2話 ねこみみ少女に出会う
ミカのクラスは、『学術士』と呼ばれるヒーラーの一種だ。かつて城塞を守るために考案された『魔城学魔法』を駆使するクラスで、ヒール力は高くないが、バリアなど、敵の攻撃を軽減することを得意とし、敵の弱体化、味方の強化などを主とするサポートヒーラーと呼ばれる役割を担っている。
もともと、ミューラが冒険者になるため王都に行くと言い出した際、彼女をサポートするために習得したクラスだった。
最初はちょっとした善意からだった。王都で出会ったドランク達とパーティを組んだはいいものの、最低のDランクパーティから上がることができない。
ミカは自分たちの装備や食事に問題があると考えた。かつて生活のために会得し、得意だった製作、採取スキルを駆使し、自ら素材を採取し、全員に装備や能力を上げる飲食物を配った。
これによりパーティメンバーの戦力は大幅強化された。
また、パーティが壊滅しないよう、王都の図書館に通いつめ、モンスターの特徴などを頭に叩き込み、ほぼすべての攻撃に事前バリアなどの対処ができるようにした。
これによりメンバーがミスしたとしても、倒れる、瀕死になることがめっきりと減り、高難度のクエストやダンジョン踏破をこなし、パーティランクはめきめきと上がった。
メンバーは当初、ミカに感謝の意を述べていた。ランクが上がったのはお前のおかげだ、頼りにしている、と。
だがパーティ結成から十年以上が経ち、いつからか……ミカの行いが『当たり前』になったとき、感謝というものをしなくなった。
そればかりか、自分のミスは棚に上げ、ミカに少しでも間違いがあれば叱責し、料理の味が少しでも気にくわなければ罵倒し、装備を作るのが遅ければ怒鳴るようになっていた。
それが積み重なり、Sランクパーティとして認められた頃には、『ミカは無能』『サポートヒーラーはごくつぶし』と言うまでになってしまっていた。
〇〇〇
「嫌になるな、ほんと……」
パーティを抜けて一か月後、ミカは一人暗闇の森の中を歩いていた。
パーティを抜けた当初ミカは持ち前の製作、採取スキルで『王都で店でも開こう』と考えていた。
だが、『Sランクパーティから、役立たずが追放された』という話は、いつの間にか王都中に広まり、王都を歩くだけで指をさされ、侮蔑と蔑みの嵐に襲われた。
さらに最悪だったのは、『ダンジョン踏破失敗による賠償』『踏破失敗した際、メンバーを瀕死に追いやった賠償』という名目で、かつてのパーティに全財産を奪われたことだった。
ミカの資産を根こそぎ奪い取り、長い年月をかけ、ようやく購入した、冒険者住宅地に建てた家さえも奪われた。
失意にくれたミカは、故郷へ帰った。だが、故郷でも待っていたのは、『恥知らず』という罵声の嵐。
冒険者は、必要とあらば人に害をなすモンスターを退治するほか、各地に点在する古代のダンジョン、秘境などを踏破し、太古の遺物を持ち帰ることで、人々の生活を豊かにする。王国としても非常に重要な存在だ。それだけでなく、ダンジョンに定期的に表れるモンスターが落とす「マナスフィア」という石から採れるエネルギーは、王国の主要エネルギーにもなっている。いわば冒険者は国の主要エネルギーを担う存在だ。
Sランクパーティといえば、王国で言えば英雄にも匹敵する存在。その情報は、即座に王国中に広まる。真実だけでなく、虚実さえも。
疲れ果てたミカは、王都からできるだけ離れようとした。王都からはるか遠く離れた属国であれば、Sランクパーティの名前は知っていても、顔までは知れ渡ってないだろう、そう考えた。
「この森を抜ければ属国の、海洋国家ヴェネシアートの首都だったかな。港町が首都だったか。魚料理のコックをして一獲千金を目指すか……なんてな」
しかし夜も更け、これ以上歩くのは危険と判断したミカは、森の中で野営の準備を始めた、その時だった。
近くの草むらが、ガサガサと震えた。
「誰だ!」
ミカがすぐさま武器である魔導書を手に取り、いつでも攻撃魔法を詠唱できる準備をする。そして、草むらから現れたのは。
女性だった。全身が傷だらけ。傷だらけの鎧を身に着けた、薄茶色の髪色をした、ツインテールの女性だった。
見た目は若い。おそらく15歳から、17歳くらいだろうか。昨今は若い冒険者も珍しくはない。
その頭には、猫を模した耳、後ろには尻尾が生えている。
「助け……て……、ダンジョンに……みんな……」
倒れこんできた少女を、ミカは受け止め、すぐに回復魔法を発動する。
「耳と尻尾。『リテール族』か。ひどい傷だ。俺が回復魔法が使えなかったら手遅れだったな……」
猫の耳と尻尾。人間社会の1%以下しか居ないといわれる、リテール族の特徴だ。
その美貌から、かつてはペットや奴隷として扱われていた時代もあったという。
ミカはリテール族の少女を地面に寝かせ、地面に魔法陣を描いた。
「持続回復の魔法陣だ。これでモンスターは寄ってこないし、回復も進むだろう。だが……」
ミカは少女のやってきた方角を見た。記憶が正しければ、周辺にあるのは踏破済みの洞窟型Dランクダンジョンだけ。おそらく、そこで何かがあったのだろう。
ミカは魔導書を手に、ダンジョンの方角へと駆け出した。
〇〇〇
ミカが地下へと続いてゆくダンジョンを駆ける。駆けている最中、ズシン、ズシンと地響きが、さらに地下から響いてくる。何かが居るのだろう。
「モンスター素材目当てで入った、踏破済みの低ランクダンジョンで隠し扉を見つけ、高ランクのモンスターに遭遇してしまう。以前そんな事件があったな」
おそらくはダンジョンの最奥にたどり着いたミカ。周囲は岩の壁だらけだが、そこにはさらに地下へと続く階段。隠し階段だ。おそらく、あの少女のパーティはここを見つけてしまったのだろう。
ミカは地下へと続く階段を一気に降りる。すると。
「なっ!?」
大きく開けた場所。そこに居たのは、ミカの数十倍は大きいドラゴンだった。