17話 猫耳パーティと白髭の老人
夕方、ミカはリーナと共にヴェネシアートの街を歩きながら、宿舎へと向かっていた。その面持ちは暗い
「ミカッ。あいつ……ドランクは逃げたのかしら」
リーナの言葉に、ミカは「おそらく」と口にした。
「俺にも何が起きたのかはわからない。だがあの死体の感じは、魂が失われたときの症状にあまりに似ている」
「ねぇ、あたしの出身の帝国じゃ、魂をどうこうできる技術って聞いたことないのだけれど、この国では常識なの?」
「……確かにこの国の歴史上、魂をどうこうするという魔法や術式は多数存在する。だが多くは、犠牲にするものだ。さっき話した召喚士のもそうだ。ほかにも、魂や生命エネルギー、つまり命に関わるものを犠牲にした魔法や術というのは確かに存在している」
そうしてミカは、その魂を犠牲にして使う魔法というものに関して話し始めた。
「まず、自分の魂や命を犠牲にした術は、あまりに効率が悪かった。たとえば魂と命を犠牲にした、ライフエクスプロージョンという攻撃魔法。術者の生命力にもよるが、威力はかの有名なモンスター、クラスターバルーン、いや、それ以上の威力を持っていた」
「待ってよミカッ。そんなのがあったら、こう言っては何だけど戦争で大活躍じゃない。一人の命で、敵国の城ごと吹き飛ばせるんでしょ?」
リーナの疑問に、ミカは首を振った。
「そうは行かなかった。まず、魂や命を消費した攻撃は、攻撃範囲が狭かった。空高く爆風波上がるが、せいぜい大部屋一つ程度の範囲だった。命や魂は天に引っ張られるからだとか、魂と命のつながりが深いから力が集約されるとか言われているが、正確にはわからない。だが、狭い範囲とは言え威力は絶大だ。考え出したのはどうも魔城学術士で、ガチガチの障壁魔法がかかった難攻不落の城の城門をこれで吹き飛ばして、戦いに勝利したと言われてる」
「攻撃範囲が狭い……それだと確かに、使いどころは限られるわね」
「加えて、ある程度の実力を持ってないと使うことすら出来ない魔法だ。結局その戦争は、その後その魔城学術士が死んだ影響が後に響いて敗北したという。一応、現存する一部の魔法書にその魔法の術式が載ってるが……使いどころがあまりにも限られるうえ、『本当の本当に最終手段。それを使うなら帰還魔法を覚えろ』って意味で載ってたな。だが実際何十年かに一度、その魔法は使われてしまうらしい」
「使われるって、どんな相手によ。例えば、あたしの体に混じったモンスターとか?」
リーナに尋ねられ、ミカは一瞬歩みを止めた。そして、リーナに答えた。
「巨大な狼のS+ランクモンスター、フェンリル。奴はその魔法で仕留められたと聞いた。多大な犠牲を払いつつ術者がなんとかフェンリルに接近し、その魔法でフェンリルの体の一部を吹き飛ばして倒したらしい」
「じょ、冗談のつもりだったのに、まさか当たるなんて」
「あとはテロに使おうにも攻撃範囲が狭いしで、暗殺に使おうにも相手に近づく必要があったり、アサシンや忍者を使うほうが何百倍も良い。戦いで使うにも相手に近寄らないとだから、よっぽどの事が無い限り使われない魔法だ」
ミカがここまで話したのは、『魂を消費する術』に関してだ。そして。
「そして魂を消費ではなく、操作。これはもっと難しい。確かに過去に試みられたことはあるらしい。魂を死体に戻す、魂を他の体に移す。古い時代の王や貴族は、それで永遠の命を得ようとして、失敗し、時に大きな犠牲を出したうえ、実現しなかっただけでなく、国が滅んだ事例もある。その研究結果から、死んだ動物の魂を人形や死体に宿らせて操る『死霊術師』ってクラスも出来たりしたが……人の魂を操作は出来ない。あまりに危険だから、この国では人の魂を操作しようとする行いを禁じている。絶対的な禁忌だ。これを犯せば、関わった者は問答無用で処刑だとか」
そう、人の魂を操作することは出来てない。過去の歴史からしてあまりに危険すぎるためだ。
「ま、それでも魂をどうにかして永遠の命を得ようとする奴はそこそこ居るらしくて、アンジェラがあちこちでとっ捕まえてたな」
「……そう、魂を操作する技術は出来てないのね」
「少なくとも俺の知る限りはな。だが」
ミカは思い出す。あのドランクの死体を。
「リーナはドランクが自殺するような奴だと思うか?」
「まさか。あいつほど自殺なんてものと縁が無い奴、中々居ないわよ」
「俺もそう思う。あの死体は高確率で、魂が失われた死体だ。何かの術で自分の魂を破壊して自殺、なんてのはあいつからして考えられない」
「……なら魂だけで逃げたとでも言うの?」
ミカは信じられないとでも言うような表情を浮かべつつも、首を縦に振った。
「今まで成しえなかった技術。だが、あり得ないとも言い切れないんだ。動物霊を操るネクロマンサーというクラスがあるように、ヒトの魂の操作も理論上は可能だ」
「……国で禁止されていて、重大な犯罪。それでいてあまりにも難しい技術。それを作れる奴なんて居るのかしら」
「居るかもしれない。それこそ、人間の意志を残したままに出来るキメラ術式も、同じ扱いだったんだから」
これまでなら信じられなかったこと。だが、既に直近で『意志を残したままに出来るキメラ術式』という、恐ろしい技術が完成されていた。
そのキメラ術式を完成させた者なら、あるいは、ドランクの魂を他の体に移すことも。
「……どちらにせよ、捕まえてたドランクが死んでしまった以上、アンジェラを救うために証拠を得るのが難しくなった」
「そこよね。あたしもこの体の事で腹ペコ王女様には恩があるから、王女様を救うのには協力するつもりだけど、王女様の無実を証明する手だてが無くなったのなら、打つ手が無いわね」
「……提督、かなり落ち込んでいたな」
「王女様とかなり仲が良かったみたいだものね。どちらにせよミカッ。今あたしたちは一介の冒険者パーティに過ぎないわ。王女様を救って、あのブライアン王子をぶっ飛ばしたいのは皆一緒のはずよ。この後どうするべきか、皆や提督と一度話すべきだわ」
「……そうだな」
〇〇〇
そうして宿舎へと戻ったミカとリーナであったが。
「ほっほおおおお! なんと! なんという美味! これは、ありえん! 我がユートピアの料理大会へ斡旋し、今やヴェネシアートの三ツ星シェフとなった、あ奴並、いや、それ以上の味じゃ! ほっほおおおおお!」
白い髭を生やした老齢のヒューマンが、青空の尻尾の部屋内で、ミカが作り置きしていたチュロスというお菓子を貪っていた。
椅子に座り、一心不乱にテーブルの上の皿に置かれたチュロスを貪る老齢の男性。そのテーブルに置かれたティーカップに、ショーティアが紅茶を注ぐ。
「あらあら、あまり急いで食べられると、喉に詰まらせてしまいますわ」
「大丈夫じゃ! お主が丁寧に注いでくれる、この美味な紅茶があれば、喉に詰まらせることなどないわい!」
ミカが部屋の中を見ると、青空の尻尾の皆が居る。クロやアゼルは苦笑い、シイカは何時取ったのか、同じくチュロスを貪り、ルシュカは猫耳を横に倒し、「あわわわ」と驚いた表情で震えていた。
そんな状態を見ていたミカは。
「あ、ショーティアさんは茶を入れるのは上手かったな」
「ミカッ、それ以上に言うことがあるでしょ」
すると、その老齢の男性はミカの姿に気づくと、ようやくチュロスを食べる手を止めた。
「おお! 待っておったぞ! お主がアンジェリアナの話していたというミカだな!」
「アンジェリアナ?」
「おお、すまぬ。アンジェラじゃ」
「アンジェラの?」
アンジェラは曲がりなりにも王女だ。そしてチュロスの破片が髭に付いているものの、どこか気品の漂う佇まい。
(どこかで見たような……)
相応の地位の人間だろうか、とミカが考えを巡らせていると。
「み、ミカどの……覚えてるでありますか? あの王都のレストランで行われていた品評会を……」
ルシュカに言われて、ミカは思い出した。
そう、あのアンジェラと居合わせたレストランの品評会。あの時に、審査員として参加していた老齢の男性だ。
そこにミカが気づくと同時に、ルシュカがその老人について語った。
「じ、自分も貴族だったころに参加した式典で見かけていたであります……こ、このお方は……」
ルシュカが語った男性の正体。それは。
「ヴァレンガルド元老院に名を連ねる、グレアドス・バルバシア様であります……」
「そうなのか。元老院の……」
ミカがルシュカの言った単語を反芻した。
そして皆が固まる。ショーティアが紅茶を注ごうとして停止、クロが苦笑いのまま停止。アゼルがチュロスに手を伸ばそうとして停止。ミカやリーナも停止。
一人、シイカがチュロスを咀嚼する音が響き渡る。
静寂すること 五秒、四秒、三秒、二秒、一秒……
シイカとルシュカを除く皆の耳と尻尾の毛が、ぶわっと逆立った。
「ほっほ! 皆が揃って素性を明かすつもりでいたのじゃが、我を知っとる者が居るとはの」
「げ、元老院!? うっそだろじっちゃん!? ウチの聞き間違いじゃないよな!?」
「ほっほ。まさか貴族と関わりのある者も居るとはの」
「あらあら、あらあらあらあら。げ、元老院の方に、わたくしが、わたくしが紅茶を注いでしまいましたわ! な、なんて恐れ多いのでしょう!」
「ほっほ! お主の淹れた紅茶も美味じゃったぞ」
「僕が聞いた話じゃ、元老院って凄く偉いって聞いたんだけど……ぼ、僕、あなたを転ばせて……!」
恐れ多いと距離を取ったショーティアに代わり、クロが頭を下げて謝ろうとグレアドスに近づくが。
「気にするでないわ。ヴェネシアートの治安は良いと聞いて、久々に護衛を付けずに歩いていたからの。清々しい気分で、我も周囲が見えとらんかったのじゃ」
「偉い人が護衛も付けないってどうなのよ……」
とリーナが小さくツッコみを入れた所で、アゼルがグレアドスに声をかけた。
「いやぁ、ビビったけどよ……元老院のじっちゃん」
「アゼルどの! じっちゃんは失礼であります!」
「ほっほ、気にする出ない。その堅苦しいのは好かぬのでな」
「んじゃじっちゃんよ。ウチらの所に来たのは……」
アゼルが目を細めて尋ねた。
「……王女様の事だろ?」
それは、その場に居る皆が察していた。
そんな偉い人物が青空の尻尾に尋ねてくる。元老院というものが、王家と関わり深いのは事実。
そして、王女が捕まってさほど時間も経っていない。となれば。
「察しは良いようじゃの」
柔らかな笑顔を浮かべていた先ほどと異なり、グレアドスの表情は真剣そのものとなる。
そしてグレアドスは青空の尻尾の面々の顔を流し見て、最後にミカの所で目線を止めた。
「王女はお主たち青空の尻尾をずいぶんと信頼していたと聞いた」
そしておもむろに、小さな魔道具を懐から取り出した。それは懐中時計のような外観をしていて、蓋を開くと中は硝子で覆われており、さらにその中には、中心をネジのようなもので止められた針が埋め込まれている。いわゆる方位磁石のような見た目をしていた。唯一異なるのは、針の先端に小さな宝石が付けられていることだ。
そしてそれを見たミカは、その魔道具の名前を呟いた。
「魔針計……」
「ん、知ってんのかミカァ」
「ああ。針の先端に込められた魔力から、似た魔力を持つ物を探す道具だ。効果範囲は小さな村一つくらいだが、その範囲なら同じ魔力を持つ物を見つけられる。たとえば同じ魔力を含んだ物品を探したりも出来るし、人間が魔力を込めれば、血のつながりがある者にも反応するようになる」
「ほっほ、よく知っているようじゃ」
そしてグレアドスの持つ魔針計の先は、グレアドスとショーティアのちょうど間に居る、クロの方を刺していた。
「アンジェラがお主たちを信頼しているという証拠。どうやら黒髪のお嬢さんが持っているようじゃな。見せてはもらえぬか?」
「えっと……」
見せて良いのか悩むクロに、ミカが促す。
「クロ、大丈夫だ」
「……わかった。ちょっと待ってて」
そうしてクロは、自分に割り当てられた部屋へ向かった。そしてすぐに部屋から出てくると、その手には小箱がある。
「ミカに施錠魔法をかけてもらっていた。解除お願いできるかな」
ミカが指先を振ってその魔法を解除すると、中から出てきたのは、オレンジ色の宝石のついたネックレス。宝石には王家の紋章が刻まれていた。
「僕たちが最初に王女様に出会ったとき、渡された物です」
「うむ。間違いなくアンジェラの物じゃ。これを渡すとは、アンジェラはお主たちをよっぽど信頼していたようじゃ。なればこそ、皆に頼みたいことがある」
そしてグレアドスは一呼吸置くと、皆にこう告げた。
「アンジェラを脱獄させてもらいたい」




