1話 サポートヒーラーと謎のモンスター
それは森の中。呻き声を上げる、巨体が一つそこにあった。
その外見は獣の一種である熊そのもの。違う所があるとすれば、通常種よりも体が一回り大きいことと、体毛の色である。
その色は、銀に近い、薄い灰色をしていた。
「なぁミカ! 確かウチらの受けた依頼って、Cランクの依頼だよなぁ!?」
「間違いない。だが、こいつは……」
ミカたちが受けた依頼は、森の中に現れた害獣退治であった。農作物を荒らしているという熊の目撃情報があり、倒してほしいというものだ。
この日、CランクからBランクの他の依頼が他になく、ミカ達は残り物を選ぶように、この依頼を受けた。しかし。
「この……フォトンショット!」
クロが魔法を放つ。しかしクロの魔法は、体表で弾かれてしまった。
「僕の魔法が効かない……!?」
「クロどのの魔法……効かないというより、まるで受け流されたようであります!」
魔法が効かないモンスターと言うのは、確かにこの世に存在する。正確には効かないというより、魔法への耐性が高いモンスターだ。
しかし魔法耐性の高いモンスターは、通常古い神殿に生息していたりだとか、聖跡など魔法の力が強い場所に生息している場合が多い。
だが、ここはヴェネシアート近郊の森だ。そのようなモンスターが居るはずがない。
「げっ、皆、ウチの後ろに来てくれ!」
腕を振り上げた熊に反応して、アゼルが盾を構える。なんとかアゼルは攻撃を受け止めたものの。
「くっそ! なんだこの力! 本当にCランクかよ!?」
「ここは自分が! でええい!」
「……にゃ」
アゼルが盾で攻撃を受け止めたその瞬間、ルシュカが斧で、シイカがナイフで斬りかかった。
二人の攻撃は確かにその熊に通った。シイカのナイフは熊の体にめり込み、ルシュカの斧は、熊の体に深く入り込んだ。しかし。
「こ、これでも動くでありますか!?」
通常のモンスターであれば、明らかに倒れているはずの傷。しかし熊は全く倒れる様子も無く、なおもミカ達に迫っていた。
その熊は手を振り上げ、そのままアゼル達に向かって振り下ろそうとしたが。
「魔法障壁、展開!」
ミカが魔法障壁を展開し、その爪はアゼル達へと届くことはなかった。
「ミカさん、このモンスターは!?」
「わからない。だが、普通じゃないことは確かだ……幸い皆のおかげで魔力が練れた。喰らえ、グリモアショット!」
ミカの放った魔法攻撃が、熊の体に直撃する。ミカの放った魔法は、熊の体を魔法が貫き、ようやく熊は地面へ倒れ伏せた。
「ミカ、ありがとう。やっぱりミカの魔法は凄いよ」
「クロ……いや、相手は魔法耐性持ちだった。なんとか、俺の魔法の威力が耐性を上回っただけだ。普通、Cランクのモンスターはこのような耐性を持たないはずだ」
ミカの攻撃で倒せたものの、想定以上の相手に、青空の尻尾の面々は動揺を隠せていない。
上がった息を整えながら、アゼルがミカに尋ねる。
「はぁ……はぁ……なぁミカ、なんだったんだあれ!?」
「わたくしも、このあたりにあのようなモンスターが居るだなんて……初めて聞きましたわ」
「僕も初めてだ……それに、話では普通の熊退治だったはずだ」
ミカも、皆の言葉に頷く。
「俺も驚いている。知らないモンスターだ。一応、王立図書館でモンスター図鑑や害獣図鑑は全て記憶していたつもりだが……似たようなモンスターは、見たことが無い」
「新種というものでありますか? お、おそろしいであります……ぶるるる。魔法に耐性もあり、それに物理攻撃もあまり利かなかったであります……」
「俺の見立てでは、B以上。Aくらいの強さはあったかもしれない」
「ウチらがかなわないわけだ」
「また、ミカさんに助けられましたわね……」
見たことの無いモンスターとの出会い。明らかに街の近郊に出没するモンスターの割には、圧倒的に強かった。
少し沈んだ雰囲気になっていたところで、ショーティアがパンと手を叩いた。
「では、依頼も達成したことですし、そろそろ戻り……」
「っ!? クロ!」
ミカが叫ぶ。気づけば、クロの背後には大きな影が。
「魔法障壁展開!」
ミカが咄嗟に魔法障壁を展開した。その影の放った爪撃を弾いた。同時に、側に居たルシュカが、斧を手にその影の前に立ちふさがる。
「なんのそのー! 守るであります!」
「す、すまない。僕としたことが。助かったよルシュカ」
その影が再度振り下ろしてきた爪を受け止めるルシュカ。その影というのは。
「おいミカァ! あいつ熊じゃん! それも普通の!」
「た、確かにそうだな……」
「あらあら、もしかすると、依頼の対象はもしかして」
「……にゃ」
シイカが熊に斬りかかる。先ほどのもっと巨大な灰色の熊とは、打って変ってひ弱だった。
シイカのナイフがその腕に傷をつけると、すぐにミカ達に背を向けて逃走を初めてしまった。
「逃げやがった! 追おうぜ!」
とアゼルが追おうとしたその時だった。
突然、木の陰から飛び出してきた一本の槍が、熊の体を貫いた。
「がっはっはっは! 大丈夫だったかぁ! 君たち! 危ないところだったな!」
突然現れたのは、前身を鎧に包み、アゼルが持つ盾よりも大きく、体を覆えるほど巨大な盾を持った男性だった。
肌は色濃く、口元には髭を蓄えていた黒髪の男性だ。
そんな男性の背後から、さらにもう一人現れる。
「ちょっとーカゴンったら、先進みすぎだしぃ。ちょっと待ってくれてもいいじゃなーい」
「がっはっは! すまんなキリザ!」
「でもかっこいいから許しちゃう!」
現れたのは、リテール族の女性だ。赤を基調とし、肌の露出が多めな煌びやかな衣装を纏っている。
どうやらミカ達を助けたつもりのようだが、そんなカゴンと呼ばれた男性に対してアゼルは。
「待ってくれよー! それウチらの獲物だったんだぜ!?」
「ん? てっきり襲われているものかと思ったが……君たちは冒険者か!」
「ええ。わたくしたちは青空の尻尾という、Cランクのパーティですわ」
「なんと!」
するとカゴンは持っていた盾と槍を地面に投げ捨て、猛スピードで地面に膝をつき、ミカ達に向かって土下座した。
「す、すまんかったー! Aランク冒険者として、他者の獲物を横取りしてしまうとは恥の極み!」
「カゴンったら! 謝る姿も素敵!」
「あらあら……あまり気になさらないでください。えっと、カゴンさん、でしょうか?」
ショーティアが尋ねると、カゴンは顔を上げて、笑いながら答えた。
「がっはっは! そうだ! 俺の名はカゴン! Aランク冒険者をやっている! ジョブはロイヤルガードだ!」
ロイヤルガード。それはタンクに属するクラスで、パラディンなど寄りもさらに防御に寄った戦い方を得意としている。
「そしてこの美女が、ダンサーのクラスであり、俺の恋人! キリザだ!」
「やだもーカゴンったら! でもうれしい!」
ダンサーは近接物理アタッカーに属する、ナイフを扱った舞いで敵を倒すクラスだ。
自己紹介を終えたカゴンは、再度頭を下げると。
「いやはや本当にすまんかった。出来れば、この詫びをさせてはもらえないだろうか?」
「ならカゴン、あのマジぱないほど美味しいお店でごちそうするのはどう?」
「ごちそう!?」
一番強い反応を見せたのはアゼル。美味しいという言葉を聞いて、その目を輝かせていた。
「そんなに美味いのか!?」
「ああ、美味いぞ!」
「皆、行こうぜ! せっかくごちそうしてくれるって言ってるんだ! 美味いもんは食わねぇと損だぜ損!」
「がっはっは! こう見えて金はある!!」
アゼルが行く気なのもあり、どうも断りづらい状況。ショーティアは少し遠慮しながらも、こう言った。
「あらあら。ではお言葉に甘えて」
「遠慮はするな! では猫たち! ついてこい!」
と、カゴンが歩き出し、ショーティア達もそれについて行く。
そんな中で一人、歩き出していないのがミカだ。
「あのモンスター……」
ミカが見ていたのは、最初に倒した巨大な熊のモンスター。ミカの記憶に無い、不気味なモンスターだ。
「……嫌な感じがするな」
「あれ? どうしたのミカ。行かないのかい?」
立ち止まったミカを気にしたクロが、ミカの方を振り向いて尋ねた。
「ああクロ。今行くよ」
ミカは倒れた巨大な熊に背を向け、皆のもとへ歩き出した。




