27話 サポートヒーラー、逃走する
すべてが神がかり的なタイミングだった。
まず、高ランクの冒険者たちが、大空洞の入り口探索のためにヴェネシアートに集まっていたことが一番大きい。
Aランクあたりの冒険者パーティは、ある程度依頼やダンジョン攻略を安定してこなし、戦闘面でも金銭面でも余裕があることが多い。
高ランク冒険者に多いことだが、戦闘面、金銭面で余裕が出てくると、装備を二種類持つことがある。メインとなる本気の装備と、普段使い用のカジュアルな装備だ。
たとえば高ランクダンジョンに挑む際は、本気の装備を身に着ける。だが慣れたダンジョンや、こなすのが簡単な依頼などは、普段使い用の装備を身に纏う。
普段使い用は、多少メイン装備よりは性能が落ちる。そのかわり、外見を重視する傾向があった。
「僕の聞き間違いかな? い、い、一千万だって?」
「聞き間違いじゃないであります……間違いなく、一千万であります……」
「さすがに俺も驚いたな。まさか完売するとは」
ミカたちは、まさかの売り上げにひたすら驚いていた。
そしてミカたちの居る商人ギルドでは、冒険者がマーケットにくぎ付けになっている。
商人ギルドのマーケットの仕組みはシンプルなものだ。まず、誰かが物をいくらで売る、と出品する。商品と売値を受け取ったギルドの担当者は、その値段と商品名の情報を、商人ギルドに取り付けられた掲示板に紙で貼り付ける。
その紙に書かれた番号をもとに、マーケットの受付に商品の購入をしに行く、というものなのだが……
『マーケットに魔鏡石は無いのか!』
『で、ですから出品がまだなく……』
『おい、転売されてるぞ! げ、100万ギニーだって!? 仕方がない、買った!』
ミカたちから離れた場所にあるマーケット受付は、冒険者たちでごった返していた。目当ては、マッケート掲示板上で『SOLD OUT』の判子が押されている、10万ギニーの魔鏡石だ。
高ランク冒険者にとって、10万ギニーは決して高すぎるものではない。
ミカたちが冒険者たちの前で外見のコピーを実践したのもあり、高ランクの冒険者たちは普段使い用の装備にと、こぞって魔鏡石を求めた。
結果、ミカたちが出した10万ギニーの魔鏡石は即売り切れ。噂が噂を呼び、毎日のようにマーケットには冒険者が詰めかける結果となった。
『見てみて、パーティリーダーに魔鏡石を買ってもらったの!』
『おお! 聖魔導士の装備がパーティドレスのように!』
『ほら! 広範囲ヒールだよー! いつもみたいに使えるよー!』
『確かに、外見が変わっても回復量は弱くなってなさそうだ。くそっ、うらやましいぜ!』
手に入れた魔鏡石の効果を見せびらかす者まで現れる始末だった。
また、魔鏡石だけではない。
『あのセーターもう売り切れかぁ』
『あれいいよね。普段使いもできるし、ローブとかに外見を写すのもいいし』
セーターとストールのセットも好評。それどころか、こちらも一瞬で売れてしまった。
これにも理由があり。
『あの金髪のリテールの子見てると欲しくなっちゃうよね!』
『わかるわかる! スカートも似合ってるし』
『あの子見てると、本当に魔鏡石もほしくなっちゃうよー』
ミカが歩く宣伝になっていた。冒険者の間で、『金髪赤目のリテール族が身に着けているのは、実は学術士の装備だ』と噂され、ミカを見た冒険者が魔鏡石の効果に驚き、ついでにセーターの可愛さに惚れ、マーケットにやってきていた。
「やはりミカのおかげだね。本当にすごいよミカは」
「そうであります。ミカ殿の宣伝効果はすごいであります!」
「そうか、だがなんというか、やはりこの格好は慣れない」
ミカの恰好はスカート。男性の時では一度もはいたためしのないものである。
「嫌でありますか?」
「元々自分の服に興味がなかったからな。別に嫌でもないし好きでもないし、とくに感じないというか」
「なんというか、ミカは淡泊だよね結構。まぁ、嫌じゃないなら広告になるし、着ていてほしいな」
「クロが言うなら着続けるよ。最近海風が強くて肌寒いから、薄手のセーターはちょうどよかった」
「……何よりかわいいし」
「ん、何か言ったか?」
「何も言ってないよ」
そして3人は、改めて売り上げ明細を確認する。
「売り上げは約一千万でありますが、ここから税金やら手数料が取られて、もらえるのは500万でありますな」
「そんなに取られてしまうのか……」
とクロとルシュカの二人が落胆していると、マーケットの売り上げ明細を渡してきた売り上げ受け取り窓口の、緑髪の女性が一言。
「あなた方のパーティは軍と特別契約を結んでいますから、税金と手数料が減額されますよ。なので、あなた方にお渡しするのはこの額です」
窓口の女性がペンを取り、明細に文字を書き加えた。
「750万。十分な額だな」
「あわわわ、やはり大金であります……がくぶるであります……」
すると、窓口の女性はミカたちにとある質問をした。
「商人ギルドは銀行の役割を担っているのもご存じですよね? よろしければ売り上げはお預かりしましょうか?」
「ああそうか。売り上げをどうするかか……うーん、そうだな……2人とも、一部だけもらって、あとは銀行に預けないか?」
「僕はミカに従うよ」
「じ、自分もであります。あわわわ」
「なら、450万ギニーを受け取って、残りは預ける」
「かしこまりましたー。こちらが450万ギニー分の金貨でございます」
売上受け取り窓口に、詰みあがる金貨。最上級単位である1万ギニー金貨が、450枚である。
「こ、これ、ショーティアが持っていたのより多いよね……」
「あわわわ……ひ、ひとまず3人で150万ずつ分けて持つであります……」
それぞれ袋に詰めて身に着ける3人。クロとルシュカは、持ったことのない大金の重さに、ただひたすら恐縮していた。
「とりあえず金も受け取ったし、このあとどうするか考えようか。魔鏡石を作るもいいし、セーターを作るもいいし、金に余裕が出来たから依頼をこなしてランクを……」
と、ミカがこれからの予定を相談しようとしていたところに。
『魔鏡石は冒険者パーティが作ったものなのか!』
『ならその冒険者たちに直接、売ってもらうように頼み込もう!』
『たしかパーティ名は青空の尻尾だったはずだ!』
『リテール族だらけのパーティだと聞いたが……』
何やら話していた冒険者の一人が、ミカを指さして叫んだ。
『いたぞ!』
「……二人とも」
「わかるよミカ。何をすべきかは」
「あわわわわ、み、皆さん生きてまた会いましょうであります……」
ミカたちを見つけた冒険者の集団が、一斉にミカ達へ駆け寄ってきた。
『魔鏡石はまだかー!』
『10万、いや100万でも買うぞー!』
『入手経路を教えてくれー!』
『セーターの出品はまだなの!?』
迫りくる冒険者に対して、ミカは一言、クロとルシュカに言い放った。
「逃げるぞ!」




