18話 猫耳パーティと作戦会議 その1
ドランクが牢獄で命を落とした、その夜の事。
そこは海軍本部。既に夜もふけ、夜の担当の兵士以外のほとんどが、家や宿舎に戻り、静かになっていた。
だが海軍本部にある、提督執務室。そこの明かりは灯ったままだ。
室内では、提督が一人、椅子に座って腕を組んでいた。
「私は……」
提督はおもむろに立ち上がると、いつもかぶっている海軍の帽子を脱ぎ、机の上に置いた。
次に、海軍提督であることを表す、勲章のついた上着を脱ぐと、綺麗にたたみ、それも机の上に置いた。
そして執務室の一角、その壁に飾られた、白髭の老人の一枚の肖像画を見て、胸に手を当てて呟いた。
「……私は、どうするべきなのでしょうか」
王女、アンジェラのためならば、海軍を辞する覚悟もできている。それこそ、今すぐにでも彼女を助けに行きたい。
だが、たとえ海軍を辞したとしても、自分が行動することにより、ヴェネシアートはバレンガルド王国から咎められるだろう。それほどに、自分の地位は重いものとなっている。
「どうすれば……」
提督は、海軍の所属であることを表す、タグのついたネックレス。首からかけたそれを、強く右手で握りしめた。
その時だった。ドタドタと、執務室の外から聞こえてくる足音。そして勢いよく執務室の扉は開かれると、そこには海軍の二人の兵士、それも二等青兵という、最も階級の低い海兵二人だった。
「お前たちは……二等青兵のフゥとライナだったか。なぜお前たちがここに」
もちろん、二等青兵という階級の海兵が、提督の執務室に突然やってくるなど、あってはならないこと。だが、あまりに慌てている二人の様子を見て、提督はまず二人になぜやってきたのかを尋ねた。
すると二人は。
「わ、私はなんてことを。こ、これは重大なルール違反……しかし、提督に名前を覚えていただけてるとは……」
「提督が海兵の名前皆覚えてるのなんて有名じゃない。じゃなくて、ちょっとフゥ! 今はそれよりも!」
「そ、そうであった! 申し上げます! 青空の尻尾の方々が、大至急提督に面会したいと!」
そう言った二人の背後から、ひょっこりと顔を出す、紅目のリテール族が一人。
「提督、突然すまない、大急ぎだったもんで、押し切らせてもらった!」
「ミカ?」
それはミカの姿だ。すると、フゥが提督に報告する。
「大変申し訳ありません、私たちを含め、皆彼らの勢いを止めることができず、こうしてここまで来てしまいました……」
そうフゥが告げると、提督はあきれ顔を浮かべながらも。
「ふっ、仕方あるまい。どちらにせよ、彼らが来たとなれば面会しただろう。二人は下がって良い」
海軍の敬礼のポーズを取り、その場を去るフゥとライナ。そして提督は、ミカに部屋に入るように催促する。
「早速話を聞かせてもらおう。そこまで急いで来るとは、何があった?」
「そうだな……ここからは皆と一緒に話したい。部屋に入れてもいいか?」
「廊下にまだ気配がいくつかあるが、なるほど、皆来ているのだな。問題ない」
提督が言うと、青空の尻尾の皆が提督の執務室へと入ってくる。
そして一番最後に入ってきたのは、ショーティア。ショーティアは、一人の老人の手を引いていた。
その老人の姿を見た提督は、目を見開く。
「あなたは、以前王国の式典で……ま、まさか……!」
その老人について、ミカが紹介した。
「元老院の、グレアドス・バルバシア様だ」
すると提督は、その場でひざまずいた。
「ほっほ。式典以来じゃな。あの時、アンジェリアナは意気揚々とお主のことを我に紹介しておったが、まさか本当に提督になるとはの」
「グレアドス様がなぜこちらに?」
提督がミカに尋ねた。するとミカは。
「アンジェラのことで相談したいことがあるんだ」
ミカの口から出た、王女の名前。そして王女と親しかった元老院の一人もいる。提督は、全てを察したようだった。
「わかった。聞かせてほしい」
〇〇〇
ミカはグレアドスと共に、提督に「アンジェラを脱獄させる」ことを話した。
すると、提督から帰ってきたのは、ミカに関する一つの質問だ。
「グレアドス様は、彼女達に何をお求めで」
「ほっほ。脱獄計画は無論練ってきておるわ。じゃが、万が一を考え、実行する者は相当な実力者である必要がある。ミカという娘は、アンジェラも大層評価しておった。彼の力を借り、アンジェラを脱獄させたいのじゃ」
「……ミカ、貴君はどうなんだ」
提督に尋ねられ、ミカは少し考えてから、答えた。
「アンジェラはパーティを追放された俺の汚名を返上しようとしてくれていた。なら、俺もアンジェラに着せられた汚名を消し去りたい。そのためには、アンジェラが生きていなきゃいけない。アンジェラの処刑はすぐに行われるだろうというのは、既に聞いてる。汚名をかぶってでも、アンジェラを救いたい。それが俺の気持ちだ」
「貴君であれば、力ずくでもアンジェラを救出可能だろう。計画の内容にもよるが、もしも顔を見られでもしたら、貴君だけではなく皆に危険が及ぶ」
「そこは大丈夫だ。計画を実行するときは、一時的に男の姿に戻る。それなら、顔を見られても平気だ。皆を巻き込まないで済む……いだっ!」
ミカが話していると、その頭に一発拳骨をかました者が一人。それはアゼルだ。
「ったくよ。何度も言ってるだろ? ウチらだって王女様には恩があるんだ。巻き込むとか言うな。つーかウチらが協力できることなら、何でも力になるっての」
「問題は僕たちが力になれることがあるかどうか、だけどね……」
既に青空の尻尾、皆の覚悟は決まっていた。
(……皆)
そんな皆の言葉を聞いて、ミカは自分の頬を両手でぺしぺしと叩き、考えを改める
「俺もヤバいことなのは十分承知の上だ。皆の後押しもある。覚悟の上だ」
「なるほど。それが貴君らの覚悟か」
提督を納得させたミカは、次にグレアドスに尋ねた。
「教えてくれ。アンジェラを助ける計画というのを」
「うむ。わかった」
グレアドスの手によって、提督執務室に置かれたテーブルの上に、一枚の大きな紙が広げられた。
それは地図。角ばった形状の建物を、上から見た図だ。その地図を見たクロが呟く。
「お城の地図、かな? でもバレンガルド王都のお城とは違うような」
「クロと言ったかの? お主の言う通りじゃ。これは王都より竜車で二日ほど。ゼフィランという小さな町の近郊にある、ゼフィランサス監獄じゃ」
ゼフィランサス監獄。という名前を聞いて、提督が反応する。
「アンジェラが捕らえられている女囚を入れる監獄だな」
「その通りじゃ。かつて起こった戦争で使われておった旧城じゃ。女性の重犯罪者が入れられる監獄として使われておる。山に囲まれ、近隣には小さなゼフィランの町しか無い」
「俺はそこからアンジェラを脱獄させるんだな」
「そうじゃ。アンジェリアナが捕らえられておる牢獄は把握しておる。通常の鍵だけではなく、高度な施錠術式も使われておる。開錠できるのは、鍵を持ち、施錠術式の解除を行うための暗号を手に入れ、さらに高度な魔法技術を持つ者だけなのじゃ。じゃが、並みの魔法使いでは施錠術式の解除は行えぬ。ミカよ。お主にその自信はあるか? 無いならば、こちらで魔法使いを手配しよう」
ミカはためらいも無く答えた。
「自信はある。施錠術式とか、俺がそういった魔法が得意なのは提督が証明してくれる」
ミカの言葉を聞いた提督が、無言で頷いた。それは、提督がミカの実力を保障しているのと同じ意味だ。
「ほっほ。頼もしいの。じゃが、無論それだけではアンジェリアナは助けられぬ。通常の鍵と施錠術式の暗号が必要なのはもちろん、元は要害だったものを、様々な技術で強固にしておるのじゃ。いくつもの難題が待ち構えておる。まず当然のことじゃが、警護する王国軍の兵士が多数駐在しておる」
グレアドス筆を手にして、牢獄の地図に点をいくつも付けてゆく。その数は50を下らない。
「アンジェリアナが捕まっておるからの。通常の二倍近くに膨れあがっておる」
「ぐぬぬ、これは中々固そうであります……」
「無論、我とてできる限り、ミカを危険に晒しはせぬよう努力する。これに関しては、アサシンを雇おうと考えておる」
「あらあら、アサシン、です?」
ショーティアの言葉に、グレアドスは頷いた。
「そうじゃ。実はの、この十年間の間に五度、アサシンに侵入をゆるしておるのじゃ。捕まった元パーティメンバーを助けようとしたそうじゃの。幸いアサシンには施錠術式を開錠できず、全てお縄についておる。対策として当初は警護の増員で対応しておったが、高度な技術を持つアサシンには効果が無くてのう。完全に侵入が無くなったのは、新たな警護隊長就任し、かつ魔法障壁を牢獄全体にはったあとじゃ。これらについては後で話すが、少なくともこれら二つが無ければ、アサシンが潜入し、警備の者を無力化することは可能じゃろう」
過去に実際にあったことから、警護をしている兵士達の無力化にアサシンを使うという。それに関してミカが追加で尋ねた。
「聞いた感じだと、相当優秀なアサシンが必要なんじゃないか?」
「そこに関してはあてがあっての。アサシンの町のニノン家とミニョン家を知っておるか?」
提督とミカとシイカを除いた皆が首を傾げたり、腕を組んで考え込んだりする。シイカだけは、耳をピクリと反応させた。
その様子を見て、提督が話し始めた。
「アサシンの町を興したと言われる、二つの家系。どちらの家系も、アサシンとして最上位の実力を持つと言われている。国の上に立つ者であれば、知らぬものは居ないだろう。戦乱の時代でないとは言え、暗殺やスパイが存在しないわけではない。ニノン家、ミニョン家で訓練を積んだ者は、冒険者としても大成すると言う」
「その通りじゃ。ニノン家はダーツを暗器として扱い、アサシンの町の北側を、ミニョンは南側を警護し、怪しい者を一人として通さぬという。潜入だけでなく、侵入を許さぬ感知能力。両家の者は、子供であっても潜入にかけては最上級の実力を持つという。バレンガルド随一のアサシンの家系じゃ」
こうしてグレアドスがアサシンの家系について語る理由というのが。
「我の手のかかった者に、アサシンの里のミニョン家で訓練を積んだ者がおる。冒険者としてのアサシン技術を身に着けておるのじゃが、それでもミニョン家で師事された者じゃ。並みのアサシンよりも、潜入に長けておるのは間違いないじゃろう。そやつに協力を……」
その時だった。グレアドスの前に割って入ったのはシイカ。その両手を交差させ、手でバツを作っている。
「な、なんじゃ?」
「にゃ、にゃ」
シイカは顔をふるふると振る。すると、その様子を見たルシュカが。
「そういえば、前にシイカどのに聞いたことがあるであります。冒険者としてのアサシンのスキルは、あまり潜入に役立たないらしいであります」
「なんと! じゃが、事実アサシンの者がゼフィランサス牢獄へ潜入したことがあるのじゃぞ?」
「……俺から言わせてもらうと、このゼフィランサス牢獄の形状からして、元々アサシンといった素早いクラスが潜入しやすいのかもしれないな」
ミカがそういいながら、牢獄の地図を指でなぞった。
ミカの言葉を聞いたグレアドスが「むぅ」と唸りながら続ける。
「じゃが、どちらにせよ優秀なアサシンは他にはおらぬ。我の手のかかった者に……」
とグレアドスが言った瞬間、シイカが両手でピースサインを作りながら、グレアドスの前に立った。
「何を言いたいのじゃ?」
「にゃ、にゃ」
グレアドスの前で主張し続けるシイカ。その側に立っていたミカははっとして言った。
「シイもアサシンなんだ」
「なんと、そうであったのか。じゃが、お主のような若いアサシンでは、実力はいかほどのものかのう」
とそのとき、ミカの側に居たショーティアが、手をポンと叩いて言った。
「あらあら、そうでしたわ。ですが……シイカさん、良いのです?」
「むふー」
胸を張って鼻息を荒くするシイカ。ショーティアの尋ねたことを肯定しているようだった。
その様子を見ていたミカが、ショーティアに尋ねる。
「どうしたんだショーティアさん?」
「あらあら、では改めて紹介致しますわ」
するとショーティアは、シイカの側に立って手を向け、言った。
「シイカさんのファミリーネームは『ニノン』。フルネームは、『シイカ・ニノン』ですわ」




