中編:猫耳パーティ、猫を飼う その3
結局名前は決まらないまま、いつしかあたりは暗くなっていた。
他のパーティメンバーが名前を考えている最中、ミカは一人猫用の家具やら道具やらを作っていた。
皆がそれに気づいたのは、夜になってからである。
「お? なぁなぁミカァ、これはなんだ?」
アゼルが見ていたのは、玄関の扉だ。玄関の扉の下部分に、見慣れない小さなドアのようなものがつけられている。猫一匹が入れる程度の大きさだ。
「ああ、玄関の扉を改造して、猫用ドアを設置しといた。ショーティアの許可は取ってあるよ」
「やっぱすげーな! 少しの時間でこんなのつくっちまうんだから。ん? ってことは猫は放し飼いにするのか?」
「そこなんだよな。あの子猫、なんどか家の外に出たがってな。元々野良だったし、放し飼いの方が良いかもしれない。家への出入りは自由にできるようにして、様子を見ようと思う」
「そーかもなー。ずっと野良で自由に過ごしてたのに、いきなり家に閉じ込めるのもかわいそうだもんな!」
と、アゼルが玄関の扉を開いて外へ出た。するとそこにはショーティアの姿が。
「あら、アゼルさんにミカさん」
「ショーティアさん、どうしてここに?」
「皆さんの様子を見ようと思いまして」
外に出ると、そこにはショーティアの姿が。とある物を見上げていた。
同じくアゼルも、パーティハウスの敷地内に建てられたものを見上げた。
「ミカァ、すげぇけどよ」
「ん?」
「こいつはちっと、張り切りすぎじゃね?」
「あー……否定しない」
アゼルが見上げたのはミカが作ったキャットタワーだ。
キャットタワーというのは、主に室内飼いの猫の運動不足等の解消を目的に、室内に置かれる家具を指すことが多い。
形状は様々あるものの、猫が飛び跳ねられるほどの、程よい高さの段差。それが一本の支柱に複数つけられているというのがメジャーな形だろう。
ミカが作ったのも、そのメジャーな形に準拠したものだ。
「でけぇよミカァ」
「そ、そうか?」
ミカは張り切りすぎた。猫を飼う。それはミカが大昔から考え、あこがれていたものの一つ。いくらでも猫をもふっても良い権利を手に入れる数少ない手段。
それが現実になったミカは、皆にその気持ちがばれないように冷静を装っていたが、その興奮がこうして作り上げたキャットタワーに出てしまった
その高さ、なんとパーティハウスと同じ高さ。一匹の猫にはあまりに大きすぎる代物だった。
しかもそのキャットタワーを主に利用しているのが。
「うおおお! 訓練であります! タンクにも素早い動きは必要であります!」
ルシュカがキャットタワーの段差を駆け上がったり下りたりしている。
「おわあああ! 落ちるでありまーす!」
「にゃ」
タンクであるルシュカの動きはそこまで機敏ではない。しかしアサシンであるシイカは別だ。
シイカは落ちそうになるルシュカを支え、ルシュカの体勢を戻すと、そのままキャットタワーの頂上まで行き、その上で寝っ転がってしまった。
それに対してミカは。
「頂上、ふかふかの素材使ってるんだ。ほら、猫って高いところで寝るイメージがあるだろ?」
「んー、確かに無くは無いけどよぉ」
すると、閉じた玄関の下部にあるペットドアから、子猫が顔を出した。
『にゃあ』と一鳴きすると、そのまま玄関横の床で、体を丸めて座り込んだ。
「こいつは低いところが好みみたいだぜ?」
「そ、そうか……」
少し落ち込みを見せるミカに対してショーティアは。
「まぁまぁミカさん。猫ちゃんを飼うのは初めてですし、勝手がわからないのも仕方ないですわ。あのキャットタワーは猫ちゃんに大きすぎますし、トレーニング用に使うとしましょう」
「あ、ああ……そうしてくれ」
すると、ミカは何かを思い出したかのようにショーティアに尋ねた。
「猫の名前は決まったのか?」
「いえ、まだですわ。なかなか決まらなく……クロさんも、どのような名前が良いか部屋で考え込んでいますわ」
「とりあえず、明日皆で決めようって話になったぜ」
「そうか。俺も何か考えておくかな」
そう言って子猫の方を見るミカ。
体を丸めて座る子猫。その尻尾がぴくっと動く様を見て、ミカはあることを決意した。
〇〇〇
深夜。皆が寝静まった時間帯に、ミカは一人パーティハウスの中を歩いていた。
「誰も……起きてないよな」
ミカはパーティハウスを歩き回り、何かを探す。しかし室内にそれは見合たらず、ミカはそのまま玄関の外へ出た。
玄関の横には、ミカの目当てのものが、体を丸めて寝ていた。
「……よし、見られていない」
それは子猫。子猫はミカが近づいてきたのに気づき、顔を上げた。どうやらまだ寝ていなかった様子だ。
子猫はそのまま『にゃあ』と鳴きながら、ミカの足元に寄ってくる。ミカが玄関の床に座り込むと、子猫はミカの膝にぴょんと乗ってきた。
「う、あ、あ」
そのもふもふ感。ルシュカの言う通り、まさに殺人毛玉。抗いがたい欲求。
誰にも見られていない。そして膝の上のもふもふ。ミカの理性を決壊させるには十分な条件だった。
「ふわあああ、かわいい! あああ、このもふもふ! たまらねぇ!」
ミカは子猫をもふもふと撫で始めた。それに対して子猫は嫌がる様子も見せず、むしろ喉をごろごろと鳴らしている。
「もふもふ、めっちゃもふもふ! ああああ、かわいいなぁ! かわいいなぁ!! ずっとこうして見たかったんだ!」
恍惚の表情を浮かべてもふもふし続けるミカ。そんなミカの猫耳と尻尾も、嬉しさのあまりかピコピコと揺れていた。
ミカは変わらず子猫をもふもふしながら、子猫に話しかけるように独り言を言い始めた。
「お前ほんと美人さんだよな! かわいすぎだよな!? 体毛ももっふもふ! 尻尾もふっわふわ! ああもう最高だ! 瞳の色も……」
と言ったところで、ミカは猫の瞳の色をよく見た。その瞳の色は、薄い灰色。
「あれだ、昔見た小説の主人公を思い出すな。名前はユーキだったか? 元気とか、希望を表す古語だったかな。そうだ、お前の名前はユーキだ! 明日皆に提案しよう!」
子猫はその呼び名にまんざらでもなさそうで、再度『にゃあ』と鳴くと、ごろごろと喉を鳴らした。
「ああああ、かわいいなぁかわいいなぁ! しばらくこうしてやるからな! ああもう本当にヤバい! 覚悟しとけよこのやろー!」
と、見られていないのをいいことに、子猫をもふもふし続けるミカ。
そんなミカは、パーティハウスの中からミカを見る、何者かの存在に気づいていなかった。
〇〇〇
「僕は、ユーキという名前がいいと思うんだ。とある小説の主人公から取った、元気とか希望を表す古語らしいんだけど」
翌朝、広間で子猫の名前を決めようという話になった際、クロが言い放った。
「あらあら、良い名前だと思いますわ」
「自分もアゼルどのの名前よりは良いと思うであります」
「ああん? ウチだってルシュカのよりマシだと思うぜ。シイカはどうだ?」
カーテンの裏に隠れていたシイカは、カーテンから右手だけを出して親指を立てた。
一方で一人、明らかな動揺を見せている人物が居る。膝の上に子猫を乗せて、ソファに座っているミカだ。
「ん? おいミカァ、どうしたんだ?」
「あ、いや、俺も、ユーキっていいと思う」
「ところでクロどの、その名前はどうやって思いついたでありますか?」
ルシュカの質問に、クロが得意げに答えた。
「昨日眠れなくてさ。ふと家の中を歩いて、窓の外を見たときに思いついたんだ」
「うっ……」
そう、ミカはクロに見られていた。昨夜の行為を。
そしてクロはミカに近づくと、耳元でこう囁いた。
「とってもかわいかったね、昨日の『金髪の子猫』は」
「あ……う……」
「でも皆に遠慮せず、気にせずもふるべきだと、僕は思うけどね」
そう言ってクロはミカから離れる。そのタイミングで、ショーティアが言った。
「では、名前はユーキで決定ですわね! みなさん、協力して飼っていきましょう!」
と言うショーティア。そしてミカは変わらず、冷や汗をかきながら固まっていた。
そんなミカの状況はつゆ知らず、ミカの膝上の子猫、ユーキは大きなあくびをした。
これにて中編は一旦終わりです!
次回は、キャラクターのイメージイラストを掲載してます!
そして次々回からは長編に突入します!




