32話 サポートヒーラー、ぶち切れる
ショーティアは教会の前へとやってきていた。
そこには、昼ショーティアに声をかけた青年が立っている。
「おやおや、どうやら良いお返事が聞けそうですね」
「……」
黙り込むショーティア。
ショーティアが宿屋で目覚めたとき、そこには倒れたアゼルが居た。そして、金貨は姿を消していた。
すぐに宿屋の主人に襲われたことを話したが、主人は知らぬ存ぜぬと話し、ショーティアは宿屋の主人がグルだと気づいた。
もしもお布施を納付できなければ、皆に迷惑が掛かってしまう。リーダーとしての重圧もあったショーティアは、いつの間にか教会前に来ていた。
「1つ、お願いがありますわ」
「なんでしょう?」
「300万ギニーはすぐに、アゼルという子に渡してくださいませ」
「いいでしょう、そのくらいはさせて頂きますよ」
すると、青年はショーティアへと右手を差し出し、こう言った。
「さあ、この手を取れば、あなたとの契約は成立です。もう後戻りはできませんよ?」
青年に言われるがまま、ショーティアが青年の手を取ろうとしたとき。
横から何者かが、ショーティアの手をつかんだ。
「誰ですの……?」
夜闇の中、ショーティアの手を横から掴んだ人物。それは。
「ミカさん……?」
〇〇〇
「ミカさん……なぜここに?」
「詳しい話はあとだ。アゼルから話は聞いた。ショーティアさん、彼についていく必要はない」
騎乗空竜に乗り、バレンガルド王都へとたどり着いたミカ、クロ、ルシュカ、そしてシイカ。以前王都で暮らしていたミカは、冒険者用の安い宿屋について、ある程度理解があった。その宿屋をいくつか訪れている最中、ミカたちはショーティアを探すアゼルに出会った。
そしてアゼルから一通りの話を聞き、『300万ギニーのために教会に行ってきます』と書置きがあったこと。そして、治験の話を聞いた。
それを聞いたミカは王都を駆け抜け、最短ルートで教会へと向かった。
「間に合ってよかった」
「でもミカさん、お布施が……」
「気にするな。ショーティアが居ない間に一山当てたんだ。青空の尻尾、金持ちになったぞ」
そんな会話を聞いていた商人らしき青年は、ショーティアに差し出していた片手を下げて、ため息をついた。
「ふぅ、せっかく契約が結べる寸前でしたのに。邪魔されてしまいましたね」
「治験だかなんだか知らないが、怪しいことには変わりない。それも、こんな夜中に取引しようとする奴なんてな」
「おやおや、ごもっともで……」
瞬間、青年が身をかがめ、何かをミカに投げつけてきた。
ミカはとっさに魔法障壁を展開し、何かを弾き飛ばし、それは地面へと落ちた。
「これは針……? お前、商人じゃないな。何者だ」
「おやおや、おやおやおや。かわいらしい見た目以上にお強いようで。それに、その魔法障壁。学術士というサポートヒーラーですね? これはこれは珍しい。実験にはもってこいでしょう」
「治験じゃなくて実験? 何を企んでいる」
「出来れば捕まえたいところですが、その反応速度。私では勝てないかもしれませんね。今日のところはおさらばとしましょう」
その場から立ち去ろうとする青年。
「逃がすか、グリモアショット!」
ミカが魔法を放ち、その魔法は青年に当たった。小さな爆煙が晴れると、そこには木でできた小さな人形が落ちていた。
「なんでしょうか……人形?」
「スケープドールって呼ばれる人形だ。一度だけダメージを肩代わりする。しかもこれは、バッテルビという短距離ワープする魔法が仕組まれてるな……逃がしたか。だが、ショーティアが無事でよかった」
「……ごめんなさい」
落ち込むショーティアに対し、ミカは手を取って励ました。
「何も落ち込まないでくれ。俺たちを思って話に乗ろうとしたんだ。まずは、もっと安全な宿に行って休もう」
〇〇〇
ミカはクロたちと約束した、上質な宿へと向かった。
受付に部屋を聞き、その部屋へ向かうと、青空の尻尾の面々が出迎える。
「ショーティア! 無事だったかい?」
「うおおお! 無事でなによりでありますううう!」
「すまねぇショーティア、ウチが弱いばっかりに……」
「皆さん……」
クロ、ルシュカ、そしてアゼルが出迎える。
そしてシイカは、ベッドの下からじーっとその様子を見ていた。
「あらあら、シイカさんも退院できましたのね」
ショーティアがいうと、シイカはベッドの下から飛び出し、今度は部屋に備え付けられた、椅子の影へと隠れた。
「相変わらずですわねぇ……」
「いろいろあったが、これで青空の尻尾そろい踏みだな」
総勢6人、青空の尻尾のメンバーが、ここにそろった。
「あらあら、そういえばミカさん、とてもかわいらしい服を着てらっしゃいますわ」
「ああ、このセーターとストールな。ルシュカがデザインしたんだ」
「そうそう聞いたぜミカ! またすっげぇことやらかしたんだってな!」
アゼルの言葉に思い出したかのように、ミカはショーティアに尋ねた。
「あの商人の件は忘れて、ショーティアに話したいことがあって、本当はその件で来たんだ」
そしてミカは、一通りのことをショーティアに話した。
魔鏡石のこと、そして商人ギルドとの特別契約のこともだ。
「あらあらまぁまぁ……さすがミカさんですわ。わたくしとしても、専属契約に異論はありませんわ」
「それは良かった。あと、お布施のことも心配しないで大丈夫だ」
ミカ、クロ、ルシュカが、それぞれ150万ギニーを取り出し、部屋に置かれたテーブルの上にばらまいた。合計で450万ギニーだ。
「すっげええええ! こんな大金見たことねぇ!!! ミカ、さっき聞いたが、本当にまだあんのか!?」
「ああ。ヴェネシアートの商人ギルドに、まだ300万預けてる。だからショーティア、金のことは気にしないでいい」
「みなさん、本当にありがとうございます。頼りないリーダーで申し訳ありません……」
「だから気にしないで良いでありますよー!」
その時、クロがアゼルに尋ねた。
「そういえばショーティア達を襲ったのって誰だろうね。特徴はわかるかい?」
「そうであります! そんな輩、自分が成敗してやるであります!」
ふと窓を見ると、そこには二本のナイフを取り出したシイカ。まるで『暗殺はまかせろ』とでもいうような表情を浮かべている。
するとアゼルは少し黙り込んで、何やら複雑な表情を浮かべて話はじめた。
「じ、じつはなー。顔を見たんだ。襲ってきたやつの」
「どんな顔であったでありますか? やっぱり悪い奴ららしく、醜くゆがんでいたでありますか?」
「い、いや、それがな……でも……いや、見間違えるはずがねぇ」
そして、アゼルはその名を口にした。
「ミカの前のパーティ、紅蓮の閃光のパラディン、ドランクだった」
その言葉を聞いたミカの尻尾が上を向き、その毛が一気に逆立った。
「そうか、あいつらか」
ミカが呟く。尻尾が激しく揺れ、耳は横に垂れている。それは、怒りの感情の現れだった。
ミカは一人、魔導書を手に部屋の出口へと向かった。
「ミカ、何をする気だい!?」
「大丈夫だ。すまないが一人で行かせてくれ」
そしてゆっくり振り向くと、青空の尻尾の面々に告げた。
「ケリをつけてくる」




