28話 猫耳パーティ、最後の一人
「はぁ、はぁ……まさかこんなことになるとはな」
ミカは港町で一人つぶやいていた。
数多の冒険者に追いかけられ、いつしかクロやルシュカとははぐれてしまっていた。
ようやく冒険者を振り切ったかと思えば、今居るのは人気の無い路地裏だ。
「しかし、以前より体が軽い気がする。リテール族の特徴だろうか」
ミカは自分の体の身軽さを感じていた。現に、男性の時よりも体が軽く、少しだが動きが俊敏になった気がしていた。
「体も若返っているようだし、当然と言えば当然か……さて」
ミカは周囲を見渡す。ここからどうやってパーティハウスへ帰ろうか。
それ以前に、クロやルシュカは大丈夫だろうか。そう考えていると。
『見つけたぞ!』
路地裏の入り口あたりで、冒険者がミカを指さし叫んだ。
「くそっ、相手がモンスターなら倒して終わりなんだが……」
さすがに町中で、冒険者を傷つけるわけにもいかない。
「さて、そろそろ逃走経路が無くなってきたぞ」
路地裏を逃げ回るミカであったが、次第に道は細くなり、逃げ道が無くなってゆく。そして。
「ヤバいな、行き止まりか」
ついには行き止まりにたどり着いてしまった。
「どうするか。冒険者たちの気配が近づいてくる。となれば建物の上に逃げるか。安全ではあるが、さすがに上に飛べるほど身軽ではない。壁には登れるようなものは無し。何か台があれば、その上に乗って浮遊魔法で、ある程度浮ける……台になりそうなものはない。さて。さてどうしようか。少し手荒になるが、手持ちの材料で即席の睡眠薬でも生成するか」
などとミカが考え込んでいたとき。
『……どこに、いきたい、にゃ?』
「出来れば建物の上かな……ん?」
どこからか声が聞こえ、ミカは思わず答えてしまった。すると。
「うわっ!?」
突然衣服の首根っこをつかまれ、体が宙に浮いた。
ほんの一瞬で、ミカの姿は路地裏から消え失せた。
『どこ行った、あのリテール族は!』
あとからやってきた冒険者たちは、ミカを見つけることもなく、そのまま路地裏を駆け抜けて行った。
〇〇〇
ミカはいつの間にか先ほどの路地の上、建物の上に居た。
「だいじょうぶ……にゃ……?」
「あ、ああ、助かったよ」
ミカを建物の上にあげたのは、一人の少女だった。
その少女はリテール族。漆黒のコートに身を包み、首に巻いたマフラーで、口元を隠している。
髪の色は薄い水色。アゼルよりも低い位置にポニーテールを結んでいた。頭の上には猫耳、そして後ろには尻尾。
白い肌。そしてどこか吸い込まれるような水色の瞳で、ミカを見つめていた。
「こまってた……みたいだから……よかった……にゃ」
その少女は、どこか話すのが苦手という雰囲気だった。一言一言に間を置き、さらに語尾には『にゃ』を付けている。
(たしか、リテール族の赤ちゃん言葉だったかな)
クロから聞いた話を思い出すミカ。すると、リテール族の少女は。
「ひとつ……ききたい……にゃ」
「な、なんだ?」
「あなたは……知ってる……? 青空の……尻尾……」
「あ、ああ、知っているよ」
「そう……教えて……ショーティアたち……今……どこ……にゃ」
ミカは一瞬、彼女も魔鏡石を求めているのかと思ったが、すぐにその考えをやめた。ショーティアの名前を出したからだ。
そしてもう一つ思い出す。青空の尻尾には、もう一人入院していた子がいたと。
その入院していた子の名前を、ミカはショーティアから聞いていた。
「もしかして、シイカか?」
「……? なぜ……あなた……知ってる……にゃ?」
その薄い水色髪の少女。彼女こそ青空の尻尾最後のメンバー、シイカだった。
「君がシイカか! ショーティアから、ミカって名前は聞いてないか?」
「……聞いた。シイたちを助けた……いいひと……リテール族に……なっちゃった……にゃ」
「良かった、聞いてたか。俺がミカだ! そして青空の尻尾の一員だ。まさかこんな所で会うなんて。退院できたんだな!」
「……そう……退院、した……にゃ。あなたが……ミカ……シイは……会えて……うれしい……にゃ」
そこで、ミカは彼女の一人称が『シイ』であることに気づいた。おそらく、名前の一部から取ったあだ名などだろう。
「えっと、君のことはシイって呼べば良いのかな?」
「……そう。みんな……シイを……シイって……呼ぶ……にゃ」
「わかった。よろしくなシイ。いろいろと話したいこともあるし、帰ったらお祝いを……」
ミカが話していると、建物の下から声が聞こえてくる。
『くそっ、あのリテール族の3人のうち2人はもう町から出たらしいぞ』
『あの金髪赤目のリテール族はまだどこかに居るはずだ。探せ!』
その会話を聞くに、クロとルシュカは逃げ切れたらしい。
ミカが最も人目を引く外見をしていたのが功を奏したのだろう。多くの冒険者は、ミカを追いかけていた。
「なにが……あったの……にゃ?」
「いや、ちょっとな……まずはパーティハウスに帰って話せればいいんだが……どうやって町を出るかな」
「パーティハウスに……帰りたい……にゃ?」
「そうだ。とは言ってもなるべくことを荒立てたくはない。やっぱり何か眠らせる薬品でも調合して……」
「眠らせる……? わかった……にゃ」
「え? あ、ちょ、ちょっと待て!」
ミカの制止を聞かず、シイカは建物の下へと飛び降りた。当然下に居た、2人の冒険者と鉢合わせる。
『お? なんだおまえ』
『こいつリテールぞ……』
冒険者が言い終わるよりも早く、シイカは2人の冒険者の間を素早く通り過ぎた。
そして、気づけは冒険者の首筋には、小さなダーツが突き刺さっている。
「あんしんして……ねむるだけ……にゃ」
ダーツが突き刺さった冒険者たちは、そのまま地面へと倒れ、いびきをかき始めた。
すぐさまミカは、シイカの後を追うように下に飛び降りた。
「眠っている……シイカがやったのか」
「こういうのは……得意……シイは……アサシン……にゃ」
アサシン。それは短剣による二刀流と、暗器の扱いを得意とする、近接アタッカーに属するクラスだ。
「シイは……この町……ぜんぶ知ってる……出る良い道も……ついてきて……にゃ」
「わかった。よろしく頼むよ」
ミカはシイカに道案内を任せ、町の外へと向かった。
〇〇〇
「ミカ!」
「ミカ殿! ご無事でありましたか!」
パーティハウスへとたどり着いたミカは一安心した。クロとルシュカは無事にパーティハウスにたどり着いていた。
幸いにも、まだ冒険者たちにパーティハウスの位置はばれていないようだった。周囲には、魔鏡石を求める冒険者たちらしき姿は無い。
「おや? ミカ殿の後ろに居るのは……」
「シイじゃないか! キミも退院できたんだね!」
ミカのうしろについてきたシイカ。クロとルシュカは彼女を歓迎した。
するとシイカは無言でパーティハウスの中にはいると、そのまま素早い動きで廊下の角へと移動し、その影からひょこっと顔を出した。
音で表すなら『シュバッ、シュバババッ、シュバッ』と言うような機敏で素早い動きだ。
「あ、そうであったでありますな」
「ん、ルシュカ、どういうことだ?」
「僕から説明するよミカ。彼女は極度の恥ずかしがり屋でね。人と話すときは、1対1じゃないと話せないんだ」
そう言われて、ミカがシイカに一歩近づく。シイカは一瞬ビクっと体を震わせたかと思うと、そのままさらに離れた廊下の角へと素早く移動した。
「本人曰く、角や隅っこが落ち着くらしいんだけどね……」
「……まぁ、アサシンらしいと言えばアサシンらしいな」
これで青空の尻尾は、一応入院者が居なくなったことになる。
「よしみんな。一度広間に行こう。状況の整理と、シイにも状況説明しないとだめだしな」




