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30話 サポートヒーラー、交渉する

 商人ギルドは、かつて大商人たちによって作られた組織だ。

 現在のこの国の主要エネルギーである『マナストーン』。ダンジョンからそれが採れることが判明し、安定供給がされた頃、大きくなってゆく経済活動の混乱を納めるべく作られたのち、王国が発した『特定の職業の管理を担う大規模な組織をギルドと呼ぶ』方針のもと、『商人ギルド』という名称が付けられた。

 バレンガルド王国全域にギルド支部があり、流通を担う、王国にとって重要な組織になっている。

 通常、商人ギルドのギルド長というものは、非常に単純な方法で決められる。それは商人ギルドに籍を置きながら、どれだけ裕福かで決められる。

 

「エルムンドさん、一つ聞きたい」


 エルムンドと提督を広間に招き入れ、現在は青空の尻尾メンバーと対面で、エルムンドとサーラ提督が座っている。

 クロとルシュカがガチガチに固まり、シイは棚の影から覗いている中、ミカはエルムンドに質問した。


「たしか、商人ギルド長になれるのは商人ギルドに籍を置く者だけ。そして冒険者登録をしていると、商人ギルドには籍を置けないはずだが」

「ほほう。赤目の猫嬢は、中々に博識のようだ。確かに通常冒険者登録をすれば、商人ギルドには籍を置けない。だが私のパーティは、自分で言うのもなんだが、商売が上手くてね。大金をマーケットで売り上げた結果、特例で籍を手に入れたのだよ」

「そういうことか。そして他の商人が追随を許さないほど売り上げて、ギルド長に就任したのか」

「ふふ、その通りだ。しかし、私に敬語を使わない子は久々だな」

「気に障ったか?」

「いや、まったく。気にしないでいい。むしろ懐かしい気分だ。君と話していると、とある人物を思い出すよ」


 少し雑談した二人。早速、エルムドアは契約の件を切り出した。


「君たちはここの海軍と契約していると聞いた。それと同じように、商人ギルドと冒険者が売買契約を結ぶことがあるのはご存じかな?」


 クロとルシュカはミカの両隣で完全に縮こまり、受け答え出来るのはミカだけだ。


「ああ、聞いたことはある。新しい技術で作られた装備や道具、それがマーケットでの需要が高い場合、その新しい技術を、言ってしまえば商人ギルドで借りる契約をする。技術を借りた商人ギルドは、その販売網や提携している鍛冶屋や錬金術師などと協力し、新技術を用いた品を量産、そして王国全土に居る、ギルドに籍を置く商人や商会を通して販売し、その売り上げの一部を、技術を貸した人に渡す、という契約だと聞いた」

「その通り。良く分かっているじゃないか」

「あとは契約を結んでいると、商人ギルド関連のサービスに恩恵があるとか聞いた」

「確かに、マーケットの手数料の減額、ギルド銀行からの借入額限度の上限変更、また、ギルドの直営店での割引などがある。君たち冒険者にとっても悪い話ではないだろう?」

「冒険者をしているエルムンドさんが言うと説得力があるな」


 確かにミカたちにとっては悪い話ではない。そしてこの話が持ち上がったということは。


「魔鏡石だな」


 その言葉に、エルムンドがソファの前のテーブルに、どこからか取り出した魔鏡石を置いた。

 

「その通り。昨日話を聞いてギルドの者に現物を確保させたが、これは冒険者にとっては革命だ。今後も安定した需要があることは容易に予測できる。悪用される心配は皆無ではないが、少ないだろう。ぜひとも契約、それも、専売契約を結びたい」

「専売契約というのは、海軍と同じように、通常の契約じゃなく、何か上位の契約ということか?」

「その通り。この専売契約と言うのは、以前私も行ったものだ。専売契約をすることで、冒険者であっても、そのパーティのメンバーは特例で商人ギルドへ籍を置ける」


 つまり、エルムンドはかつて専売契約を結び、商人ギルド長へと上り詰めたということだ。


「しかし、なんでいきなり専売契約を? 俺たちのようなDランクパーティへ」

「単純な話だ。商人ギルドでは、売り上げが全て。どれだけ金を稼げるかが、何よりも重要だ。君たちのその魔鏡石については、商人ギルドで行われた緊急会議で、

『魔鏡石が今後安定した高い需要を持つ可能性が極めて高いこと』

『作成したパーティに、高い製作技術を持つ者がおり、今後も新商品の開発が望めること』

『10万の品を99個一日で売り上げる、商人として良い宣伝、営業戦略を練れる実力』

『なにより若く、未来のあるパーティ』の四点から、ぜひとも商人ギルドに籍を置いてもらいたいという話になった」


 つまり、青空の尻尾が、商人ギルドから誘いが来るほど高く評価されているということだ。


「商人ギルドは、今や王国の指示で、この国の経済活動を安定させるためにあるようなものだ。商人や商会の関係者が作った技術ならともかく、冒険者や一般人が作った新しい技術を誰が買うか売るかで争うような混乱は避けたい。買い上げた技術は、ギルドに所属する商人には公開されるのでな。ここからは各自の手腕でどれだけ売り上げるかだ」

「話はわかった。魔鏡石の技術を貸す専属契約を行い、代わりに俺たちは商人ギルドに籍を置きつつ、魔鏡石の売り上げの一部をもらえると」

「その通り。また、魔鏡石が悪用された際も、商人ギルドで対処するようにしよう。悪い話ではないはずだ。ついては、売上の2%を君たちに支払おうと思う。どうかね?」


 売り上げの2%。もし魔鏡石が一個10万で売れた場合、2000ギニーが青空の尻尾に入って来る。もし1000個売れたら200万ギニーだ。それが、ミカ達がほぼ何もしないで入って来る。

 一見すると良いように思えるが、ミカは。


「……10%だ」

「ほう?」


 ミカは取り分の値上げを図った。それに思わず、ルシュカが口に出す。


「あわわわ、ミカ殿、さすがにそれは欲張りすぎじゃ」

「いやルシュカ。ちゃんと理由がある」

「ほう、取り分を上げる理由、聞かせてもらおう」


 すると、ミカはテーブルの上に置かれた魔鏡石を手にした。


「これの材料を一つ教えると、魔燐草が必要だ」

「ほう、東方由来の植物か。だがあれは現在安価で購入できるものだ」

「それは魔燐草の、食物の保存性を上げる性質のためだ。東方原産の食物や特殊な素材などを東方から輸入する際、防腐、防湿のため、魔燐草を積み込む。こちらにつけば魔燐草は用なし。防腐防湿にはまだ使えるから、市場に安く出回る。だが」


 魔鏡石には、結構な量の魔燐草を使う。それで需要が上がるとどうなるか。


「魔燐草自体が値上がる。そうすれば、防腐防湿に使っている東方からの輸入にも影響があるし、そもそも魔鏡石を作るため、わざわざ東方に仕入れに行くというのは大変じゃないか?」

「君の言うことはもっともだ。なら聞かせてほしい。東方からの輸入に影響が無いようにするにはどうする? 東方でしか育てられない魔燐草を」


 するとミカは広間にある窓、そこにかけられた薄いカーテンを手にした。そしてミカが一気にカーテンを開くと、そこには。


「……なんと、これはたまげた」


 エルムンドが感嘆する。そこには紛れもなく、東方原産の魔燐草が、屋敷の庭に生えていた。それも、収穫寸前のものだ。


「ふふふ……わっはっはっはっは!」


 なぜかエルムンドが大笑いする。ひとしきり大笑いしたエルムンドは。


「わかった。魔燐草の栽培方法も合わせ、10%で手を打とう」

「ああ、納得してくれて助かるよ」

「しかし、やはり彼の弟子だ。こうも驚かされるとはな」

「彼? ああ……」


 ミカはすぐに察した。エルムンドが言う彼というのは、ミルドレッド、つまりミカのことだ。


「かつてミルドレッドには助けられた。製作不可能な依頼品があってな。あまりに高難度で作れず困っていたら、偶然彼に出会い、彼はあっという間にそれを作り上げた。さらにレシピまで無償で教えてくれた。彼が居なければ、今の私は居ないよ」

「そ、そうか……師匠も喜んでるよ」

「いつか彼には礼をせなば……では早速、専属契約の話だが」


 ミカとエルムンドが話している側で、クロとルシュカは。


「どどどど、どうするでありましょう、な、なんか大変なことに……」

「みみみ、ミカに全部まかせてはいたけどどどど、あわわわわ」


 途方もない商売の話、そして目の前には無言でたたずむサーラ提督。二人はただひたすらに縮こまっていた。そんなことには気にせず、ミカとエルムンドが話を続ける。


「すみませんエルムンドさん。俺はリーダーじゃないんだ。一応リーダーが居ない間全権は俺とクロの二人に任せると言われているが……」

「ほう、こちらとしてもパーティリーダーの許可は欲しいものだ。ちなみに、リーダーはどこに? 話は早く進めたい」

「王都に。出た時はお金はお布施用にギリギリしかなかったし、移動手段のためのお金は用意できなかった。ほぼ歩きになってしまっていると思う。かなり遠いし、もうすぐ王都ってところかな」


 するとエルムンドは少し考えこんだ後、ミカに提案した。


「ほう? ではよろしければ、商人ギルドの騎乗空竜きじょうくうりゅうに乗って、共に王都に行くのはどうかな?」


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