36話 サポートヒーラーとメインヒーラー
紅蓮の閃光が捕まってから一週間後。
王都では無事にお布施を納付し終え、紅蓮の閃光に関する事後処理はアンジェラ王女がやってくれるとのことで、青空の尻尾の面々は、ヴェネシアートへと戻っていた。
「ショーティア殿、今日はどんな依頼をこなすでありますか!?」
「そうですわねぇ……ミカさんとご相談してみますわ」
朝食を終えた時間帯。彼女たちの生活は以前と変わらない。一つの冒険者パーティとして、日常的な日々を過ごしていた。
いつも皆の集まる広間。ルシュカは本日こなす依頼についてショーティアに尋ね、クロはアゼルの隣で、錬金薬に関する本を読みこんでいる。
「うーん、なかなかどうしてか難しい」
「クロよぉー、なんでそんな難しい本読んでんだ?」
「ミカが行う製作の手助けとかができればと思ってね。だが、難しいよ」
「どれどれ……げぇっ、難しい言葉ばっかりじゃねーか!」
そしてシイカはカーテンの影に隠れている。青空の尻尾にとっては、いつもと変わらない光景。
そして廊下から広間へと入ってくる、金髪の小さな猫耳少女になったミカの姿。ミカが居るというのも、青空の尻尾にとって、いつもと変わらない風景となっていた。
「あらあらミカさん、先ほどのお客様は?」
「ああ、手紙の配達だっただよ。俺たちに手紙が届いたようだ」
ミカは玄関で受け取ってきた封筒を、皆に見せる。
「げぇっ!? お、おい、これってもしかしてよぉー!」
「このハンコは、冒険者ギルドからの通知だね」
「ななな、なんでありますか!? 自分らは悪いことしてないでありますよ!」
慌てるルシュカたちを、ミカがたしなめる。
「落ち着けって。変なものじゃない」
「あらあら、ミカさんはこの手紙についてご存知ですの?」
「そうだ。以前俺も受け取ったことがある。にしても、懐かしいな」
するとミカは封筒をショーティアに渡した。
「これはぜひとも、リーダーであるショーティアに開いてほしい」
「あら? あらあら、なぜですの?」
言われるがまま、ショーティアは封筒を開き、その手紙の内容を読み始めた。
「『これまでの功績称え、冒険者パーティ、青空の尻尾のCランクへの昇格が認められました。今後も王国のために励むように。冒険者ギルドより』」
それは青空の尻尾のパーティランクが昇格したことを知らせる通知であった。
もちろんこの知らせを聞いた面々は。
「うおー! やったぜええええ! ついに昇格したぜー!」
「お祝いでありまーす! お祝いでありますー!」
「僕も本当にうれしいよ! そうだ、みんなの退院祝いもまだだったね。良かったら今夜にでもパーティしないかい!?」
クロ、アゼル、ルシュカの3人が抱き合って喜ぶ。シイカはそんな3人の輪に入ろうとしてか、3人に近づく。しかしクロが振り返ると、ものすごい勢いでテーブルの下に隠れてしまった。
喜びをあらわにする4人。ミカはそんな彼女たちを、笑顔で見つめていた。
「ここは俺も抱き合って喜ぶべきかな……ん?」
ミカは気づく、ショーティアは笑顔ではあるが、ミカと同じように喜ぶ4人を見つめるだけ。どこか様子がおかしい。
するとショーティアは。
「少し、お散歩に行ってきますわ」
そうミカへ一瞥し、広間の外へと行ってしまった。
「どうしたんだ?」
広間から消えたショーティア。そしてミカは、玄関を開いた音を耳にする。ショーティアが外に出たようだった。
「……」
ミカは少し考え、ショーティアの後を追うようにして屋敷を出た。
〇〇〇
青空の尻尾のパーティハウスは、崖際にある。そんな崖際には、少し地面が盛り上がっている場所があり、そこから見える海は絶景の一言だった。
そこに一人ショーティアが座り、海を眺めていた。
「ここに居たか」
「……あら、ミカさん」
「なんか気になったからついてきた。隣いいか?」
「ええいいですわ。ついでにおっぱい揉みます?」
「いやいい」
「では交尾を?」
「それもいい」
ミカがショーティアの隣に座る。見れば、ショーティアは笑顔を浮かべながらも、どこか思いつめた様子であった。
「ミカさん、あの……」
「なんだ? ショーティアさん」
「一つご相談なのですが……実は、リーダーをやめようと思っていますわ」
ミカは表情を変えない。なぜなら、ショーティアがなぜ思いつめていたのか、ある程度察しがついていたからだ。
「わたくしはリーダーには向いていませんわ。300万ギニーも、わたくしがちゃんとしていれば取られませんでしたわ。それに、そもそもわたくしが聖魔導士でなければ、お布施の問題もなかったはずですわ」
「さぁ、どうだか。どんなに気を付けたって、Sランクのパーティに徒党を組んで襲われちゃ、誰だってどうしようもない。お布施だって仕方がなかったことだ」
「どちらにせよ、わたくしのせいで皆さんに迷惑をおかけしたのは事実ですわ。きっとわたくしよりもミカさんの方がリーダーにふさわしいと思います……」
「……そういえばさ」
リーダーについて思い悩んでいるショーティア。ミカはあえて、話題を変えることにした。
「クロやアゼル、ルシュカが青空の尻尾に加入した経緯を聞く限り、ショーティアが青空の尻尾のパーティを立ち上げたんだよな? リーダーだし」
「ええ、一応そうですわ」
「よかったらさ、ショーティアのことをもっといろいろ教えてくれよ。退院したばかりのシイカ以外からはいろいろ話を聞いたけど、ショーティアについては、まだ全然聞いたことが無かったからさ」
「……いろいろな話を、です?」
「ああ。昔話でも生まれでも、親のことでもなんでもいい。もしも話したくないならいいんだ。ただ、同じパーティメンバーとして知っておきたいと思うのは当然だろ?」
ショーティアが黙り込む。数秒経って、ショーティアが口を開くと。
「わたくしの昔話。きっと面白くないですし、気持ち悪いと思うかもしれませんわ」
「そんなはずないさ。俺なんか、元男なのに今は猫耳の女の子だぞ? 俺より気持ち悪いのは居ないさ」
「ふふ、ミカさんを気持ち悪いだなんて思いませんわ」
「同じように俺もショーティアを気持ち悪いなんて思わない。約束する。だから、話してほしい」
「……そう、ですわね」
すると、一呼吸置いたショーティアは、静かに語り始めた。
「わたくしの母は娼婦。リテール族の娼婦でしたわ」
「そうなのか」
「気持ち悪くありませんの?」
「いや別に。何が気持ち悪いんだ?」
娼婦が親というのは、悪口にも使われ、世間では偏見的にみられることだ。
だがミカは、ショーティアの告白に平然と返した。
「……ミカさんは優しいお方ですわね」
どこか安堵の表情を浮かべるショーティアは、続けて語った。
「王都の隅の隅、治安の良くない区域。わたくしは夜な夜な、母が知らない男性と行為に及んでいるのを見てきましたわ。父親の顔を知らず、他者には後ろ指をさされ、まともに食事も与えられず、飢える毎日。そんな毎日は、母が病に倒れてからも続きました」
「病に倒れたって、なんの病気だ?」
「不治の病ですわ。きっと夜のお相手の誰かから貰ったのでしょう。じわりじわりと数年かけて弱ってゆく、長い病。痛みを和らげる薬を買う余裕もなく、母は苦しみをわたくしに当たり散らしました。そんなある日、母はわたくしにこのネックレスを渡しました」
そう言うと、ショーティアは身に着けた衣服に隠れていたネックレスを取り出し、ミカに見せた。ネックレスの先端には、赤い宝石が付けられている。
「『あなたは聖魔導教会の偉い人の血を引いてるの。あなたは偉いのよ』と、毎日のように言われました。それこそ、まるで錯乱したかのように、毎日、毎日、同じことを。わたくしはそんな母を助けるため、毎日聖魔法でヒールを母にかけておりました」
「聖魔法はどこかで学んだのか?」
「いいえ、生まれた時から身についていましたわ」
「生まれながら、か」
ミカは聞いたことがあった。生まれながらにして聖魔法を使える。魔法というものは、習って身に着けるのがほとんどであるが、両親などが優秀な魔法使いの場合、血筋に魔法の技術が刻まれ、生まれた時から魔法が使える場合が極まれに存在する。
生まれた時から魔法が使える者は、天性の才を持ち、伝説的な魔法使いになる事がとても多い。
「母が病に倒れて三年、わたくしが9歳くらいの頃でしたわ。他人からどう言われようと、わたくしにとってはたった一人の母です。わたくしは母が良くなるよう、聖魔導教会でいつもお祈りをしてきました。そんなある日です。夜遅く、人気の無い教会で祈っていた日。ある方に出会いました」
「ある方?」
「わたくしの髪と同じ色の髪、そしてひげを生やした、50代を過ぎた男性でした。その方は、教皇と呼ばれる、聖魔導教会でも最も偉い方でした。その方が、わたくしの持っていたネックレスを見て、わたくしを娘と呼びました」
「……驚いたな。つまりショーティアさんは教皇の娘……ん?」
ミカは思い出す。教皇については、ミカもその存在を聞いたことがあった。
現教皇は、歴代でもトップクラスの聖魔法の技術を持ち、その血筋は王国で最も高貴なもの。内外からの支持も極めて高く、40代という驚異の若さで教皇に就任したという人物。
王国で最も高貴な血筋。それはすなわち。
「まさかショーティアさんは……」
「ええ。父の姓を受け継ぐのであれば、わたくしの名は『ショーティア・バレンガルド』。わたくしは父の、若かりし頃の唯一の過ち。現国王の弟であり教皇、リチャード・バレンガルドの過ちですわ」
ショーティアの持っているネックレス。そこにつけられた赤い宝石には、王家の紋章が刻まれていた。




