんなお前は世界一の妻だ! 愛しているぞー!」
テーブルの下から出てきたクロは状況がわからず慌てており、カゴンとキリザは二人がしびれていることに気づかず、惚気ていた。そしてシイカは何も知らずという感じで、テーブルの下でフライドポテトをシャクシャクと食べていた。
そんな状況にあきれつつ、ミカは魔導書に手をかけた。
「……ショーティア、一緒に状態異常回復のヒールだ」
〇〇〇
そうしてカゴン達との食事を終えた一行は、そのまま店の前で解散しようとしていた。
「にしても、まだアゼルとルシュカは食うんだな」
「二人とも大食いだからね」
「いや。家で料理作ってるの俺だから知っているけれども、驚きだ」
アゼルとルシュカは、しびれたせいでお腹が減ったからと別の店に向かい、何故かシイカもその後を追った。
今この場の青空の尻尾は、ミカ、ショーティア、そしてクロが居る。
「わっはっは! 変な奴が現れたが、なかなか美味い店だったな!」
3人の前では大笑いするカゴン。そしてその隣に居るキリザはミカを見ながら。
「そうそう、さっき見てたけど、あんたすごいじゃん!」
「ん? なんのことだ?」
「ほら、すごい小さなバリアで拳だけ防いでたじゃん? あれ学術士でしょ。あんなにうまくバリアを張れるなんて、あたし見直したわ」
「わっはっは! キリザの言う通りだ! 君たちはCランクパーティだったかな? にしては君は強いようだ。そして何より君たちパーティは面白い! ぜひともまた会いたいものだ!」
「あらあら、こちらこそですわ」
「ではまた会おう! わっはっは!」
大笑いしながら去ってゆくカゴン。キリザもそれの後を追って行く。
「カゴン、次は例の魔鏡石を買いに行かない? あれすんごい話題なのよねー」
「まったく、俺の恋人は温泉といい魔鏡石といい、わがままこの上ない! だがそこもかわいいぞー!」
惚気ながら去ってゆく二人。そんな二人から聞こえた話からか、ショーティアが何かを思い出したかのように手をたたいた。
「まぁ、温泉!」
「温泉? ああ、もしかして」
「僕も聞いたことがあるよ。確かヴェネシアートからそう離れていないところには、温泉宿があるらしい。既に廃れた鉱山の近くらしいが、以前そこで温泉が出て、それ以来工夫たちはそこで疲れを癒していたとか」
「今では冒険者にも人気のスポットですわ」
すると、ショーティアは二人に向かって提案した。
「今はお金の余裕もあることですし、パーティの皆で行きませんか?」




